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ロケットブラザーズ ラン;14

水没しつつあるレース場を行く、魔法少女とヒーロー。


いよいよ地下レース場編、決着……!

 マギセイラーに変身したアマネは細身の剣を携え、光のスカートをはためかせながら、暗闇の中を走っていた。スカートの光と、支配人から奪った携帯端末のライトが、パイプが張り巡らされた壁を照らしだす。



ーー排水装置、排水装置……!



「……ひゃっ!」


 壁を見回しながら走っていると、足首から先が冷たいものにのめり込んだ。


「『どうした、マギセイラー?』」


 足を動かすとばしゃり、と音をたててしぶきが飛ぶ。


「大丈夫、けど、水が……!」


「『裏手にまで溢れだしてきているのか! ……レーサーの避難が間に合わないかもしれない。すまないマギセイラー、急いでくれ!』」


「了解!」


 マギセイラーはかさを増していく水に入っていった。


 頭の先まで水に沈むと足が床から離れた。魔法少女ドレスを形作るナノマシンが潜水服代わりとなるので、水の中でも呼吸には不自由しない。普段よりも一回り小さな光のスカートが“ひれ”のようにはためき、マギセイラーは暗い水の中をふわりと泳ぎ始めた。



ーーやっぱり、いつもほどスピードは出ないか……それでも!



 行く手に四角い塊がいくつも浮かび、水流に乗って魔法少女に向かってくる。マギセイラーは手にした剣で打ち払い、するり、とすり抜けて泳ぎ続けた。


「空き缶か!」



ーー本当なら、簡単に吹っ飛ばせるはずなのに!



「ああ、もう! パワーが足りない!」


「『仕方ないよ、エネルギーがカツカツの状態で動いてるんだから』」


 悔しそうにこぼすアマネのインカムに、マダラが話しかけた。


「『すぐに変身が解けることはないと思う……けど、気をつけて!』」


「わかった!」


 ライトに照らされ、ぼんやり浮かび上がる障害物たちを避けながら、魔法少女は水没したトンネルの奥に入り込んでいく。


 視界が悪くなり、向かい風のような水流の勢いも増していく中、マギセイラーの位置をモニターしていたマダラが呼び掛けた。


「『そろそろ、水が溢れだしているポイントの近くに着くよ! そちらで何か見えないか?』」


「何か……? ええと……」


 水底に横たわるドラム缶、光に照らされて水中に影を落としながら飛び去る砂利、クラゲのような小さなゴミ……


 行く手の壁に、大きな丸いハッチがあった。かすれかけた文字で“強制排水”と大きく書かれている。ぽっかりと開けば、小型の作業重機も通すことができそうな“蓋”だった。


「……あった! 排水装置!」


「『動きそうか?』」


 ハッチの横にコントロール・パネルがあった。マギセイラーが取りついてボタンを押すが、反応はなかった。


「ダメ、電源が死んでる!」


「『手動で何とかできない?』」


「手動……」


 ライトで周囲を照らすと、ハッチの端に丸いハンドルが浮かび上がって見えた。


「……あった! ハンドル!」


 錆び付いたハンドルに両手をかけ、力一杯に回すがびくともしない。


「ぐぐぐ! ……ああ!」


 マギセイラーは残ったエネルギーを使いきるつもりで力をかけ続けた。僅かにハンドルが動く手応えを感じる。


「動け……! 動け!」


 金属の輪が回りはじめた……かと思うと、回転軸が歪み、根元からぐにゃりとねじ切れた。


「えっ」


 手を離す。ハンドルが水中に漂い、トンネルの底に沈んでいくのが、妙にゆっくりと見えた。


「ああああ!」


 固まっていたマギセイラーは、足元に落ちたハンドルを見て叫び声をあげた。




 押し返してくる水流を切り裂いて、メタリックブルーの水中バイクがトンネルの中を飛ぶ。雷電のヘルメットには、魔法少女に呼び掛けるマダラの声が響いていた。


「『……マギセイラー、大丈夫? マギセイラー!』」


「どうなってるマダラ? ア、ええと……マギセイラーは無事か?」


「『わからない、バイタルサインには変化ないんだけど……そろそろだよ!」


 レース場の両側に下ろされた、防音処理が施された重厚なシャッターには、それぞれのポイントの名前が大きく書かれている。ホッタ、テンマチョ、ジングウ・ウエスト、ニシタカクラ……カナヤマ!


