センセイ、ダンジョン、ハック アンド スラッシュ;5
謎の地下遺跡、"オクタマ・プラント"を探索中の一行に立ち塞がる巨獣
雷電、そして魔法少女は不死身の如き魔獣を打ち倒すことができるのか……?
巨大オニクマは地下室の壁を揺らすような雄たけびをあげると、天井に届きそうなほど高く上げた両腕を、猛烈な勢いで振り下ろした。
「うおおおお!」
叫び声をあげながらレンジが走り出す。巨獣の両腕は床面に叩きつけられ、破片となった床材を高く巻き上げた。
「レンジ君!」
アマネが叫ぶ。レンジは結晶が生えた両腕の間から抜け出していた。走りながら銀色のベルト……“ライトニングドライバー”を取り出し、腰に巻き付ける。
「ひいいい!」
再び起き上がったオニクマは唸り声をあげ、血走った目で部屋の中央を走るレンジを捉えた。牙を剥きだして吠えたてると、柱のような四肢で地を蹴って駆けだした。
「レンジ君、危ない!」
巨獣が迫る。レンジはオニクマの吐息が背後に迫るのを感じながら、“ライトニングドライバー”のバックルに取り付けられているレバーを引き下ろして叫んだ。
「“変身”!」
「『OK, Let`s get Charging!』」
ベルトから人工音声が応えると、激しいエレキギターの旋律とベースの重低音が轟く。オニクマはひるむ素振りもなく、レンジに喰らいつかんばかりに大きく口を開いた。杭のような黄色い牙が、上下の顎から突き出している。
「ひゃあああ、早く変身してくれ!」
レンジは悲鳴をあげながら走る。嵐のようなロックンロールが流れ続ける中、ベルトの人工音声は音楽にリズムを合わせてカウントを始めた。
「『ONE!』」
スニーカーを履いていたレンジの足が、鈍い銀色の装甲に包まれる。足元から金色、そして青へとグラデーションのかかったラインが走り、体中を這い上った。
「『TWO!』」
「オラアッ!」
レンジの全身に電光が迸る。銀色の脚で大地を蹴ると転がるように横っ飛びをして、真っすぐ突っ込んでくるオニクマをかわした。壁についた手はいつのまにか、鈍い銀色の籠手を身に着けている。
「ラアッ!」
壁を蹴って、四つ這いになったオニクマの頭上に跳ぶ。パワーアシストによって増強されたジャンプ力によって、レンジはふわりと空中に浮かび上がった。擦り切れたライダースーツ・ジャケットが、銀色の胸当てに包まれる。
「『THREE!』」
巨獣が顔を上げた時には、レンジの顔はヘルメットに覆われていた。バイザー越しの視線が、猛獣の顔面を捉えている。
「『……Maximum!』」
「ウラアアアア!」
カウントが終わった時、レンジは叫びながら右足を突き出してオニクマに突っ込んでいた。巨獣はうなり声をあげながら右前肢を持ち上げ、迎え撃とうと起き上がる。
銀色の装甲をまとったヒーローは稲妻をまとった一本の槍となって、巨獣の右目を貫いた。立ち上がりかけたオニクマはバランスを崩し、地響きをたてて倒れ伏せた。
「『“STRIKER Rai-Den”, charged up!』」
音楽が終わる。ベルトは高らかに、“ストライカー雷電”の変身完了を宣言した。
「やった!」
戸口前まで駆けつけていたマダラが握りこぶしをつくって叫ぶ。しかし雷電は着地すると、すぐにオニクマに向かって身構えていた。
「……まだだ!」
倒れ伏した巨獣が、低くうなりながら起き上がる。右の目玉は踏み抜かれ、うろ孔のような眼窩からは赤い液体がこぼれ落ちていた。手負いのオニクマは左目で雷電を睨みつけると、赤子の悲鳴のような叫び声をあげた。
「……ひっ!」
聞くものの心臓を鷲掴む、悪魔の仔の産声。ぞわり、と背筋を震わせたアマネが小さく悲鳴を漏らす。後ろ肢で立ち上がった巨獣の右目は、琥珀色の結晶体で覆われていた。全身から突き出す結晶体が、赤く怪しい光を発しはじめる。
「何なの、あの熊……!」
