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スピンオフ:ナゴヤ:バッドカンパニー;1

地下積層都市・ナゴヤを舞台にスピンオフが開幕する……


今回の主役は……ミュータントによる"悪の組織"!

 春の盛りに僅かな翳りがみえはじめた、地下積層都市ナゴヤ・セントラル・サイト。


 吹き抜けの、地表に近い区画では薄ピンク色の花が木々に咲き誇り、下の階層に雪のような花びらを降り下している。秋の紅葉に並んで、清掃オートマトンが最も忙しなく稼働するシーズンだった。




 ハートの形をした花びらがまばらに降る中層階にある、“セントラル・カレッジ”のキャンパス。静かな小ミーティング・ルームの一つには窓の外から春の陽気と、学生たちの笑い声がかすかに窓から入ってきていた。


「ええと……ミカ君……その……」


 人の良さそうな、しかし気の弱そうな中年の男性教官が、遠慮がちに切り出した。


 テーブルを挟んで向き合うのは、小柄な女子学生。幼さが残るも整った顔立ちの、人形のような美少女だが、絹のように艶やかな薄ピンク色のロングヘアと尖った両耳が、ミュータントであることを強く主張していた。


「君の成績は問題ない……いや、全く素晴らしいものだ。素行も申し分ないし、主席として推薦できるくらいで。ただ……その……」


 教官はしどろもどろと話を続ける。女生徒は背筋を伸ばして胸を張り、凛とした視線を向けていた。


「いえ、先生、遠慮なさらずに」


 ミカ、と呼ばれた女生徒は悠然と言う。教官はますます申し訳なさそうに、額に浮かんだ冷や汗をハンカチで拭いた。


「カレッジからは、卒業後の進路のサポートができない……そういうことですよね。私がミュータント、だから」


 固まった教官の代わりにミカが言うと、男性教官はテーブルに押し付けるように頭を下げた。


「申し訳ない!」


 教官が日頃、ミュータントである自分にも分け隔てなく接してくれていることを、女生徒はよくわかっていた。


「大丈夫です。実家で事業をしていますから、“つて”を頼れば、いくらでも方法はありますので……」


 ミカの言葉に、教官は青い顔を上げた。


「済まない……」


「謝らないでください。私も予想していたことですから。ただ、その……」


「何だい……?」


 表情が少し和らいだ教官の顔を見てから、ミカは言葉を続けた。


「ソラ……アカイケさんたちが、保安局に内定したと聞きました。それで、私を彼女たちから遠ざけるように、と圧力がかけられている……という噂を、聞いたのですが」


「それ、は……」


 教官が再び青ざめたのを見て、ミカは立ち上がった。




――先生には悪いことを訊いたかもしれない。けど、他の教官にはこんな質問も、できなかっただろう。




「……失礼します」


 ミーティングルームを出ると、ミュータントの少女は振り返らずに廊下を歩き出した。大股で、肩で風を切って。目には強い光を宿して。少女は小柄だったが、出くわす学生たちが思わず脇に寄り、道を譲ってしまうほどの迫力があった。


「……おっかねえな」


「ミュータントが、優等生だからってデカい顔しやがって」


「でも、今年卒業するんだろ。もうちょっとの辛抱だ」


「早く出ていってほしいよ」




――全て聞こえているというのに。くだらない……




 “真人間”よりも遥かに敏感なミカの耳は、コソコソとささやき合う学生の声もくっきりと聴きとっていた。聴きとってしまった自身に呆れるほど、気を向ける価値もない相手だ。


