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【コミカライズ】存在感のない私が王太子妃になったワケ  作者: 茅野ガク


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12/16

【12】

「……本当に、闇の王が物語の登場人物で良かった。もし奴が実在したら、どんな手を使ってでも滅ぼさなければならないところだった……」


「えっ、あっ、ごめんなさい……! 馬車の揺れが激しくて殿下のお言葉が上手く聞き取れません……!」


「どうやら舗装されていない道を通っているみたいだね。――もし、闇の王ではなく、俺が君を強く抱き締めたら……」


「きゃぁっ?!」


 クロヴィスが何かを言いかけた時、ガタン! と音を立てて馬車が揺れた。大きな石か何かを車輪が踏んだのかもしれない。揺れた反動で、ブランシュは思いっきりクロヴィスの胸の中へ倒れ込んでしまった。


「ひぇぇっすみません殿下! すぐに離れま、殿下?!」


 自分の胸に飛び込んできたブランシュを受け止めたクロヴィスが、ギュッときつくブランシュを抱き締める。すぐに離れようと思ったのに、彼の長い腕がそれを許してくれない。


「殿下?!」


「また揺れるといけないから、もう少し俺の腕の中にいると良い」


「いえいえいえいえ! 次に揺れたら対策できるようにガッチリ椅子を掴んでおきますから、殿下のお手を煩わせるまでもありませんわっ。だから殿下、お離しになって……?!」


「……では俺のためにもう少しこのままで居てくれないだろうか。俺がこうして心のままに甘えられるのは、君だけなんだブランシュ嬢。君を抱き締めていると心が落ち着く」


 クロヴィスが素顔を見せられるのはブランシュだけ。

 常に品行方正で完璧な姿を求められる王太子という立場は、ブランシュの想像以上に心労が溜まるものなのかもしれない。


(確かに、私も疲れている時にフワフワのブランケットやクッションを抱き締めると癒されるもの。きっと殿下も、温もりを求めていらっしゃるのね)


 クロヴィスの腕の中はドキドキしてソワソワして。ブランシュとしては癒されるどころの騒ぎではないのだが、それでも彼に抱き締められることに関して自体は少しも嫌悪感がなかった。


(嫌だと思うどころか、むしろ……)


 どうかこの壊れそうなほどうるさく騒ぐ心臓の音が彼に聞こえていませんように。

 そう願いながらブランシュは抵抗するのを止めた。


「……もっと、ブランシュ嬢のことを知りたいな」


「私のことで良ければいくらでもお話ししますわ」


「そうだな。初めて出会った日に食の好みは聞いたから、お気に入りのものや場所を教えてもらいたいな。やはり読書や観劇が趣味なのか?」


「そうですね。一応、刺繍や音楽、絵画鑑賞なども嗜んでおりますが、やはり一番好きなのは物語の世界に入ることです。なので図書館もお気に入りの場所ですわ。それとあと、よく行く場所は礼拝堂です」


「礼拝堂」


「はい。我が邸の近くにとても小さな礼拝堂があって。もう現在は管理者の方がいないので、訪れるのは私だけなんですけれど。静かに考え事をしたい時などによく行っております」


「ブランシュ嬢は信仰深いんだな」


「いいえ殿下。それは買いかぶり過ぎですわ」


「ブランシュ嬢?」


「私が如何に存在感がなく、忘れられがちな少女だったかは出会った日に殿下にお話ししましたでしょう? 今ではもう、そんなものかと笑い飛ばしておりますけれど。今よりもっと幼い時は、それで辛くなってしまう時もよくあったのです」



 ――――あら、ブランシュさんいらしたの? あまりにも静かだから今日のお茶会はいらっしゃらないのかと思って、わたくし貴女のぶんのお茶とお菓子は用意してないの。困ったわ。


 ――――先日みなさんと見に行った歌劇は本当に素晴らしかったわよね。さすが王都で一番の評判なだけあるわ。……あら? ブランシュさんのことは誘わなかったかしら? 来ていらっしゃらなかったのは、ご都合が悪いからだと思っていたの。



 そう悪気なくブランシュに告げた同年代の少女たち。

 故意だった時も、本当に偶然だった時も、どっちもあったのかもしれない。


 だが本人たちにとっては何てことのない言葉でも。

 今よりも幼かったブランシュの心に刺さる刺としては充分だった。


「だから、苦しくなってしまったり、悩みごとがある時はあの礼拝堂が私の居場所でした。あそこには私以外に誰も来ないのが当然の場所なので。最初から私の名前を呼ぶ人は誰もいない、誰にも見つけられなくても当然の場所。……おかしいけれど、それが少女だった私の心を楽にしてくれたのです。だからお礼の気持ちもあって、今もお掃除に行っているんです」


 あの時の痛みはもう、笑って話せる昔話ですけれど。

 そうブランシュは当時に思いを馳せながら微笑む。


 それに自分を街に忘れて行った家族たちには本当に悪気がなかったし、家までたどり着いたブランシュを全員で抱き締め、無事に帰ってきたことを喜んでくれた。彼らにとても愛されていることはわかっている。ブランシュも、彼らを愛している。


 だから全て。

 あの刺さった刺も痛みも。

 今では笑って話せる話になったのだ。


「殿下? そんなに腕に力を込めたら苦しいですわ。殿下?」


「……俺が」


「殿下が?」


「これからは俺が。どんなことがあっても、君がどこにいても。これからは俺が君を見つけて、名前を呼んでみせるよブランシュ」


「……はい。殿下は聡明な方ですもの。きっと、私を見つけてくださいますわね」


 クロヴィスの広い背中に手を回し、そっとブランシュも彼を抱き締め返す。


「また3日後に時間を作る。だから、今度は王宮でお茶をしようブランシュ嬢。王宮の書庫にはこの街のどの図書館よりも本があるから、きっと君を楽しませてくれる物語がたくさん見つかるはずだ」


「楽しみにしておりますわ」



 ではまた3日後に。

 そうクロヴィスと約束を交わし王家の馬車を降りたブランシュだったが、翌日、彼女は自分の置かれた状況を思い出すことになる。




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