スピンオフ;ナゴヤ:バッドカンパニー;3
地下積層都市ナゴヤにて、新人お巡りさん、頑張る……!
新年度が始まり、夏の盛りを過ぎてもなお、ナゴヤ・セントラルの吹き抜けには強い陽射しが落ちていた。
保安局庁舎の一室、日当たりのよいミーティング・ルームには保安局からのスカウトを受け、採用された新卒業生が姿勢を正して椅子に腰かけている。ミカの級友だった赤池ソラ、緑川キヨノ、黄島ヤエの三人だった。三人娘の正面には、スーツ姿の先輩局員たちが並んでいる。
「諸君、保安局にようこそ」
中央に座る壮年の男が悠然と声をかける。三人をスカウトした保安局・中央管制室の室長だった。
「はい、室長!」
ソラが元気のよい声で答えて、パイプ椅子から立ち上がる。
「お声かけ頂いたことに応えるべく、ナゴヤ市民の皆様を守るために、精一杯努めて参ります!」
ソラが敬礼すると、キヨノ、ヤエも続いた。希望に満ちた新人局員の顔を見て、室長は満足そうにうなずく。
「君たちの任務は広くナゴヤ市内を巡視し、市民の皆さんと保安局との交流を促すことだ。カレッジでも優秀な生徒だったと聞き及んでいる。保安局でも活躍を期待しているよ」
「はい!」
三人娘が椅子に戻ると、室長は隣に座る局員に目配せした。
「それでは、保安局員IDを配布するとしようか……」
局員が足元に置いていた銀色の小さなケースを、新人達一人ひとりに配っていく。
「室長、開けてもよろしいですか?」
ケースを受け取ったソラが目を輝かせると、室長は小さく笑った。
「構わない。開けてみたまえ」
内側にクッションが敷かれたアタッシュケースに入っていたのは、五弁の花を象った局員バッジと、カード型の小型機械、そしてブレスレットのような銀色のベルトだった。キヨノはカード型機械を取り上げ、照明灯にかざす。
「バッジと……これは、何かの機械ですか?」
「あっ、すごい、みんな色が違うんだぁ!」
同じくカードを手に取ったヤエが声をあげる。ヤエのカードは黄色、キヨノは緑色、そしてソラのカードは赤色で縁取られていた。室長が椅子から立ち上がる。
「うむ。それはIDカードであると共に、もう一つの機能があるのだよ」
「もう一つの機能、ですか?」
室長はミーティング・ルームの壁沿いを歩きながら、小型のリモコンを操作した。白い壁一面に、映像スクリーンが投影される。
「そうだ。旧文明のオーパーツを元に、カガミハラ・サイトの技術開発部が開発した、防護服兼パワーアシストシステム……実際に、見てもらった方が早いな」
室長がリモコンを再び操作すると、映像の再生が始まる。期待に胸を弾ませていた三人娘は驚きのあまり目を丸くして、画面に釘付けになった。
地下積層都市、ナゴヤ・セントラル・サイト。吹き抜けの大通りから数ブロック奥に入った地下回廊は陽の光も届かず、ネオンサインと街灯に浮かび上がっている。
赤い回転灯が提げられた保安官事務所の前に、保安局の小型パトロール・カーが乗り付けられた。車から降りてきた青い制服の局員に、事務所の前で立っていたごま塩頭の保安官が敬礼する。
「お務め、ご苦労様です。中央ブロック第14分署、保安官のアキヤマです」
新人局員の三人娘も、慌てて敬礼を返した。
「出迎え頂き、ありがとうございます。赤池ソラです」
「緑川キヨノです」
「黄島ヤエです」
「ははは、若々しくて、大変結構ですな!」
仰鷹に笑うアキヤマ保安官に、キヨノが頭を下げる。
「今日から研修として、お世話になります。よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらとしては、人手が増えるのは有難い限りです。何せこの管区は、スタッフのなり手が少なくてですな……おっと失礼、愚痴っぽくなってしまって」
頭をかく保安官に、ソラが胸を張った。
「大丈夫です、頑張ります!」
「はっはっは! 頼もしい限りですな! それでは早速、業務の申し送りを……おい、キョウ!」
「はい! すぐ行きます!」
アキヤマが事務所の奥に呼び掛けると、少しキーの高い青年の声が返ってきた。すぐに戸口から、細面の若い男が顔を出す。青い制服を着た青年は、事務所の前に並んだ若い娘たちを見て目を丸くして、戸口で固まった。