 振り返らずにミカは歩く。反応すれば、連中の思うつぼだということを彼女はよくわかっていた。


 耳に意識を向けないように努めながら歩き続けたミカは、廊下の突き当りにあるE-3教室……いつもの“たまり場”の扉を勢いよく開けた。


「ミカ! お疲れ!」


 ショートカットの少女が声をあげると、おしゃべりを楽しんでいた残りの二人、眼鏡をかけた長髪の少女と、大柄でおさげの少女も気づいて、戸口に顔を向けた。


「ミカさん、お疲れ様でした」


「進路指導って緊張するよねえ、私もすっかり食欲がなくなって……」


「ええっ、ヤエの食欲がなくなったって?」


 大柄な娘、ヤエの言葉にミカが目を丸くすると、ショートカットの少女が肩をすくめた。


「こんなこと言ってるけどさ、ヤエ、今日のお昼はアンカケ・パスタにカツレツ・サンドイッチ、レッドミソ・スープだったよ」


「ソラさん、いつものヤエさんならライス・ボールを追加するので、確かにいつもよりも少なかったのかもしれません」


「キヨノちゃん……!」


 キヨノ、と呼ばれた眼鏡の少女がショートカットの少女を訂正すると、ヤエは嬉しそうに微笑む。キヨノは表情を変えずに眼鏡をクイ、と持ち上げた。


「けど摂取カロリーは、基準値を大幅に超えていますけど」


「そりゃそうだよね! それがお腹につかないで、全部タッパと胸につくんだもんなあ……!」


「……くっ!」


 ソラという名のショートカットの少女が、ヤエの全身を舐めるように見る。キヨノは目をそらし、悔しそうに声を漏らした。


「ちょっと……もう……!」


「ふふふ……」


 ヤエが恥ずかしそうに身をよじるのを見て、ミカは楽しそうに笑う。その時、三人娘の携帯端末がけたたましい音を立てた。


「あれ?」


「何だろう?」


「三人一緒に……?」


 携帯端末を開いたソラが、慌てて立ち上がった。


「ごめん、ミカ! 呼び出し食らっちゃった」


「私もです、ミカさん。指導教官から呼ばれているので、行かせてもらいますね」


「ああ、私もだ! また話が長くなるのかな、やだなあ……終わったら、何かおやつ買っちゃおうかな」


「ちょっとヤエ、また食べるの? ……それじゃね、ミカ!」


「うん。バイバイ、三人とも」


 ソラ、キヨノ、ヤエの3人が出ていくのを見送ると、ミカも立ち上がって教室を出た。廊下の天井に取り付けられている黒い球体……監視カメラを見やる。




――私が教室に入ったのを、教官たちに見られていたな。あの三人が保安局に内定決まったのは本当だったみたい。本人たちは、隔意はないみたいだったけど……。まあ、いい。この学校にいるのも、あと3か月なんだから……




 ミカは監視カメラを軽くにらむと、再び大股で廊下を歩き始めた。すれ違う学生たち、教官たちの視線を浴び、受け流して、カレッジ唯一のミュータントの学生は廊下を突っ切って歩いていった。




 カレッジの門を出て、吹き抜けの地下回廊を歩く。陽射しを受けて輝くピンク色の髪に、人々は無言で道を譲った。ミュータントへの恐怖心、というものはカレッジの関係者よりも、一般の住民たちの方が大きい。ミカは彼らにも目も留めず、回廊を奥へと進んでいった。


 トンネルに入る。外からの光がなくなると、回廊はネオンサインの蛍光色で彩られた。歩くたびに目の前に、立体映像の広告が浮かび上がる。地下建造物の保守管理を行う、セントラル管理局のスポンサーたちだった。派手な色彩の広告を振り払いながらミカが歩いていると、道端にたむろしていた男たちの一人に手が触れた。


「おい! 何すんだよ、痛ってえな!」


「こりゃあちょっと、付き合ってもらわねえとな……」


 下卑た笑いを浮かべた男たちに、ミカは白い視線を向けて歩き去ろうとした。


「通報しますよ? ……それじゃ」


「待てよ。てめえ……ミュータントだな。後始末が楽でいいや」


 男の一人がミカの手首をつかんだ。


「俺たちが楽しませてやるよ。いいクスリもあるんだ、死ぬほどよがらせてやるからな……あがあああ!」


 笑っていた男が悲鳴をあげる。ミカがつかまれた腕を、逆にひねり返したのだった。ミュータントの少女は表情を変えずに、もんどりうって倒れる男を見下ろした。


「メスガキが!」


 飛びかかる男の顔面を片手で掴んだミカは、ギリギリと締め上げた。


「ぎゃああああ!」


「……邪魔」


 石ころを放り投げるように、無造作に男を投げ飛ばす。吹っ飛んだ男は、更に後ろに控えていた男たちを巻き込んで倒れこんだ。


「もう行きたいんだけど。……まだやる気?」


「化け物!」


 悲鳴を上げて逃げ出す者たちがいる中、目の色を変えてミカに挑みかかる男たちもいた。


「くそ! 逃がすな!」


 抜き身のナイフがネオンライトに照らされて浮かぶ。鉄パイプを握る者もいた。懐に手を突っ込んでいる男もいる。拳銃だろうか……と視線を巡らせながらミカは考えていた。全身の血が滾りはじめたのを感じて、ミュータントの美少女は唇を釣り上げて笑った。


