【14】
クロヴィスの動きは巧みだった。
驚き押し退けようとするブランシュを自分の腕の中へ閉じ込め、角度を変えて何度も口づける。自分よりも一回り以上は小柄なブランシュを捕えることなど、クロヴィスにとっては庭園の薔薇を手折ることのように容易いのだろう。
「いけません、いけません殿下……! これ以上は、友人に戻れなくなってしまいます……っ」
「俺は君を愛しているブランシュ。薔薇園で出会った時からずっと、君を俺のものにしたかった。もう君が俺のそばにいない人生なんて考えられない」
「そんな……っ」
「それなのに俺と距離を置こうとするなんて。君以外の女を妃に? あり得るはずがないだろう。何を思ってそんなことを言っているのか知らないが、もう、我慢はしない」
俺の愛を刻んで、覚えさせてやる。
初めて出会った日に見せたクロヴィスの怒り。あんなものは彼の抱える激情の一部だったと。ブランシュに思い知らせるようなキスに息ができない。
「……ここでは充分に君を愛せない」
クロヴィスはそう熱のこもった声で呟くと、口づけでぐったりとするブランシュを抱き上げる。そしてそのまま彼の私室へと繋がるドアへ向かった。
限られた者だけが入室することを許される王太子の私室。
そこへ、彼に抱えられて入ることになるなんて。
「ブランシュ。俺は今から、君を俺のものにするよ」
そっと優しくブランシュを自分のベッドへ縫いとめながら。けれど逃がさない強さで再び唇を塞がれる。
「殿下……っ」
「ブランシュ……!」
クロヴィスの熱を一番深い部分に感じながら、ブランシュは白の世界へ沈んだ。
◆◇◆
まだ街が霧に包まれた早朝。
ブランシュとクロヴィスを乗せた王家の馬車がエバンズ家の門の前に着いた。
「……ここまでで大丈夫ですわ殿下」
「いや、しかし、君を無理やり城に引き留めてしまったんだ。エバンズ伯爵と夫人にご挨拶を」
「殿下は、私が王宮で一晩過ごすことになった時点で両親には知らせてくださったのでしょう? なのでお気持ちだけで充分です。それにきっと、家族の皆はまだ眠っておりますわ」
「それも、そうか……。ブランシュ、順番は逆になってしまったが、俺は本当に君を愛しているんだ」
「殿下……」
昨日何度も伝えられた愛しているという言葉。
それはブランシュだって、クロヴィスのことを好ましく思っている。
彼に愛され、彼の隣で笑っていられたら幸せだと思う。
けれど――――
「昨日は突然あんなことになってしまって君も混乱していると思う。俺も、一度気を静めてから改めて君に結婚を申し込みたい。今日の夕方に正式に君を迎えに来るから。答えを用意しておいて欲しい」
「……はい」
「では、夕方に……」
切なげな表情でブランシュの手の甲へと唇を落としたクロヴィスは王宮へと帰っていく。
霧の中に消えていく馬車を見送りながら、ブランシュは自分の胸元を握り締めた。
昨日は距離を置こうとクロヴィスへ伝えるつもりが、それが彼の逆鱗に触れ、嵐のように乙女の花を散らされてしまった。
太陽が沈み、月が昇るまで。
クロヴィスはブランシュを愛し続けた。
わかっている。
貴族の娘が純潔を捧げた相手。
それも王太子だ。
クロヴィスの求婚を受け入れる以外の選択肢がないことなど、ブランシュにもわかっている。
「それに、殿下に愛されるのはとても幸せな気分だったわ……」
強引に始まってしまった行為。
けれど。ブランシュにとってクロヴィスに触れられることはちっとも嫌じゃなかった。
彼に愛されている間、ずっと喜びで心が震えていた。
明け方に目を覚まし、すぐに邸に帰りたいと無理を言ったブランシュにも、クロヴィスは怒らずにここまで送ってきてくれた。
彼は、激しさと同じくらい優しさも持っている人だ。
「――でも、自信がない……」
王太子妃となって彼の隣で共に国のために尽くす。
その大役をこなしている自分の姿を、ブランシュはどうしても想像することができなかった。
「とにかく、殿下がまた屋敷にいらっしゃる夕方までに気持ちを落ち着けて、前向きにならなきゃ」
――とは言ったものの。
霧が晴れ昼になり、家族が皆起きてきても、昼食をとっても。ブランシュは気持ちを切り替えることができなかった。
王太子の訪問の予告に屋敷は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
「そうだ、こんな時は――――」