「おい、鼻の下を伸ばしてるんじゃない! ……すいません、うちのスタッフのキョウです」
「いや、そんなつもりじゃ……ええと、ごめんなさい、キョウです。よろしくお願いします」
アキヤマが頭を下げて紹介すると青年も慌てて、三人娘に頭を下げた。
「いえ、こちらこそお世話になります。研修に入らせて頂きます、保安局の赤池ソラです!」
「緑川キヨノです」
ソラとキヨノが頭を下げる。ヤエは頬を薄紅色に染めていた。
「かっこいい……」
「ヤエ」
冷静なキヨノに肘でつつかれて、ヤエはハッとして頭を下げる。
「黄島ヤエです、よろしくお願いしますっ!」
互いに頭を下げる若者たちを見て、アキヤマは愉快そうに笑った。
「ははは、これで顔合わせは済みましたな。……それじゃあキョウ、いつも通りの業務に入れ」
「えっ、研修っていうのは、どうするんです?」
「タワケ、お前が人に教えられるようなタマか! いつも通りの仕事をやって、見て覚えてもらえばいいんだよ!」
面食らうキョウを、アキヤマがどやしつけた。
「……という訳でして、うちの者の動きを見て、仕事はゆっくり覚えてもらえればよろしいかと」
地下回廊をせかせかと歩き回る保安官見習いの青年の後ろを、若い娘たちが追いかける。その様は、親鳥にくっ付く雛鳥の行進に似ていた。
保安官事務所のスタッフは、いわば管区の住民に最も近い“お巡りさん”だ。
違法駐車の取り締まり、不審者への声かけ、事故現場での緊急対応……住民からの通報があれば現場に急行して引ったくり犯を追いかけるし、落とし物の保管や迷子の応対も、大事な仕事の一つだった。
午前中の業務を終えた一団は保安官事務所に戻り、ミール・ジェネレータで作られたランチボックスを受け取った。
「……おっ、今日はミソ・カツレツか」
「やったぁ、私もう、お腹ペコペコで……」
キョウがランチボックスを開くと、ちゃっかり隣の席を確保したヤエも一緒に弁当箱の中を覗きこむ。テーブルを挟んで向かい側に座ったソラは、ランチボックスを前に頬杖をついていた。
「ヤエ、元気だね……私はちょっと疲れちゃった」
「大丈夫ですか? まだ午後もあるから、ちょっとしんどくても、食べておいた方がいいですよ」
キョウが声をかけると、ソラは笑って顔を上げた。
「ありがとうございます、頑張って食べますね。それとキョウさん、私達の方が年下だから、その、もっとフランクな感じで話してもらえませんか? 何だか落ち着かなくて……」
ソラが言うと、弁当に夢中だったヤエも「はい、はい!」と言って手を上げる。
「私も、もっと気安い感じで、話してもらいたいですっ!」
「わ、わかりました……」
キョウが困り顔でこたえると、肩が触れんばかりにヤエがすり寄った。
「ほら、キョウさん、気安く、気安く!」
「ああ、ええと、あの……あれ、キヨノさんは?」
若い娘に迫られてたじろいだキョウが無理やり話題を変えると、ヤエは「むぅ……」と言って頬を膨らませる。
「そういえば……キヨノ?」
ソラが振り返って事務所の入り口を見やると、すっかり体力の切れたキヨノがミール・ジェネレータの手前にある小さなテーブルに突っ伏しているのが目に入った。
「キヨノちゃん、大丈夫? ご飯たべられそう?」
「……無理にでも、全部食べるわ。ヤエは食べ残しを期待しないで、自分の分を食べなさいな」
「ちぇー」
青息吐息のキヨノから釘を刺されて、ヤエは口を尖らせた。
「あはは!」
「……ふふ」
二人のやりとりを見てソラが楽しそうに笑う。キョウもつられて笑っていると、ポケットに入れていた通信端末が、けたたましい音を立てた。
「なんだろう、緊急通信……?」
キョウが端末の画面を立ち上げると、“緊急通報”の文字が表示される
――カミマエヅ・エリアで暴力事件発生。至急向かわれたし、か……
キョウが端末を見ている間に、三人娘のつけていたインカムも呼び出し音を鳴らしていた。
「……すみません、皆さん。緊急で出動する案件です」
インカムからの通信を聞き終えたソラたちも、ランチボックスを置いて立ち上がる。青い顔でへたばっていたキヨノも、ランチボックスと好みのタイプの青年に夢中だったヤエも、すっかりきりりとした表情に変わっていた。
「わかりました。私たちも行きます」
(続)