オニクマは怒りに満ちた眼光で雷電を見下ろすと、両前肢で踏み潰しにかかる。
雷電は両足に電光をまといながら走り出した。地響きを立てて突き刺さる二本の柱をすり抜けて、巨獣の懐に飛び込む。
「オラアアアア!」
小山のようなボディの中心に拳を撃ちこもうとした寸前、巨体は素早く身じろいだ。四つ脚が踊るように軽やかなステップを踏み、急所を狙い撃とうとした雷電から飛びのいた。
「くそ、元気のいい……!」
オニクマは雷電を睨みつけると、牙を剥きだしながら再び突っ込んできた。
「あれは、“オニクマ”。全身を流れる血液が空気に触れると、鋭い結晶になるんだ。結晶はすぐに傷をふさぎ、トゲが体を守る鎧や武器にもなる……」
戸口までやってきたマダラが雷電の戦いを見守りながら、アマネに説明をはじめる。
「もちろん、身体能力自体もかなり高い。特に、冬ごもりを終えて春先に出てくる母熊は、とんでもなく危険だ。……でも、やっぱり、おかしいよ」
「こんなところに熊がいることが?」
「それも、そうだけど……雷電も、オニクマを倒したことがある。そいつは、かなりの大物だったはずだけど……」
大広間の床を砕き、壁のシャッターを引き裂きながら巨獣が吼える。雷電はオニクマの突進をかわし、振り回される両前肢をかいくぐりながら、石柱のような後ろ肢に飛び掛かった。
「オラララララアッ!」
電光をまとった拳を続けざまに放つと、後ろ肢から生えだした結晶体がはじけ飛ぶ。しかし重厚な毛皮の鎧は電撃を吸収し、打撃をはじき返した。
「ちくしょう、びくともしない……くそ!」
オニクマが身じろぐと、雷電は慌てて飛びのいた。折れた結晶の根元から噴き出した血が瞬く間に新たな結晶となり、一層鋭い棘となって生えだす。
猛獣が吼えて立ち上がり、前肢を高く振り上げる。向かい合う雷電の背中を見ながら、マダラは拳を握りしめた。
「こんなにデカいオニクマ、見たことないよ!」
両前あしを床面に叩きつけ、四つ足になって大熊が駆ける。
雷電は正面からぶつかり合う寸前に身を交わした。腕甲に牙を掠めながらオニクマの顔面、視界がふさがった右半分に、渾身の拳を叩きつける。
「ウラアアアアッ!」
眼窩を覆う結晶が再び砕け散る。オニクマは両前肢で顔をふさぎ、悲痛な声で叫んだ。
溢れ出した血は床にこぼれ落ちる間もなく、赤味の増した琥珀色の結晶となって、両手の裏から次々と突き出した。唸り、牙を打ち合わせる音を立てながら大熊が両前肢を下ろした時、猛獣の顔は結晶の装甲に覆われていた。
アマネがごくりと固唾をのむ。
「……マダラ、私の新しいドレスは? こういうところでも、使えるんでしょう?」
「えっ……うん、そうだね! 出発する前に、“マジカルチャーム”を調整しておいたんだった……」
マダラはポケットをあさって、ペンのようなピンク色の棒を取り出した。
「はい。変身コマンドは、出発前に確認したから大丈夫だよね?」
「うん、ありがと!」
アマネは受け取ったピンク色のスティック……“マジカルチャーム”を高く掲げた。雷電を追い回すオニクマを睨みながら、魔法少女の “変身コマンド”を唱える。
「“実りの秋にときめくドレス、マジカルハート、ドレス・アップ”!」
“マジカルチャーム”から流れ出したポップな音楽が、隣の部屋から聞こえてくる大熊の雄たけびをかき消した。
展開したナノマシンがオレンジ色の光となってアマネの全身を包み、収束してドレスの姿になっていく。
マジカルチャームは柄の長い、大きなハンマーに変化していた。肩に届くほどだったアマネの黒髪は薄い黄色に染まると、更に伸びて二つのおさげ髪になる。ナノマシンの“分子変換機能”によってカラーコンタクトレンズが分解され、細長い瞳孔をもった金銀のオッド・アイが露わになっていた。
「“暗闇照らす祈りのともしび! マジカルハート・マギランタン!” ……やああああ!」
音楽がとまり、変身が完了するとマギランタンはハンマーを構えて“キメポーズ”をとり、隣室に向かって駆けだした。
