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スクランブル ストラグル スカイハイ;2

ミュータントとなった、ミュータント嫌いの男。


彼に近づく怪しい連中の、企む計画とは……?

「ああああ! やめろ! 見るな!」


 マキモトがもがいて右腕を振り回すと、手の切っ先がカジロの軍服を掠めて切り裂いた。


「……ほう! まるで刃物だな!」


「だから何だってんだ! 放せ!」


 カジロの目くばせを受けたミワが手を離すと、マキモトは唸りながら二人に右手を向けて構えた。


「ううう……ふう、ふう!」


「扉、閉めとけ」


「ウス……」


 ミワは素早く扉の鍵をかける。


「何をするつもりだ!」


 マキモト伍長は二手に別れた相手をともに警戒しながら、カジロに向けて言葉を投げた。


「何をするも何も……お前さんとお友だちになりたい、ってだけさ。なあ、ミワ?」


「ウス」


 カジロ軍曹は相変わらず、粗野なにやにや笑いを浮かべていた。ミワの表情に変化はないようだが、マキモト伍長に向ける視線はどこか和らいだようにも見える。


「脅す気か! 何が望みだ……!」


 マキモトは鉈と化した右手を突きつけ、カジロを睨み付けた。軍曹はおどけたように首をすくめる。


「おいおい、いくらミュータント嫌いだって言っても、友だちを売る積もりはないぜ」


「くっ……この……! だから何だよ、“友だち”って?」


 向けられた刃にも動じないカジロに、イライラしながらマキモトが尋ねる。


「言葉の通りさ、友だち。同朋と言ってもいい」


 目のつり上がった伍長を見て、軍曹は小さくため息をついて手袋に指をかけた。


「まあ、分からんでもない。……ミワ、何でもいいからゴミ、投げろ」


「……ウス!」


 片手に収まる小さな木切れを拾い上げたミワが、カジロに向けて放り投げる。軍曹は手袋を脱ぐと、素手を飛んでくる木切れに向けた。


「……っらあ!」


 叫ぶとともに銀色の指先から火花が飛び、乾いた木切れを粉々に吹き飛ばした。


「わ、あ……!」


 驚くマキモトに、カジロはニヤリと笑った。


「どうだ? ……俺も、ミュータントなのさ。手から電気を流すことができる。パワーの加減はできんがね。お前も味わってみるか?」


 握手を求めるように、気軽に手を差し出してくる軍曹に、マキモト伍長は顔をしかめた。


「遠慮しておくよ」


「はっは! それは残念だ!」


 カジロは楽しそうに笑いながら、銀色の手を絶縁グローヴに納めた。


「……まあ、そういうわけさ。真人間だと思って生きてきた奴が、実はミュータントだった……ってことはまあ、あるらしい。俺たちも、ある日突然変異がおきてしまった。それからこうやって、コソコソしながら軍隊生活よ」


「それじゃあ、カジロ軍曹の評判が悪いのは……」


 カジロは両手を上げて見せる。


「それは元々だ、残念ながらな」


「ああ、そう……」


 マキモトは毒気を抜かれて右手を下ろした。相変わらずじっと立っている階級不明の眼帯男、ミワに目を向ける。


「……それじゃあ、そっちのミワ? さんも、その……どこかに変異が?」


「ミワ“曹長”な。それにしてもお前、急に図々しくなるよなあ! もうちょい、段階を踏んだ距離の詰め方ってもんが……」


「……いいスよ、俺も」


 カジロが呆れながらフォローしていると、ミワ曹長が短くマキモトに答えた。


「……いいのか?」


「ウス」


 ミワが眼帯を外すと、その下には眼球はなかった。ぱっくりと開いた眼窩の中で赤い舌がちらつく。上下の目蓋は唇で、内側には小さな白い歯が並んで覗いていた。


「わあ!」


「マキモト、お前……」


「いえ、いいス、カジロさん」


 飛び上がったマキモトをカジロが咎めかけるが、ミワは短い言葉で軍曹をとめた。


「しかしなあ……まあ、お前がいいなら……」


「ウス」


 納得がいかない風のカジロに、ミワはあっさり答える。


「……いや、悪かったよ。すまない、ミワ曹長」


「……ウス」


 マキモトが謝ると、ミワは相変わらず穏やかな表情で左手を出した。二人は固い握手を交わす。


「おいおい、俺にはそんなのは無いのか?」


 口を挟んできたカジロに、今度はマキモトが首をすくめた。


「感電はしたくないんでね」


「言うなあお前! いや、いいんだけどよ……」


 ミワが眼帯で目の口を隠す。カジロはふう、と息をついて、廃棄物置場に転がっていたコンテナに腰かけた。マキモトも連られて、向かい側に置かれていた木箱に腰かける。ミワは立ったままだった。