「上等……!」


 男たちが得物をネオンにかざす。ミカが白い歯を剥き出して吼え、両者がぶつかり合おうとした時、鼓膜に突き刺さるような笛の男が鳴り響いた。


「『そこまで! 全員、武器を置きなさい!』」


「チッ! ポリかよ!」


 拡声器から響く声に、男たちは瞬く間に逃げ去った。一人、取り残されたミュータントの少女は「ふう……」とため息をつく。


「保安官さん、言っとくけど、正当防衛ですから。インタビューが必要なら、オフィスまで同行しますけど?」


 自転車に跨がった青い制服姿の青年は、ミカの言葉に頭をかいた。


「いやあ……ミカさん? 僕はただの保安官事務所の雑用だからね? チンピラに囲まれて大変そうだったから、助けようとしただけでね……」


「あはは!」


 困り顔で答える保安官見習いに、ミカは明るく笑う。


「知ってる! ありがとう、キョウ君!」


「お、おう……」


 キョウと呼ばれた青年はミカの笑顔から顔を逸らし、照れ隠しでぶっきらぼうに答えた。ミカは気にしていない風で、両手をぱちん、と打ち合わせる。


「さて! キョウ君もつかまったし、手間が省けたわ。……着いてきて!」


「えっ? ……ちょと! ミカさん?」


 そう言うなり、ミカは再びズンズンと歩き出す。キョウは自転車を押して、慌ててミュータント娘を追いかけた。




 二人はネオンサインが走り抜ける回廊を奥へ、奥へと歩いていった。


 吹き抜けの“表層”から奥へと進むにつれて、飛び出す広告の量は減っていく。それに反して壊れた看板や転がるゴミ、壁面への落書きが目立つようになっていった。そして路上に寝そべる人、座り込んで虚ろな視線を泳がせている人……


「うう……」


「“協力金”が支払えない地域なんてこんなもんよ。整備プログラムだって、停められたら勝手に動かせないんだから……ほら、グズグズしない!」


 ばつが悪そうに顔を背けるキョウを引っ張り、ミカは大股で歩き続ける。


「これから、私達が変えてやろうってんだから……」


 ミカが小さく言う。「えっ?」とキョウが聞き返すが、小柄なミュータント娘はすっかり黙って、更に奥へと歩いていく。


 広告はなくなり、ネオンライトの照明もついに途絶え、僅かにいた人の影も消え去った。旧文明期に建築された地下通路の無骨な壁面を、誰かが当局には無断で取り付けたであろう、青白い照明灯が揺らめきながら浮かび上がらせていく。キョウは身をすくめて、自転車のハンドルをがっちりと握った。


「ここを通るのは、やっぱり怖いよ……」


「いい加減慣れたら? ……もうすぐだから、ほら!」


 ミカは白い光が漏れる横穴を指さした。


「わあ、まぶしい!」


「注文が多いんだから! ほら、ゆっくり歩いて。こっち!」




 光の中を抜けると、二人は半地下になった広間にたどり着いた。遺跡の壁面には広告などなく、代わりに若々しい草木が繁っている。吹き抜けになった空からは、軽やかな小鳥のさえずりが聞こえてくる。


