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スクランブル ストラグル スカイハイ;1

マキモト・タツミ伍長はミュータント嫌いで有名な男だった。


そんな彼を襲う事件、そして彼の身に何が……?

 ナゴヤ・セントラル防衛軍、工兵隊所属でセントラル・サイト本部基地に配属されているマキモト・タツミ伍長は、ミュータント嫌いで有名な男だった。


 セントラル・サイト市内を歩けば道行くミュータントとトラブルになることもしょっちゅうで、彼は「俺がミュータントの存在を許しているのは、セントラルが奴等を保護しているからだ。そうじゃなかったら、あんな連中、見たくもない」「ミュータントなんてのは、さっさとくたばったほうが世の中のためだ」などと公言して憚らなかった。


 上司も同僚も、彼の粗暴な振る舞いには顔をしかめたが、ミュータントへの憎悪をいさめる者はいなかった。


 猛勉強にも関わらずセントラル・カレッジに不合格し、キャリア組への道を断念した彼の胸には常に不満が渦巻いていた。そして、その後ミュータントの才媛がカレッジへの進学を果たした、というニュースが、積み上がった不満に憎悪の火を燃え上がらせていた。皆、下手につついて炎の勢いを増すことを恐れていたし、彼ら自身もミュータントを恐れていた。ナゴヤ・セントラル・サイトの寂れた区画にミュータントたちが反政府組織を構え、市街を侵略しようと目論んでいるのだと、保安部から常々聞かされていたからだ。




「邪魔だ! ボサッとするな!」


 ある朝、マキモト伍長はいつものように基地の廊下でミュータントの掃除夫を怒鳴り付けた。


 しかし、罵られた掃除夫は珍しく逃げ出さなかった。毅然と口を結び、頭から生えた無数の触手についた眼を伍長に向けている。非難することもなく、老いたミュータントはただ無言だった。


「……ちっ!」


 マキモトは舌打ちをして、掃除夫から目を逸らして再び歩きだした。




「マキモト伍長、到着しました!」


 “第三倉庫”と書かれた扉に入ったマキモトは、隊の同僚たちに加わって装備品の整理にとりかかった。


 反政府組織と対立を続けているとはいえ、直接的な武力抗争のないナゴヤ・セントラルでは、兵器はもっぱら、海や山から周期的に侵入してくる危険な変異動物に向けられている。工兵隊たちの装備も、大半が山狩り海浚い用のアウトドア・ツールか、レスキュー作業用の重機、大型工具が占めていた。


「何だったんだ、クソが……!」


 伍長は掃除夫から向けられた無数の視線を思いだしていた。ブツブツとつぶやきながら、大型パワーアシストペンチを手に取る。


「マキモト伍長、セーフティ!」


「はあ?」


 同僚が慌てて叫んだ。手にした工具に視線を向けると、セーフティが外れて大顎がぱっくり開いていた。


「あっ!」


 手を離す間もなく、ペンチの口が反動で勢いよく閉じる。


「あああああああああ!」


 カッターの大きな鋏が食いつき、右手が見えなくなった。




――手が熱い。痛みがあるはずなのに、何も感じない!




「マキモト!」


 同僚たちが駆け寄り、ペンチの鋏を開く。惨状を見て、思わず「うっ……」と呻いて目を背けた。隊長もやって来て叫んだ。


「とにかく、早く医務室だ!」




 マキモト伍長は担架で医務室に運び込まれ、ベッドに転がされた。止血措置だけ済まされてカーテンが下ろされると、軍医と看護師たちの声が聞こえてきた。


「再生医療ポットを回せ!」


「10分後に着きます!」


「届き次第オペを始める、準備しておけよ!」


 マキモトはぼんやりと、医師たちの声を聞いていた。事故の興奮が冷めた後も、何故か右手に痛みは感じなかった。そして相変わらず、粉々になったはずの手がドクドクと脈打ち、むず痒いような、熱っぽいような感じが続いているのだった。




――俺の手に、いったい何が……?




