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ボーナス トラック;2:スイート ソングス フロム オールド タウン

新しい希望を抱く者から、親愛なる師へ


懐かしき思い出を抱く者から、尊敬すべき娘へ


送り合うは言の葉


贈り合うは、愛しき歌の花束

親愛なるママへ


本当に久しぶりのお手紙になってしまってごめんなさい。お元気ですか?


私は元気です。


今はナゴヤ・セントラルの北、ナカツガワの手前にあるカガミハラという山間の町に住んでいます。この町で“止まり木”という店を開き、そろそろ3年になります。ママのお店から、勝手に名前を借りてしまってごめんなさい。でも、とてもいいお店になったの。女の子たちに悲しい思いをさせないお店、私の歌を皆に聴いてもらうお店です。ママにもいつか見てもらって、自慢したいくらいです(笑)


レンジ君にも会いました。とても格好いい人で、ことりが選んだ人が彼で、本当によかったと思っています。彼は今、ナカツガワに住んでいて、ことりの事を、今も大事に思ってくれています。会ってすぐに私たち、すっかり仲良くなったの! 今では姉弟みたいに思っています。彼もそうだと嬉しいのですが。


ことりの事はレンジ君から聞きました。彼女の最後の歌も聴かせてもらって、私が知っていた頃よりもずっと、本当に歌が上手くなっていて驚きました。思わず妬いてしまった程です。亡くなった事は残念で悲しいけれど、レンジ君が頑張っているし、私も頑張らなくちゃ! と思っています


この前の自治祭で、あの娘の歌に合わせて一緒に歌ったんです。メモリを同封するので、ぜひ聴いてくださいね。


……とりとめのない手紙になってごめんなさい。この数年間で本当に色々な事が起きて、まだまだ話したいことが尽きないんです。


ママといつか、ゆっくりお話ししたい、一緒に歌いたいと思っています。その時には、どうかお付き合いくださいね。


チドリ




ーーー




オーサカ・セントラル・サイト周囲に散らばるサテライト・コロニーの一つ、北東街道の隅に位置するタカツキ・コロニー。小さな町の裏路地に店を構えるミュータント・バー“宿り木”。優れた歌姫たちを抱えた店だったが、二年ほど前に看板娘兼歌姫を亡くしてからは、ひっそりと営業を続けていた。


 歌姫のいない店は、元のいかがわしい宿屋に戻っていた。今では特殊な嗜好の物好きか、なけなしの日給を握りしめたミュータント男たちが寄りつく店になっている。しかしそれが、ありふれたミュータント・バーの姿でもあった。


 客の数自体も減った。飲み食いするミュータントの客、数人しか入らない日も多い。それでもママは「魔法が解けたのよ」と、そ知らぬ顔で店を続けている。




 飲み食いだけの客が帰った後、首の長いワニ頭のママはカウンターの中に置いたスツールに腰かけ、手紙を開いていた。カウンター・テーブルに置かれた携帯端末から、華やかな音楽と歌声が流れている。古びて色褪せた店の中に、暖かい光がさすようだった。


