ロケットブラザーズ ラン;13
レース会場に迫る危機。
魔法少女が、ヒーローが、そしてライダーたちが走る……!
「『“マジカルハート”の変身プログラムが動いているのを確認したんだけど、変身したのは間違いないみたいだね。マギフラワーは何をしてるんだ? 状況説明を頼む』」
うなだれていたマギフラワーは背筋を伸ばして通話に答える。
「手短に言うと、支配人が何かやらかした! とりあえずレース場の周りを走って、異常がないか見つけようと思ったんだけど……マギフラワーに変身したのに、体が重くて……」
「『そんな、行き当たりばったりな……それに、マギフラワーは太陽光エネルギーで動くんだ。地下では役に立たないよ』」
バイクたちが走り過ぎ、レース場の壁が震える。マギフラワーの手も震えていた。
「そんな……どうしたらいい?」
「『何か、他に手がかりはないか?』」
アマネは握りしめていたものを見やった。
「……ある! 支配人の端末!」
「『杖に近づけて!』」
「こう?」
魔法少女の杖、“ブランチロッド”からケーブルがにゅるり、と伸びて、端末機にとりついた。
「うわ、気持ち悪い……」
「『仕方ないだろ! ええと、データを見てみるか……』」
作業をはじめたマダラは、すぐに「げっ」と声をあげた。
「何が起きてるの、マダラ?」
「レース場の排水装置がいじられてる! このままだと水が……逆流してコースに溢れるぞ!」
「そんな!」
マジカルハートはシェルターとなったVIPルームを見た。客たちは支配人の言葉を守り、室内に閉じこもっているようだった。
――彼らは、ひとまず問題ないだろう。でも、レーサーやピット・クルーたちは……!
「排水装置をハッキングしようとしたけど、外からの指示を受け付けないようになってるんだ……水が溢れるのは、止められない!」
「どうしたらいい? 私に何ができる、マダラ?」
「まず、こっちでピット・クルーの安全確保とレーサーの誘導をするよ。どこかに旧文明の頃に使われていた手動排水弁があるはずだ。こちらの地図では、把握できてないんだけど……マギフラワーは、それをみつけて、開けてほしい。……念のため、マギセイラーに変身しておいて!」
「了解!」
魔法少女は杖をかざして走り始める。光の粒が全身を覆うと、水の力を操る魔法少女、“マギセイラー”へと姿を変えた。光のスカートをなびかせながら、アマネは黒々とした作業用通路へと足を踏み入れていった。
地下鉄のループを改造したレース場の中で、騒音をかき消すようにアオの声が響き渡った。
「『こちらは、カガミハラ・ナカツガワ合同代表です、レーサーの皆さん、話を聞いてください!』」
それぞれのチームのピット・ブースとの通話回線は止まっていた。レーサーたちはバイクをとめて、場内のスピーカーを見上げる。
「『緊急事態です。まず、皆さん近くのピット・ブースに避難してください! 所属は問いません、早く……きゃあっ!』」
アオの声を更に遮り、場内に響き渡る非常ベルの音。赤い非常灯が点滅するなか、それぞれのピット・ブースのシャッターが乱暴に閉められた。
「『くそ! 始まったのか……失礼しました皆さん!』」
うろたえるドライバーたちに、マダラが交代して呼びかけた。
「『今、皆さんのドライバー回線を使って、避難誘導サインを出しています。一刻も早く、指定した場所に向かってください! 次の説明はその後しますので、お願いします!』」
非常ベルは鳴り続けている。それぞれのドライバーはヘルメット内に映し出されたコース・マップを頼りに、封鎖された場内を走り始めた。
雷電はマダラの指示通り、“ポイント・モトヤマ”のシャッター前でバイクを停めた。他のレーサーたちも続々と集まり、そこかしこで情報交換が始まっている。
「何が起きている?」
「わからない、ここで待つように指示されて……」
「ポイント・ホッタの方から来たが、特に何も……」
「俺はポイント・ヒガシベツインから来たが、水がそこら中から漏れ出していた!」
再び騒がしくなってきた場内に、マダラの声が響いた。
「『皆さん、全員到着したみたいだね』」
雷電が真っ先に声を上げる。
「マダラ! 何が起きてるんだ?」
「『うん、アクシデント……じゃないな、レースを妨害している奴が、コース内を封鎖したんだ』」
レーサーたちは口々に「妨害……?」「封鎖……!」などと言い合っている。マダラは再び大きな声をあげた。
「『皆さん、聞いてほしい! 排水装置がクラッキングされてる。もうじき、ポイント・カナヤマの辺りから水がコースにあふれ出すんだ』」