「それで、だ、マキモト伍長。俺たちがツルんでダベってたのにはワケがあってな……“友だち”のお前にも、仲間になってもらいたいのさ」


「なかま……」


 マキモトは片眉をくい、とつり上げる。


「何をする気だ? 犯罪の片棒を担げ、だとか?」


「うん」


「断る」


 あっさり答えるカジロにマキモトもすぐに返して、さっさと立ち上がる。


「ミュータントのこと、あんたらの悪巧みのこと、誰にも言わないよ。……だが、話はこれまでだ」


「いいのか? 遅かれ早かれ、その右手はバレるぞ」


 背中に言葉を投げられて、扉に向かいかけたマキモト伍長は立ち止まった。


「ミュータント兵士なんて、体のいい実験動物だ。それにもうじき、新しい作戦の参加者を選抜するための適正検索が始まる。軍の中には逃げ場はない……だとしたらこの町でどう生きる?」


「それは……」


 ナゴヤ・セントラルではミュータントすなわち、反政府側の人間と見なされることが多い。少なからぬ数の若く、元気のあるミュータントたちが、“危険分子予備軍”として当局にマークされているのも事実だった。


「お前も俺たちも、保安局のブラックリストに入るのは間違いないだろう。それどころか、軍の監視対象になるかもしれん。お前には耐えられるか? 古巣から邪険にされ、反政府派の疑いをかけられながら暮らしていくことに? ……いや、もう既に一杯一杯何だろう? “ミュータント嫌い”のマキモト伍長自身が本当は、ミュータントだったなんて! 強がってるだけで、それ自体が耐え難いことなんじゃないか?」


「む、う……」


 マキモト伍長は呻き声を漏らし、カジロ軍曹の前の木箱に腰かけた。


「……話を聞かせてくれ」


 暗く鋭い視線を向けるマキモトに、カジロはごくりと唾を飲んでから、歯を見せて笑うのだった。





ナゴヤ・セントラル・サイトの北、険しい山々に面する城塞都市、カガミハラ・フォート・サイト。その東には更に深い山々に向かって伸びる瓦礫の道、オールド・チュウオー・ラインが続いていた。


 行き交う者も途絶え、荒れ果てた道の遺構に、一台の黒い大型バイクと白いバンが停まっている。バイクに跨がるのは、フルフェイスのヘルメットと所々が擦りきれたライダース・ジャケットの男だった。


 男はバイクのアクセルレバーをいじってエンジンの具合を確かめた後、ヘルメットのバイザーを上げてバンの中に声をかけた。


「マダラ、準備できたぞ」


 バンの中から顔を出したのは、カエル頭のメカニック……ではなく、私服姿の若い巡回判事だった。


「了解。マダラは通信が入ったからって言って、中で話をしてるよ」


「わざわざ広域通信を使って……か。何だろう……? それより、何でアマネもついてきたんだ?」


 ライダース・ジャケット姿のレンジが尋ねると、アマネは「ふふん!」と胸を張る。


「巡回判事なので、視察させていただきます! ストライカー雷電の新しい装備をテストするんでしょ? 私にも見せてよ!」


「おいおい、見せ物じゃないぞ……まあ、いいけどさ」


 私情を丸出しにした新人巡回判事にレンジがため息をついて返した時、ガタリ、とバンが揺れた。


「わっ!」


「どうした? ……マダラ!」


 レンジが車内に呼び掛けると、慌ただしく後部座席の窓が開いた。オレンジ色の肌に、青いぶち模様が入ったカエル頭の青年が顔を出す。


「やあ! ごめん、大丈夫だ。……いや、俺は大丈夫なんだけど、大丈夫じゃない。緊急事態だ、レンジ!」


「言いたいことは分かった。……けど、何が起きたんだ?」


 カエル頭のメカニック、マダラは子どもの握りこぶし程はありそうな丸い眼をぱちぱちと瞬かせた。


「カガミハラから救援要請だ。試験中の飛行機がハイジャックされて……」


「ハイジャック?」


 アマネも運転席側の窓から首を出し、マダラの話をじっと聞いている。


「モンスターに襲われながら、こっちに向かって飛んできてるんだ!」


 レンジは思わず、青空を見上げた。


「……何だって?」


(続)

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