「ママ、ごみ捨て終わりました」


 入り口の扉から、耳の長い女給が顔を出した。


「お疲れ様。表も閉めちゃって頂戴」


「はーい!」


 入り口のシャッターを下ろし、戸を閉めるとホールの中に向き直る。


「……この歌、ことりちゃんですね」


「そう」


 女給はカウンターに歩き寄ると、静かに聴きいるママの前に腰かけた。


「もう2年になるんですね。何だか、すごく懐かしい感じです」


「あの子の歌が入ったメモリは、全部レンジにあげちゃったからね」


 女給も目を細めて歌に聴き入った。


「この曲は聴いたことがあるような気がするんですけど……一緒に歌っている人は……?」


「あなたが入る前に辞めた子だからね。ことりの歌の先生で、私の教え子なの」


「そうなんですね! ……もしかしてこの曲、この前探していた……?」


「探していたのは、別の曲。これはね、手紙と一緒に送ってもらったのよ」


「手紙、ですか……?」


 女給は便箋に目をとめた。


「そう。レンジがナカツガワに着いて、元気でやってるって」


「えっ! レンジさんから? 見せてください!」


 身を乗り出す女給の額を、ママは指先で軽く押した。


「きゃん!」


「フフフ、これはレンジからの手紙じゃないし、だーめ」


 女給は額を押さえて席に戻る。ママは微笑みながら、手紙を封筒に仕舞い込んだ。


「そんなあ」


「レンジにも手紙を出すように催促したから、その内送って来るんじゃない? 楽しみに待っていなさいな」


「……はぁい」


 曲が終わり、店内は途端に静まり返る。ママは携帯端末をポケットに戻した。


「それじゃあママ、片付けて上がらせてもらいますね」


「はい、お疲れ様。また明日ね」


 女給は「おやすみなさい」と言い、バックヤードに引っ込んでいく。ママは店の隅に作られたステージに目を向けた。歌い手を失った小さな舞台は、今ではビール瓶のケースやミールジェネレータ用の栄養素ペレットの箱に埋まっていた。




 ナゴヤ・セントラル・サイトの北を守る城塞都市カガミハラ。今では民間人が居住者の大半を占める町の、繁華街の片隅にミュータント・バー“止まり木”は店を構えている。


 ミュータント・バーとしては先例を見ない“女給が客を取らない”店でありながら、女主人による毎夜のコンサート・ショーとアンティーク調の暖かみのある店内、丁寧な接客から常連客を得て、着実な経営を続けていた。


 ニューイヤー・デイとボン・ホリデイズ以外、休みなく営業を続ける店だが、この日は“臨時休業”の札がかけられていた。




 灯りも消え、人影もない店に、乾いたドアベルの音が響いた。


「こんばんはー……?」


 端が擦りきれたライダースーツ・ジャケットの男が暗い店の中を覗き込む。


「あれ……?」


 店の女主人、チドリに呼び出されたレンジは、戸惑って携帯端末を取り出した。




ーー約束していた時間より、5分程早く着いてしまったか。




 携帯端末を取り出したが、通話して呼びつけるのも悪い気がする。かといってこのまま店の中に上がり込んで待たせてもらうのも悪いような……


 入り口でレンジが固まっていると、店の奥からパタパタと軽い足音が響いた。


「ごめんなさいレンジ君、呼び出しておいて待たせてしまって!」


 赤いドレスに身を包んだチドリが、ホールの灯りを点けてから小走りでやって来たのだった。


「チドリ姉さん、大丈夫だよ。俺が約束の時間よりも早く着いただけだから……今日はどうしたの、休み?」


 チドリは笑顔でレンジの手を引き、カウンター席に座らせた。


「今日は、あなたに聴いてもらいたいものがあって、貸し切りにしたの。……いえ、そうじゃないわね。あなたと私だけの時間を取りたくて、お店の娘たちにも休んでもらっちゃた」


 思いきった発言にレンジが驚いていると、チドリは流れるような手つきでノンアルコール・カクテルを作り、カウンターテーブルに載せた。


「まずは一杯、どうぞ」


「ありがとう」


 フライドビーンズの皿と一緒に出されたのは、微かに泡をたてる、澄んだ薄紅色の液体。レンジはグラスを取ると目を細め、店の灯りを反射する水面を見た。


「これ、“宿り木”でもママが作ってくれてたな」


「そうでしょうね。お酒を飲まない私やことりのために、ママが考えてくれたカクテルだもの」


 チドリは答えると後ろを向き、店の端末機を操作し始めた。


「そうだったのか。何となく飲んでたけど、知らなかったよ。……それでチドリ姉さん、俺に聴かせたいものって……?」


 チドリが振り返ると、店内のスピーカーからざわざわとした声が流れ出した。


「これ。タカツキのママから送ってもらったの」


「これは……」


 人々の声は、拍手の音と共に消え去った。音質の悪いピアノ演奏が流れ出す。


「この曲……!」


 瑞々しくも豊かな歌声により紡がれるラブ・ソング。柄の悪い聴衆さえもすぐに黙らせた、聴き入らずにはいられぬ歌。


「知ってる? ……いいえ、覚えているのね?」


「もちろん」


 立ち会った彼女のショーは、全て覚えている。ましてや、“宿り木”で伝説と語り継がれる“あの”夜のことなら尚更だった。




 ミュータント・バーの女給兼歌姫だったことりが初めて一般の客の前で歌を披露した翌日、彼女の左薬指にはシンプルなシルバーリングがはめられていた。


 普段通り店を走り回る小さな女給に同僚たちは優しい眼差しを向け、客たちはざわついた。長く歌姫を応援してきたファンなら尚更だ。そして、指輪を送った男が何者かも、ファンなら十二分に見当がついていたのだった。