「見えた! ……マギセイラーは?」


「『ええと……内周シャッターの向こうだ! 今、バイザーに映すから……』」


 バイザーの視界に、赤い丸が映し出された。シャッターの向こうにいるマギセイラーに反応して、マーキングしているらしかった。


「おおい、開けてくれ!」


 シャッターを叩くが、反応はない。


「マダラ、何とかならないか?」


「『レース場全体のシャッターが、制御プログラムでまとめてコントロールされてるんだ! ハッキングするにはちょっと時間が……』」


 マダラの答えを聞き終わる前に、雷電は左手の丸盾をシャッターに向けて構えた。


「“ヴォルテクスストリーム”!」


「『ちょっと! 雷電?』」


「『“Vortex Stream”!』」


 マダラが驚く間もなく人工音声が応え、盾の中央から強烈な水流が噴き出した。渦を巻いた水の槍は、シャッターに大穴を開けて吹き飛ばす。


「『無茶やるなぁ……』」


「けど、時間がないんだろう?」


「『まあ、そうなんだけどさ……』」


 呆れるマダラにあっさり返し、雷電はシャッターの向こうに首を突っ込んだ。


「マギセイラー? おおい!」


 使われなくなったホームは、今はバックヤードとなっていて、ドラム缶やオイルの空き缶、大小のゴミに千切れたシャッターの破片が浮かんでいる。


 ホームの隅と作業用通路の境に取り付けられた大きな丸いハッチの前に、光のベールをまとった青い魔法少女が座り込み、うつむいていた。


「マギセイラー!」


 シャッターを通り抜けた雷電が声をかけるとマギセイラーは顔を上げ、ぼんやりとした目で雷電を見た。


「雷電……」


「どうした? 怪我か?」


「私は大丈夫、でも……!」


 魔法少女は両手で顔を覆う。


「ハッチのハンドル、壊しちゃった……!」


 足元に転がる、錆び付いた丸いハンドル。雷電はマダラに話しかけた。


「……レーサーの避難は、間に合いそうか?」


「『うん! ギリギリ! 何とか……なるんじゃないかな……ええと……その……』」


 マダラがしどろもどろで答える。


「ごめんなさい、私……ああ……」


 顔を隠したままのマギセイラーは、言葉を詰まらせて小さな呻き声をあげた。雷電は腰に取り付けていた赤いナックルを外し、右手に握りこんだ。もう一つの強化形態、“ファイアパワーフォーム”に変身するためのギアだった。


「マダラ、“ウォーターパワーフォーム”のまま、こいつは使えるか?」


 そう言って雷電スーツの視界に入るように、右手を上げてみせる。


「『できる……充電も足りてるから、必殺技も撃てる、と思う……けどそれじゃあ、レンジへの負担が大きすぎる!』」


 雷電は魔法少女に離れるように促し、右手をハッチに向けて突き出した。


「ここが無茶のしどころだろうが! 行くぞ!」



 一撃。拳がハッチにめり込んだ。



「……壊せない! やっぱり、無理なんだ……!」


 マギセイラーが顔を上げて叫ぶが、雷電は構わずに拳を構え直していた。


「まだだ!」



 二撃目、ドアが大きく歪む。



「まだ……もっとだ……!」


 振り上げる拳の周りが陽炎のように揺らぐ。


「『攻撃を続けることで、エネルギーを更にチャージしているのか! でも……このままじゃオーバーチャージで、体が吹っ飛ぶぞ!』」


 マダラが警告する通りだった。全身がひどく重く、引きちぎられるかのように痛んだ。


「それでも! まだ!」



 三打。拳を受けたハッチに、稲妻のようなヒビが入る。



「雷電!」


「『これ以上のチャージは……!』」


「いや、もういい」


 雷電は全身から熱気を放ち、周囲の水を揺らめかせながら拳を引き抜いた。赤いナックルに力をこめ、必殺技の発動コードを叫ぶ。


「“ファイアボルト”!」


「『“Fire Volt”』」


 ベルトの人工音声が応えると、スーツに走るラインが薄青色に輝いた。水中で炎雷をまとう拳が放たれ、ハッチに突き刺さる。ヒビに沿って雷光が走り、重厚な蓋はバラバラに砕け散った。蓋の破片や浮かんでいたゴミが、排水口に吸い込まれはじめた。


「『……Discharged! Empty!』」


 人工音声が、スーツに蓄えられていたエネルギーを使いきったことを告げる。


「『やった、水位が下がっていく! 間に合ったぞ!』」


 インカムの向こうで、事態をモニターしていたマダラが叫んだ。


「雷電? ……雷電!」


 マギセイラーが呼び掛ける。雷電は拳を放った姿のまま、ぽっかり開いた排水口の前で固まっていた。


「すまん、スーツが固まって動けないんだ!」


 トンネル内に浮いていたゴミを絡めとり、渦を巻く水流が大穴に呑み込まれていく。


 マギセイラーは雷電の腕を掴んだ。光のベールを広げるが、パワーが足りない。二人の体は真っ黒な排水口に引き込まれそうになっていた。


「くっ……! “シェルハープーン”!」


 魔法少女が叫ぶと、細身の剣はモリに姿を変えた。ホームの天井に狙いを定めて、モリを放つ。


「やあっ!」


 光のロープを伸ばしながら飛んだモリは、天井にがっちりと突き刺さった。手首につながったロープによってマギセイラーと雷電は水中に浮いたまま固定される。そのままゆっくりとロープを引き込み、排水口から遠ざかっていった。