ライダーたちのざわめき声が大きくなっていく。マダラも負けじと、皆に呼びかけた。
「『ポイント・カミマエヅ横の非常口を開けることができた! そちらから避難してきた皆さんには申し訳ない、どこの出口が使えるか、わからなかったから……カナヤマとヒガシベツインの間のシャッターも下ろした。だから今から、左回りで出口に向かって走って欲しい!』」
レーサーたちは不審そうな表情で固まっている。ざわめき声がコースのトンネルに響いた。「反対側のシャッターも下ろすことはできなかったのかよ!」と誰かが愚痴るように言う。
「『すまない、これ以上シャッターを下ろして水を閉じ込めると、抑え込んだ水の圧力でどちらもはじけ飛び、出口が使えなくなってしまうんだ、申し訳ない……』」
マダラの説明に、ライダーたちは黙った。
「『雷電は、ちょっと……』」
「ああ、何だ?」
雷電はマダラとインカムで話し込んでいる。「うん」「ああ」「わかった」と短いやり取りを済ませると、装甲バイクのエンジンをふかせた。
「兄さん……?」
「コウジ、話は聞いてたな? 皆を連れて行ってくれ」
“サンダーイーグル”は出口とは別方向、右回りに向いて走り出そうとしていた。
「どこに行く気だよ兄さん、そっちは逆方向だろ……?」
「ああ、ちょっと……野暮用でな」
ゆっくり動きだそうとする装甲バイクの前に、コウジの白いバイクが立ち塞がった。雷電のバイザー越しに、レンジは弟を見た。
「……コウジ、お前がレーサーを引っ張っていくんだ」
「無茶言うなよ! 俺にそんな、ヒーローみたいなこと、できるわけないだろ! 兄さんの役目じゃないのか!」
ヘルメットのバイザーを上げて、コウジが兄を睨む。
「俺に、兄さんの代わりができるわけないだろ!」
レンジもヘルメットの縁をなぞり、バイザーを上げて弟を見つめ返した。
「さっきも言っただろう、俺には別の役目があるって。それに、お前は俺と競り合って走ったじゃないか。俺の代わりとか、そんなんじゃない。お前ならできるさ」
「でも……」
足元に水溜まりが、少しずつ少しずつ広がり始めていた。
「……水が迫ってきてる、浸水しきる前に、早く行け!」
雷電がバシン、とコウジの背中を叩く。若きエースライダーは「ぎゃっ!」と叫んで背中をかばいながら、出口にタイヤを向けた。
「いてて……みんな! 聞いてくれ!」
動き出す準備をしていた者も、躊躇っていた者も、他のライダーたちの視線がコウジに集まった。
「分かってると思うけど、水が近づいてきてる!」
バイザーを上げて真剣な目線を返す者も、斜に構えた態度の者もいる。しかし、皆黙ってコウジの言葉を聞いていた。コウジは息を吐き出して、皆に呼び掛けた。
「……俺がみんなを引っ張る! 遅れないように、着いてくるんだ!」
「ハッ! 引っ張るだって?」
先程まで走り出す準備をしていた年長のレーサーが声を上げる。
「見くびられたもんだな! 残り一周もないんだ、ここで逆転してやるぜ! なあ、みんな!」
「ああ、そうだ!」
「若造に負けてられるかよ!」
戸惑っていたレーサーたちも、次々とエンジン音を響かせ始める。
「みんな……! ははっ! 簡単には負けられないな……行くぜ!」
レーサーたちは、出口へと一斉に走り出す。遠ざかっていくエンジンの音に背を向けて、雷電はバイザーを下げた。
「行くぞ、マダラ」
「『うん……頼む、雷電!』」
雷電は腰にくくりつけていた円盤を取り、左手に握った。
「よし……“重装変身”!」
叫びながら腰のベルトについたレバーを上げて、再び下げる。
「『Generate-Gear, setting up!』」
ベルトの合成音声が応えて叫び、サーフ・ギターの響きとベースのリズムが流れ出した。
音楽を聴きながら雷電は水溜まりの中に走り出す。床にあふれはじめた水が吸い上げられ、うねりながら雷電スーツと装甲バイクにまとわりつき始めた。音楽がとまると共に、ベルトの人工音声が声をあげる。
「『Equipment!』」
まとわりつく水流が左手の丸盾に吸い込まれて消えた時には、雷電とバイクはメタリックブルーの装甲に包まれていた。行く手には水が溢れ出している。装甲バイクはタイヤの両隣につけられた水中ジェットを起動させながら、襲ってくる水の塊に飛び込んだ。
「『“WATER-POWER form”, starting up!』」
ベルトが“ウォーターパワーフォーム”への変身完了を高らかに宣言する。天井のライトがぼんやりと光る水の中で、雷電のバイザーとバイクのヘッドライトが行く手を照らしだした。
(続)