 ことりの接客に目尻を下げながら、男たちは互いに視線を送りあう。




ーーあいつだ、ボディガードの男だ。


ーー間違いない。


ーー許せない。


ーーやろう。やろう。




 笑顔をまといながらも不穏な空気を漂わせる男たちは会計を済ませ、連れだって店を出た。ミュータントも非ミュータントも、無言のまま連れだって店の裏手へと歩いていく。目当ての男がどこにいるか、彼らはよくわかっていた。




 店のボディガードは、夜の営業まで仕事はない。とは言え昼も働くことりの前でぶらぶらしているというのも申し訳が立たない。そこでレンジは昼の営業時間中、裏方として動いていた。


 裏口から大きな段ボールを運び出す。ミールジェネレータから吐き出された使用済みのペレットケースをゴミ捨て場に持っていくことが、レンジの日課になっていた。


「……ふう」


 廃ペレットケースが隙間なく詰め込まれた箱を地面に下ろすと、小さく息を吐き出す。


 店に戻ろうとしたところで、レンジは複数の男たちに取り囲まれた。様子を伺うような、険悪な暗い目が向けられている。中年の非ミュータント男が口を開いた。


「ボディガード、ちょっといいか?」


「……はい、何です?」


 抜き差しならぬものをを感じながら、レンジは努めて冷静に返す。


「お前なんだろう」


「はあ?」


「とぼけるな、指輪だよ」


 他の者達も声をあげ始めた。


「お前がことりちゃんに贈ったんだろう」


「よりによって左手に……!」


「あんなに嬉しそうな顔をして……!」


 地の底から沸き上がるかのような、恨みがましい声だった。


「ええと、確かにプレゼントしたのは俺ですが……それを左手の薬指にはめたのは、ことり本人ですし、俺にはそんなつもりは……」


「“そんな”つもり、だと……!」


 男たちの目がつり上がる。


「店の女の子にボディガードが手を出して、いいと思ってんのか」


「ことりは、客を取ってるわけじゃないんですけど……」


 レンジの言葉に、客たちは黙る。確かにことりは、客を相手にする女給ではない。他の女給達なら恋愛なぞご法度だろう。だが、彼女にはその義理はなかった。


「けど……あんまりだ!」


「納得できない!」


「裏切られた!」


 唸るような声。男たちはまだ不満の火を燃やし続けていた。


「そんなこと言われても……」


 男たちだって、無茶な出鱈目だということくらいわかっている。だから、帰ろうとするレンジに掴みかかろうとする者はいなかった。


「それじゃ、行きますね、俺……」


「……待て」


 一人、また一人と客たちはレンジの前に立ちふさがった。


「どうするつもりです、俺に何をしろと?」


「俺たちは、これまで通りにことりちゃんを応援したいだけだ」


「指輪をしているのは見たくないんだ」


「そうだ、指輪をしている彼女を見るのは悲しい、応援できない!」


「そんな……」


 男たちの言葉に、レンジはそれ以上言い返せなかった。彼らは間違いなく、ことりをずっと応援してきたファンだった。


「なあボディガード、お前からも彼女に伝えてくれよ、ファンの気持ちを……じゃあな」


 口火を切った男がそう言い捨てて歩き去ると、他の者達もバラバラに散っていった。




 ゴミ捨て場に取り残されたレンジはしばらくすると動き出した。そう広くないタカツキ・サテライトの中をぶらぶら歩き、遠回りして店に戻った。“宿り木”では昼の営業が終わり、女給たちが店の中を片付けているところだった。