「『雷電、マギセイラー、無事か?』」


「マギセイラーのお陰で何とか、な」


 二人はホームの柵にしがみつき、大きく渦まく排水口をぼんやりと見ていた。雷電スーツはしばらく、水の中を泳いでいくことも難しそうだった。


「マダラ、VIPルームはどうなった? 放り出してきちゃった……って、滝巡回判事が言ってたけど」


 誤魔化すように尋ねるマギセイラーに、マダラは笑って答えた。


「大丈夫、手を打ってる。それに……」




「くそ、どうなっているんだ……?」


 相変わらず、出口の扉は固く閉ざされていた。ドアコックに手をかけた男性客が、何度目かになる呟きをこぼす。


 VIPルームに閉じ込められた客たちは部屋の中を歩き回ったり、互いに顔を見合せては囁きあっている。通話回線も開かず、壁の大画面は真っ暗になったままだった。


「くそ! いつまでここにいなきゃいけないんだ!」


「ンフフフフ……!」


 客たちによって縛り上げられたレース場の支配人は、男性客の愚痴を聞いて愉しそうに笑った。


「何がおかしい! 大体、あんたの仕業だろうが!」


「フフ……失礼、其の通りです。ところで済みません、今は何時頃でしょう? この姿勢ですと時計が見えなくて……」


 悪びれる素振りもない支配人に、部屋中から非難の目が向けられた。


「あらら……困りましたね……」


「……ほら!」


 男性客は“圏外”と表示された携帯端末を支配人の顔の前に突き出した。支配人はまじまじと時刻表示を見る。


「ほう、これは……どうやら、そろそろ出られそうですね」


「本当か!」


「ええ。しかし……縄を解いて頂きませんと……」


 男性客は舌打ちをして周囲を見た。他の客も、従業員たちも支配人に不審そうな目を向けていたが、反対の声をあげる者はいなかった。


 自分が決断する役目になるとは思わなかった男性客は、「ううむ……」とうなり、もう一度周囲を見回す。制止する者がいないことを確認すると、支配人を縛っていたロープを解いた。


「ンフ! ヒヒヒ……!」


 支配人は笑いながら立ち上がり、服のホコリを払った。警戒した従業員や客たちが周囲を取り囲む。


「いいか、お前を見逃すわけじゃないからな!」


「ええ、分かって居りますとも。 ……其れでは、扉を開けるとしましょう。失礼致します」


 支配人は人垣を引き連れて、悠々と室内のコンソールに歩き寄った。操作盤を手早くタッチして、指紋認証をクリアすると、室内に電子チャイムの音が響いた。


「動いた……?」


 客たちが周囲を見回した時、操作盤の横からガスマスクが飛び出した。あっと思う間もなく支配人はマスクを口に当て、操作盤の赤いボタンをぐいと押し込んだ。


「ヒヒッ! アハハ! アッハッハッハ! これで終わりだ……!」


 客たちも、従業員たちも支配人を警戒して睨みつける……が、何も起こらなかった。支配人はうろたえて部屋中を見回す。


「……あ? 何故? どうして!」


「この部屋のハッキングは済ませている。毒ガスは出ないよ」


 VIPルームの扉を開け、作業着を着た機械頭の男が入ってきた。


「全てをテロ攻撃に見せかけて自分はとんずらしようって腹だったんだろうが、残念だったな」


 侵入者の異様な風体に室内がざわめくと、男は「おっと失礼」と言い、胸ポケットからIDカードを取り出して皆に見せた。


「ナゴヤ・セントラル防衛軍警察の巡査曹長をしております。“メカヘッド”とお呼びください」


「軍警察……?」


 客たちはポカンとして、土ぼこりやオイル汚れにまみれた軍警官を見た。メカヘッドは「皆さま、驚かせてしまって申し訳ない。今回は管轄外でしたが緊急の要請が入りまして……」などとペラペラとしゃべりながら、大股で人垣をかき分けて支配人に向かって行った。


「ひい……!」


 支配人は操作盤にとりついてひたすらボタンを押し続けていたが、何も反応しなかった。メカヘッドに腕をつかまれ、操作盤から引きはがされると、ガスマスクをつけた男は「ああ……」と小さくうめいてうなだれる。


「じきにナゴヤ保安局の皆さんがいらっしゃる。洗いざらい話すことを勧めるよ。……レース場の仕掛けや賭博取引のデータは抜いてるんだ、言い逃れはできないと思うがね」


 そう言って、メカヘッドは抵抗をやめた支配人の両手に手錠をかけた。


(続)

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