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【3】

 内側から燃えているように輝きを放つ黄金の髪。最高級のサファイアだってこんなに美しくはないだろうと思わせる青い瞳。

 すらりとした長身が身につける軍服を模した白いジャケット。金の飾りで縁取られた濃紺の肩帯。


 天使の如く整った美貌のその人は――


「王太子殿下?!」


 どうして今日の主役がこんな人気(ひとけ)のない場所に。

 あり得ないはずの邂逅に混乱しながらもブランシュはベンチから立ち上がり、カーテシーの姿勢をとる。

 慌てていたものだから靴が履けず、絹の靴下越しに小石のようなものが足の裏に刺さった気がするが、クロヴィスの前で不敬な態度をとるわけにはいかない。


「まさか王太子殿下がいらっしゃると思わず、見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした……!」


「っ、君は? どうして王族専用の薔薇園に、招待客であろうご令嬢がいるんだ?」


「失礼しましたっ。私はエバンズ伯爵家のブランシュ、ブランシュ=エバンズと申します。…………王族の方専用の薔薇園……?」


 王族専用。思えば、ここは素晴らしい場所なのにブランシュが来るまで誰もいなかった。もしかしてそれは、招待客が入れない区域だったからなのだろうか?


「少し手前の門のところに衛兵が立っていたはずなんだが。君は彼らに見咎められずにここまで来たのか?」


「衛兵……」


 確かに、いた。

 蔦の絡んだ細かい細工の美しい大きなアーチの両脇に、剣を携えた門番が二人、いた。


「えっと、特に何も言われなかったので、自由に入って良い場所だと思ってしまいました。本当に申し訳ありません……!」


「いや、君は謝らなくていい。ここが王族専用だと知らなかったのだろう? 君を通してしまった衛兵たちの方に問題がある」


「あ! いえ! 違うんです! 衛兵さんたちは悪くないんです!」


「違う?」



 生まれた時から存在感がなく没個性だったブランシュ。

 家族にすら存在を忘れられ、街に取り残されたことのある彼女は、劇場やお店でも店員に存在を認知してもらえないことが多々あった。

 きっと先ほども門番たちの意識に自分が引っかからず通り抜けてしまったのだろう。


 自分のせいで彼らが咎めを受けることがあってはいけない。


 そう焦ったブランシュは、相手が雲の上の存在である王太子だということも忘れ、自分がいかに存在感がなく人々の視界をすり抜けてきたかを身振り手振りを交えて熱弁した。


 最初は怪訝そうにブランシュを見ていたクロヴィスも、幼いブランシュが一人街に残され自力で帰宅したエピソードの時にはその美しい青い瞳を見開き、ブランシュの話に聞き入っていた。


「まさか! 伯爵家のご令嬢が、しかもそんな幼い時に一人で家まで帰ったのか? 君はたおやかそうに見えて根性と度胸があるんだな」


「地味な私の唯一の冒険譚ですわ。ですから殿下、門のところにいた彼らは悪くないのです。もし誰かを罰せなければならないのなら、それは勝手にここに入り込んだ私であるべきです」


 そう自分を真っ直ぐに見据えるブランシュの瞳に、クロヴィスは感嘆の息をつく。


「……本当に、芯のあるご令嬢なのだな君は。大丈夫だ。衛兵たちを咎めることはしない。君のその真摯な瞳に誓い約束しよう」


「ありがとうございます……!」


 あぁ良かった。自分の存在感が薄いせいで自分が損をすることは受け入れられても、他の誰かが傷つくことはあってはならない。

 そんなことにならなくて、本当に良かった。


 そしてクロヴィスを説得できたからには、これ以上ここにいて彼の邪魔をするわけにはいかない。

 きっとクロヴィスは王族以外誰も入れないこの場所へ束の間の休息を求めて来たのだろう。


「それでは殿下、殿下の貴重なお時間を取ってしまい失礼いたしました。殿下とお言葉を交わせたことは、一人で家までたどり着いた冒険の時以上に、私の人生の宝物のような思い出になりますわ」


 地味で存在感のない伯爵令嬢と輝ける王太子。

 自分たちの人生が交差することは今後ない。


 そう思い去ろうとしたブランシュの手をクロヴィスが掴み、引き止めた。




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