「ただいま」


 テーブルを拭いていたことりが気づいて、入り口まで駆けてきた。


「レンジ君おかえり! もう皆お昼ご飯食べちゃって、片付け始めてるよ……取っておいてあるから、部屋で食べよう」


「すまん、ありがとうことり」


 ことりは白い歯を見せて笑う。


「いいって! 私も一緒に食べたかったんだから。……ママ、先に上がらせてもらいますね!」


 カウンターに呼び掛けると、長い首が伸びてママの頭が出てきた。カウンターの下を掃除していたらしかった。


「はいはい、ごゆっくり~」


 女給達の羨ましそうな声を浴びながら、ことりとレンジは店の奥の階段を上っていった。




 狭いミュータント・バーの細い急な階段を上った先にある、更に狭い屋根裏部屋がことりとレンジにあてがわれていた。「同じ階に置いておいたら、他の娘達に悪影響でしょう!」というのがママの言い分だ。


 ことりが扉を開けて部屋に灯りをつける。部屋の半分近くをベッドが占め、残りのスペースにちぐはぐな机と椅子、そして衣装箪笥などの家具が詰め込まれていた。それぞれ別の部屋で余ったものを引き取って、寄せ集めて使っているのだった。


 後に続いて部屋に入ったレンジが、二人分のランチボックスをテーブルの上に並べる。


「ありがとうレンジ君、それじゃ、いただきます」


 椅子に腰かけたことりが手を合わせる。左手の薬指に、銀の指輪が輝いた。


「ことり」


「うん? なーに?」


 ランチボックスの蓋を開けながら、ことりが返す。


「その……指輪、さあ」


「うん、指輪がどうかした?」


「えーと、その……店に出るときには、外してほしいな、なんて……」


 ことりはきょとんとしてレンジを見た。


「何で?」


 大きな両目に見つめられて、男はたじろぐ。


「それは……何というか、恥ずかしいというか、その……えーと、ことりさん?」


 身を乗り出したことりがぐんぐんと近づいていき、レンジの唇をふさいだ。


「んっ! んんっ!」


 目を白黒させるレンジをじっと見ながらたっぷりと時間をかけて口づけしたことりは、顔を離して微笑んだ。


「……うふふっ」


 レンジは驚いた表情のまま固まっている。


「ことり? 何で……?」


「正直に言うようになる、おまじない! ……レンジ君、何か、言いにくいことを隠してるでしょう?」


「ははは……」


 レンジは笑う他なかった。


「ことりには敵わないな……」




 “宿り木”の夜の部は、客たちは歌姫のショーを聴きながら気に入った女給に声をかけ、それぞれのタイミングで個室にしけこむ……というスタイルをとる。


 ボディガードとして壁際に控えるレンジは、ステージを心配そうに見ていた。


 洗いざらい打ち明けた後、話を聞いたことりは「うーん……」と言って考えていた。


「……わかった! ファンのみんなにも、納得してもらおう!」


 そう言って自信満々で準備を進めていたが、何をするのか尋ねても、楽しそうにニヤニヤ笑うだけだった。




ーー誰よりも歌に真剣なことりの事だ、ショーを台無しにすることはないだろう。ないだろうけど……何だろう、何か恐ろしい予感がする。




 店内の灯りが弱まり、スポットライトの当たるステージにことりが立った。客席の一部からどよめき声が漏れる。左手薬指には、相変わらずシルバーリングがはまっていたからだ。


「ことり……」


 思わずレンジは呟いた。客たちはまだしゃべっていたが、歌姫は構わずにステージ横の音楽プレイヤーを操作する。


 曲が流れ出した時、レンジは「おや?」と思った。




ーーショーの前に聞いていたセット・リストと、曲が違う……?




 しかし、そんな事を気にするのはレンジくらいだった。


 歌が始まる。瑞々しい声で歌い上げるラブ・ソングに、客たちは言葉を忘れたように聴き入った。どれだけ不満をこぼしていても、彼らはどうしようもなく、ことりの歌のファンなのだ。




ーー自分の歌で相手を黙らせるとは、さすがだよ。




 一曲目が終わり、レンジは他の客達と一緒に拍手を送る。ことりは微笑んで小さく会釈すると二曲目をプレイヤーにかけ、しっとりした大人の恋を歌いはじめた。


 その後も歌姫は恋の歌、愛の歌を歌う。暗く沈んだ悲恋、嫉妬に狂う女の情念、小さく可愛らしい初恋、かと思えば聴衆達をも赤面させるような、色気を振り撒く艶歌……曲のレパートリーは際限なく、ことりは精魂込めて歌い続けた。


