【11】
突然のクロヴィスの訪問から2日後。
王族専用の特別席からの舞台の眺めは素晴らしいものだった。
二階部分の中央に位置したそのボックス席からは、舞台全体がよく見え、観劇を愛する者には最高の環境だった。きっとここ以上の席はこの劇場に存在しない。
ボックス席へと続くドアの中でも、一番大きく重厚で豪華な扉を開けて足を踏み入れた空間は本当に夢のようで。ふかふかとした絨毯とシャンデリアが最初にブランシュを迎えてくれた。バルコニーの手前には、大きな鏡の取り付けられたクロークまである。
ブランシュも一応は貴族の娘だからボックス席で観劇するのは初めての経験ではないが、王族専用のそこはまるで規模が違う。広さも輝きも。全てが特別に整えられている。
バルコニーの最前列には5脚の椅子が並べられ、その座り心地もずっと座っていれると思うほどだった。
しかし。その椅子たちの真ん中にクロヴィスと並んで座ったブランシュは、まったく舞台に集中することができなかった。
せっかくの特別な眺めなのに。
自分の勧めた闇の王の物語をクロヴィスがどう感じているのか。彼が楽しめているのか。
そんなことばかりが気になったからだ。
凛として美しい王女の決断。彼女の愛を乞う闇の王の懇願。劣勢をはね返し王女を守った光の王子。
先日見た時には涙を流し息を飲んだシーンになっても。その度にそっとクロヴィスの横顔を窺い、彼が真剣に舞台を見ていることを確認すると安心する。そんなことを何回も繰り返していた。
やがて物語の幕が閉じ、クロヴィスがすぐに「面白かった」と言ってくれた時には心底嬉しかった。
なんだかとてもぽかぽかした温かい気持ちで、彼にエスコートされ王室の馬車に乗り込む。
二人で向かい合わせに乗っても広さに余裕のある馬車だが、劇の感想を伝え合いたくて自然と隣に座った。すぐそばに、クロヴィスの体温がある。そのことが更にブランシュの気持ちを高揚させた。ずっと、彼の闇の王への感想を聞いていたい。
今日の彼は観劇に合わせた正装で紺のジャケットに金の肩帯を身につけていた。先日エバンズ家にクロヴィスが来た時にも思ったが、彼は白よりも、黒やそれに近い色が似合うのではないだろうか。
(って、私ったら。これってたぶん、私が殿下に闇の王の黒い衣装を着てみて欲しいだけよね)
でも。品行方正なだけでないクロヴィスの姿を知る立場としては、彼は闇の王の黒のマントがとても似合うと思った。
「俺が贈ったドレス、着心地はどうだろうか?」
「とても軽やかで動きやすいですわ。素敵なドレスをくださり、ありがとうございます殿下。でも、このように華やかな色は普段あまり着ないので、似合っているか心配です」
春の花の薄い花びらを何枚も重ねたような淡いロゼ色のドレス。最高級の生地で仕立てられたそれは、昨日クロヴィスから届いたものだ。
「何を言うブランシュ嬢。君はまるで春を告げる妖精のようで、嫉妬した女神に拐われてしまわないか心配なほどだ。本当はオーダーメイドを贈りたかったのだが、さすがに間に合わなくてな」
「お気持ち、ありがたく存じますわ。今日の闇の王の物語、殿下は何が一番印象に残りましたか?」
「そうだな。最初はやはり光の王子を応援していたのだが、ストーリーが進むうちに闇の王を応援している自分に驚いたよ。君が以前言っていた通り、彼は本当に魅力的なダークヒーローだった」
「わかってくださいますか殿下!」
「闇の王の行動は強引だったが、彼は愛の伝え方を知らないだけで王女をちゃんと愛していた。それに王女も心を開きかけ、だが結局は光の王子の元へ去ってしまう。闇の王に感情移入していた者の心を揺さぶる展開だと思う」
「そうなのです! そうなのです! さすが殿下です!」
「……ただ、その。俺の解釈が間違っていなければ、闇の王は王女の純潔を無理やり散らしてはいなかっただろうか?」
そう。クロヴィスの言う通り、闇の王の物語では王が王女の乙女を強引に奪う展開があった。
もちろん、舞台では直接描かれていないが、原作の小説では闇の王が王女の花を摘み取ったとハッキリと書かれていた。
「あれは、犯罪ではないのか……?」
そう戸惑うクロヴィスに、ブランシュはしたり顔で説明する。
「もちろん現実で誰かれ構わずにしたら大問題の行為ですが、物語、それも闇の王だから許されるのですよ殿下。彼はどうしても王女に自分の愛を理解して欲しかった。そして王女も、闇の王に心を開きかけていた。だから私は、あの行為には二人の愛があったと思っております」
「そういうものなのか」
「はい。それにあのシーンはとてもドキドキすると、読者の乙女たちには人気のシーンなんですよ」
「……君も、その乙女のうちの一人なのだろうか?」
「そうですね。本当に全く好意のない男性に強引に迫られるのは嫌悪しかないですが、闇の王になら強引に抱き締められたりしてみたいです」
 