両腕を振り回してオニクマが吼える。砕かれた結晶の棘はますます鋭く、長く、そして頑強に再生した。
今や巨獣は刃の鎧と刺々しい金棒を携えた、恐るべきオニ・デーモンと化していた。
「ちくしょう、タフな上にデカすぎる! ……くっ!」
残った左目を赤く輝かせたオニクマが両腕を振りかぶり、雷電を押しつぶそうと倒れ込んだ。両腕が突き刺さった合間から雷電が飛びのくと、オニクマは首を伸ばし、牙を剥きだして雷電に喰らいつく。
「このヤロウ……!」
雷電は後ずさりするが、両腕と牙によって壁際に追いつめられていた。オニクマの目が爛々と輝く。尚も拳を構え、反撃の隙を伺う雷電を仕留めようと左目で狙いを定めた時、巨獣の頭上に人影が浮き上がった。
オニクマの背を駆けあがってきた魔法少女は長い柄のハンマーを振りかぶると、落下の勢いに任せて叩きつけた。
「やああああああ!」
脳天を撃ち抜かれたオニクマが倒れ伏す。オレンジ色の装束をまとった魔法少女・マギランタンが、頭蓋を砕かれた巨獣の横にふわりと着地した。
「よっ、と。……へへん、どうよ、雷電!」
「ああ、助かったよ、アマネ」
礼を言う雷電に、マギランタンは口をとがらせる。
「ちょっと、今はマジカルハートになってるんだから、名前で呼ぶのはやめてもらえる?」
「すまん……でも悪いけど、そのドレスをなんて呼べばいいかわかんねえからさ。“マジカルハート”って呼ぶのも、しっくりこないし……」
「それもそうね。ええと、このドレスは……」
説明しようとしたマギランタンは、急にハンマーを構えてポーズを取りだした。
「“暗闇照らす祈りのともしび! マジカルハート・マギランタン!”」
背後にオレンジ色の爆炎が噴きあがる。魔法少女ドレスに備えられた、立体映像による演出機能だった。
名乗りをあげたマギランタンは、大きなため息をつく。“キメポーズ”も、“変身の名乗り”も、全身を覆うナノマシンによって体を操作され、自動でおこなってしまうのだ。
「体が勝手に動いてしゃべっちゃうの、ほんとに勘弁してほしいわ……」
「わかるよ、マダラは『必要な機能だ』って言ってるけど、絶対に要らないよな。……そこを離れろ!」
「へ?」
マギランタンに同情していた雷電が叫ぶ。ぽかんとする魔法少女の手を引き、ひょいと抱きかかえると、勢いよく飛び上がった。
「ちょっと、雷電!」
「あれを見ろ!」
倒れ伏せたオニクマの頭から流れ出した血が、次々と結晶化していく。左目が再び妖しく赤い光を放った。と思うや、結晶の棘兜をまとって立ち上がり、地を揺らす咆哮をあげた。
「何で! 頭を潰したのに!」
「わからん……けど、まだやる気だ!」
「どうしよう、あれでダメだなんて……」
再起動した巨獣が腕を振り回す。暴力の嵐をかいくぐりながら、雷電はオニクマの周囲を走り続けていた。
「奴の、急所を狙う。手伝ってくれ」
冷静を保つ声に、マギランタンの瞳にも光が戻った。
「……何をしたらいい?」
「周りを走って、奴を引き付けてくれ。こんなふうにな。それで、合図をしたら、そのハンマーで奴を殴れ。腕だろうが脚だろうが、頭だろうがどこだっていい」
「了解!」
指示を受けたマギランタンが、するりと雷電の腕から降り立つ。
「らあああ! わああああああ!」
魔法少女はでたらめに叫び、ハンマーを振り回しながら走り出した。オニクマは戸惑ったように少し固まった後、逃げ回るマギランタンに狙いを定めて追いかけはじめた。
「思い切りがいいな、あいつ……」
雷電はそっとつぶやくと、暴れまわるオニクマの背後に回り込んだ。
猛獣は腕を振り回すし、雄たけび、四つ脚で突っ込む。マギランタンは、オニクマの挙動一つ一つに反応し、「ひゃあ!」「きゃあ!」と悲鳴をあげながら逃げ続けていた。
「いいぞ、そのまま……!」