 終演時間も、アンコールも関係なくショーは続く。客たちはすっかり舞台に魅入られ、帰ろうにも、女給を買おうにも立ち上がれない有り様だった。


 ことりは話を通していたらしく、カウンターの奥にいるママは困ったように笑っている。


 レンジもママと目を合わせると苦笑いし、再び舞台に視線を戻した。




ーーあいつめ、俺にも思い知らせる気だな。「私はあなたのものだし、あなたは私のものだ」と……




 歌い続けることりの左手には、銀色の指輪が誇らしそうに輝いていた。




 カガミハラのミュータント・バー、“止まり木”では、チドリが曲の合間にプレイヤーの停止ボタンを押した。


 歌が消える。二人きりの店内が静まり返ると、レンジはカクテルグラスを傾けた。氷がグラスを打つ音が響き、チドリはくすり、と小さく笑った。


「……話してくれてありがとう。あの子らしいわね。もっと聴いていたいけど、それじゃ私たちも夜を明かしてしまうから……」


「そうだね。また今度、続きを聴かせてよ」


 レンジの言葉にチドリはうなずいて、カウンターの上に一枚の便箋を置いた。


「これは?」


「“宿り木”のママから。この前、初めて手紙を送ったら、返事と一緒にこの歌を送ってくれたの」


「へえ! ……読ませてもらってもいい?」


 チドリはにっこりして答えた。


「ええ、もちろんよ」


 貴重品を扱うように、レンジはそっと手紙を取った。少し寂しそうに、しかしニコニコしながら手紙に目を走らせるレンジを見ながらチドリは微笑んでいた。


「……ありがとう、チドリ姉さん」


「いいのよ、あなたの事も書いてあったし。……レンジ君、一緒に手紙を書かない?」


「えっ」


「ママからも催促されてたじゃない! 私だって、色々教えてあげたいわ。あなたがヒーローとして頑張っていること、私や、カガミハラのみんなを守ってくれたこと……書きたいことは、沢山あるんだから!」


「勘弁してくれよ……」


 照れたような困ったような顔で、レンジは嬉しそうに笑うのだった。




ーーー




チドリへ


お久しぶりです。あなたがタカツキを出てから色々ありましたが私は元気で、店も何とか続けています。


あなたが元気でやっていることは、ことりに届いた手紙で知っていました。あの子は手紙の中身は見せてくれなかったけどね。こうやって直接手紙をくれたことを嬉しく思います。タカツキを出たときに話していた夢を、しっかり自分で叶えているんですね。あなたはたくましい娘だったから、大丈夫だろうと思ってはいましたが、こうして素敵な写真も見せてもらうと安心です。あなたの城なのだから、名前なんて自分で決めたらいいのよ。私の店を大切に思ってくれているのはよくわかって、それはそれで嬉しいというか、照れくさいのだけど……


レンジにも会ったのね! まさか、見ず知らずの二人が出会うことができるなんて思わなかったからとても驚きました。彼、タカツキを出る時には脱け殻みたいだったから心配だったのだけど、立ち直ることができたみたいでよかったわ。ことりはベタ惚れだったから、手紙と実物のギャップが心配です。悪い人じゃないけど、あなたも理想を持ちすぎないように! ……というのは、遣り手ばばあの悪い癖かしら(汗)


あなたたちがことりの事を今も深く愛していることがわかって、とても嬉しく思います。あの子があなたたちを見守ってくれているのかもしれないわね。あなたに負けず劣らず、とっても強い娘だったから……


あの娘の最期は、レンジから聞いているのですね。彼も言っていたかもしれないけど、あなたが彼女の死に負い目を持つことはないんです。どうかこれからも、ひた向きに歌の道を歩いて行かれますように。


メモリをありがとう。素晴らしい歌声に感激しました。また腕をあげましたね! すっかり追い抜かされてしまった私ですが、また一緒に歌うことができるならばこの上ない幸せです。


タカツキより


尊敬と親愛を込めて。


P.S. 仕舞い込んでなくしたとばかり思っていたメモリチップが見つかったので、一緒に送ります。レンジにも聴かせてあげてください。


あと、あのボンクラに、元気になったなら手紙の一つでも出すように言ってやってちょうだい。若い子達も、無事を心配しているのだから。

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