 横になったまま、右手を持ち上げてみる。血がにじんでいる様子も見えず、包帯は巻かれた時のままに真っ白だった。


 軽く動かしてみるが痛みはない。それどころかむず痒さは増す一方で、早く包帯を取りたくて堪らなかった。


 軍医たちはカーテンの向こうで、相変わらず忙しそうに動き回っている。マキモトは思いきって、巻いていた包帯をほどいた。


「なっ……!」


「どうしました?」


 言葉を失った伍長の異変に気づき、看護師がカーテンを開けようとしている。マキモトは咄嗟に、枕元のタオルで右手を包んだ。


 開いている窓に目を向ける。地下に向かって際限なく延びるナゴヤ・セントラル・サイトだが、この基地は表層に近く、窓の向こうは明かり取りの吹き抜けになっていた。


「マキモト伍長? ……ええ!」


 看護師がカーテンを開けた時には、ベッドはもぬけの殻だった。大きく開いた窓から、朝の日差しが射し込んでいた。




 窓から飛び降りたマキモトは、二階層下の運動場に落ちていった。促成栽培の芝生に着地すると、近くで低音を響かせていた軍楽隊のチューバ奏者が目を丸くした。


「アハハ……」


 伍長は右手を隠しながら愛想笑いして、急いで走り去る。運動場の隅から基地の棟に駆け込み、人の目を逃れて基地の奥へ、奥へと走っていった。


「はあ! ……はあ!」


 以前、ガラの悪い連中が溜まり場にしていた廃棄物置場を目指してマキモトは走っていた。とにかく、まず一人になりたかったのだ。


 足音を響かせながら、人通りない廊下を走る。基地棟の、最下層の隅、“第4廃棄物集積所”と書かれた札が掛けられた扉を開けて、部屋の中に飛び込んだ。


「ひい……ひい……はあ!」


 扉を大急ぎで閉めると、マキモトは荒く息を吐きながら床にへたりこむ。


「はあ……ふう……ふう……」


 息を整えながら、再び布にくるんだ自らの右手に視線を向けた。




――どうなっちゃったんだ、俺の手は……?




 部屋の奥からカツン、と靴の音が響く。マキモトは先客がいたことに気づき、右手をかばいながら顔を上げた。


「……おお! ミュータント嫌いのマキモト・タツミ伍長じゃないか! どうしたんだ、こんなとこで?」


 そう言いながら近寄ってきたのは、陸戦隊所属のカジロ軍曹だった。ニタニタと笑っているが、目には剣呑な光がギラついている。些細な軍紀違反を繰返し、素行も悪いと評判の男だった。マキモトは身構え、扉に手をかける。


「やれ、ミワ!」


「……ウス」


 部屋の隅、マキモトの死角から太い腕が伸びてきて、扉を開けようとしたマキモトの左手首を掴んだ。


「この……!」


 ミワと呼ばれた、眼帯をつけた長身の男は、がっちりと伍長を捕らえている。マキモトは振りほどこうとするが、片手ではびくともしなかった。


「逃げるなよ、マキモト伍長! 俺は『何をしてるんだ?』って聞いてるんだ。上の人間の質問には答えるもんだぜ? それとも……」


 不良軍曹はオモチャを見つけたように愉しそうな顔で、伍長の右手を見た。


「その右手に、何かあるのか?」


「……やめろ!」


 マキモトが体をよじり、右手を隠そうとするのを見て、カジロはますます面白そうに笑う。


「ははは! 何だか困ってるみたいじゃないか! 上官のよしみだ、ちょっと診てやるよ……!」


「……やめろ、やめてくれ!」


 カジロ軍曹はグローヴをつけた手で、必死にもがくマキモトの右腕を捕らえた。


「やめろ……見るな!」


 ジタバタするマキモトをせせら笑いながら、カジロは右手を隠す布を一思いに剥ぎ取った。


「ああ……!」


「ほう……!」


 マキモト伍長は悔しさと情けなさが滲んだ声をあげ、カジロとミワは感心するような目で伍長の手を見た。


「マキモト伍長、あんた……」


 男の右手から先は細長い、長方形の塊に置き換わっている。白い照明灯に照らされると金属製の鉈のように、ギラリと光を反射した。


「……ミュータント、だったんだな……!」


 軍曹の声に嘲るような調子はなく、不思議と、マキモトに共感するような響きを含んでいた。


(続)

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