気配を殺す。姿勢は低く。影のように右後ろ肢にまとわりつき、走り出したら、全力で追いついて……
マギランタンが横っ飛びして、直進してくる獣をかわした。加速し続けたオニクマは全速力で走り切って格納庫の壁際に。
両脚の装甲に電光をまとう雷電は猛然と追いすがり、四つ脚の獣の真下に飛び込んだ。
「今だ、やれ!」
「やああああ!」
合図を聞いたマギランタンが、大声をあげながら壁際のオニクマに突っ込む。
「やあっ! やあっ! やあああ!」
振り上げたハンマーを矢鱈滅多と撃ちこむと、オニクマは全身の結晶を砕かれながら立ち上がった。すぐに全身から、結晶が生えだす。巨獣は燃えるような左目でマギセイラーを見下ろし、結晶の棘に包まれた両腕を振り上げた。
しかし威嚇の姿勢は、無防備な胴を露出させた。足元に潜んでいた雷電は地を蹴ると、オニクマの胸元めがけて跳び上がった。
「“サンダーストライク!”」
必殺技の発動コマンドを叫びながら、握り込んだ両拳を振り上げる。
「『Thunder Strike』」
ベルトの人工音声が応えると、全身のラインが青白く輝いた。光は雷光となり、大上段に構えた両拳に集中していく。
「ウラアアア!」
オニクマの視線が雷電を捉えた時には、鈍い銀色のヒーローは高圧電流をまとった両拳を振り下ろし、巨獣の心臓を撃ち抜いていた。
「『……Discharged』」
大量のエネルギーを使い切ったことを告げる音声を聞きながら、雷電はオニクマの前に着地した。
心臓を破壊された巨体はぐらりと揺れ、大きく地響きを立てながら倒れ込む。結晶が再生することも、再び動き出すこともなかった。
「……ふう」
雷電はバイザーを上げて顔を露出させると、深くため息をつく。
――必殺技を撃って、エネルギーを随分使ってしまった。これまでの経験からすると、充電しない限り、もう、必殺技は使えないだろうけど……
「やった! やったね、雷電!」
マギランタンがニコニコしながらやってくると、雷電は小さく笑った。
「ああ、助かったよ」
「大丈夫そうだな……おおい、二人とも、お疲れ様!」
動かないオニクマとねぎらい合う二人を見て、マダラも格納庫に入ってくる。
「マダラ、ありがとう! 新しいドレス、ばっちりだったよ!」
「よかった。今回は十分なテストができないままだったから、心配だったんだ。……ちょっと、チャームを見せてくれる?」
アマネが変身を解除して、“マジカルチャーム”をマダラに渡した。
「はい」
「さんきゅ。この遺跡は、やっぱり怪しい。この先に何があるかわからないから、もう少しドレスも調節しておかないとね。雷電スーツの方は大丈夫、レンジ……?」
マダラが振り返った時には、雷電はオニクマの遺骸の前にうずくまっていた。
「雷電、どうかした?」
「見ろよ、これ……」
雷電の指の先、大きく割れたオニクマの頭蓋骨の中には、機械部品がみっちりと詰め込まれていた。アマネが両手を口に当てる。
「わ……! 何、これ? モンスターを、改造してるの……?」
「いや、これは、もしかして……」
マダラが言いかけた時、雷電はオニクマの傷口に両手をかけた。思い切り引っ張って毛皮を引き裂くと、機械部品が次々と露わになる。人工筋肉組織、制御回路、そして合金製のフレーム……
「オートマトンだ、このオニクマ……」
マダラが確信してつぶやいた時、オニクマのボディが崩れ始めた。外装もフレームも溶けだし、液状になったかと思うと、残された液体も揮発するようにして、瞬く間に消え去った。
「どうなってんだ、これ……」
レンジがあっけに取られて、先ほどまでオニクマを掴んでいた両手を見下ろしていた。
「自己分解機能までついてるのか。何のために……? ああ! けど、これじゃあ中身を調べることもできないじゃないか……!」
「……あっ、何かある!」
アマネが声を上げる。指さした先、巨獣の胴体が転がっていたところに、金色のディスクが転がっていた。
(続)