 見上げると蔦の絡んだ壁面に、女給服姿の若い娘が張り付いていた。その上のバルコニーからは青い外骨格に包まれた長身の男が顔を出し、女給の仕事ぶりを見守っている。


「あっ! ごめんなさいアオオニさん、落としちゃいました!」


「全く、しょうがないなペケ子は。……まぁいいや、ちょっと休憩にしようかね。ウイロウ・キューブがあったろう? あれを出そうじゃないか」


「わあ! やったあ!」


 楽しそうに話す二人に、ミカが大きな声で呼び掛けた。


「おーい、爺や、ペケちゃん!」


「あっ、ミカちゃん! ……きゃっ!」


 振り返った女給は手を滑らせ、半地下の床面へと真逆様に落ちていく……すると床面が溶け出し、銀色の粘土状になって盛り上がった。


「おおっと、ここで俺のナイスセーブ……ぎゃっ!」


 銀色の粘土は造作の雑な人型になり、女給を受けとめようと手を伸ばす。しかし勢いに負けてクッションのように、落ちてきた女給の下敷きになった。


「ありがとうぎんじ君! ……大丈夫? 痛くない?」


「おうともよ! 軟体ボディは伊達じゃないぜ!」


 外骨格の男がバルコニーから飛び降り、銀色の塊の横に音もなく着地する。少し曲がった蝶ネクタイを直すと、青い男はぎんじを見下ろして声をかけた。


「伊達じゃないのはいいのだがな、ぎんじ、お前さんここで何しておったのだ?」


「げえっ! アオオニの旦那! いやその……これはですね……」


 潰れた球のような形をしていたぎんじが、途端にうねうねと波打ち始めた。給仕服姿の“ペケ子”は「きゃっ!」と声をあげ、慌てて粘土塊の上から起き上がる。


「大方、掃除をサボりながらペケ子のスカートの中を覗いておったんだろう」


「あら、見たかったんですか? パンツ?」


「いや! その! すんません、ちょっとトイレ!」


 慌てて逃げ去ろうとする銀色の粘土塊は、ピンク髪の美少女から冷たい目を向けられているのに気づいて固まりついた。


「あ……お嬢……その……おかえりなさい……?」


 青い外骨格のアオオニはミカに向き直ると、姿勢を正して深々と頭を下げた。


「お嬢様、おかえりなさいませ。ご来客の方もよくいらっしゃった。……ペケ子、お車をお預かりなさい」


「はーい! では、失礼しますね!」


 羊のように巻いた角を持つ女給は、ニコニコしながらキョウの自転車を預かった。アオオニはペケ子の手際を見守った後、ミカの前に立って再び頭を下げる。


「……先程はお見苦しいものを失礼しました。ぎんじは夕飯時まで、カプセルに閉じ込めて反省させますゆえ」


「げえっ、そりゃないっすよ旦那!」


「タワケ! お嬢様の面目を潰したのだから、当然だ!」


 アオオニは情けなく声をあげるぎんじを一喝した。


「いや、いいよ爺。ぎんちゃんにも関係ある話をするから。……お仕置きは“もう一人”のペケ子と相談して決めるし」


 明るくなりかけたぎんじの表情が、再び暗くなった。アオオニはペコリと頭を下げる。


「左様で……」


「うん、すぐみんなに言うわけにはいかないけど、ぎんちゃんとペケちゃん、爺やには聞いてほしいからね」


 アオオニはがばりと顔を上げる。厚い甲殻に囲まれた両目が、喜びで燃えるように輝いていた。


「と、おっしゃいますと、もしや……!」


「うん」


 ミュータントの少女、ミカは頷いて、吹き抜けから覗く青空を見上げた。


「カレッジを卒業したら、“ミカボシ”の名前を継ぐよ。……“明けの明星”を再始動させる」


「おお! ……おお!」


 外骨格の老執事は、新たな若き当主の前に膝をついた。銀色の人型に戻ったぎんじも、自転車を片付け終えたペケ子もすっかり姿勢を正して、ミカの前に控えている。


「えっ? ……えっ、どういうこと?」


 戸惑うキョウに「コホン!」と咳払いして、アオオニが立ち上がった。


「若人はご存知ないであろうから、僭越ながら申し上げよう。……かつて、ナゴヤ・セントラルに蠢く、ミュータントによる悪の組織があった! ナゴヤの街を侵略し、更にはニホンの再統一を目論んだ……」


「……は? “ニホン”? ……何?」


 混乱する保安官見習いを尻目に、ますます熱を帯びたアオオニは演説を続ける。


「それこそが我らが“明けの明星”! 20年の雌伏の時を経て! 今! 堂々たる復活を果たすのである!」


(続)

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