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ロケットブラザーズ ラン;12

決着迫るレースに近づく危機……


怪しい刑事は、新人巡回判事はどう動く……?

 暗闇でオイル缶の山を片付けていたメカヘッドの視界を、眩い光が埋め尽くした。


「うおっ!」


 サーキットへのシャッターが開き、空き缶が一つ、コースへと転がり出ていく。耳元でアマネが呼び掛けた。


「『大丈夫ですか?』」


 メカヘッドは頭を押さえながら座り込む。シャッターは、すぐに再び閉ざされた。


「俺のことはいいから! レースとVIPルームはどうなってますか?」


「『レースは無事に続いています! 空き缶がコースに転がってきましたが、雷電が踏み潰してぺちゃんこにしていきました!』」


「フフ……! ハハハッ! やった!」


 暗闇の中で尻餅をついたまま、メカヘッドは両手の拳を握りしめた。


「『メカヘッド巡査曹長?』」


「今開いたのが、ポイント・ヒサヤ・ブロードウェイ裏のシャッターです。最後に一個、空き缶を落っことしてしまいましたが……とは言え、これでポイント・サカエ裏から一巡りして、全てのポイントに仕掛けられたトラップを解除したことになる!」


「『お疲れ様です!』」


 メカヘッドは作業着の尻を軽くはたきながら立ち上がった。


「……しかし、ここからが正念場です。巡回判事殿、先程のアクシデントでVIPルームはどう動きました?」


「『客も従業員たちも、缶が出てきた時にはざわつきましたが、すぐに雷電が潰してくれて、皆ホッとしています。その後はまた元通り、賭けの結果を気にして動き回ってますね。ただ……』」


 そう言いかけて、アマネは「うーん……」と唸った。


「何か? どんなことでもいい、教えてください」


「『支配人が……何だか、柄が悪いんですよ』」


「……柄が?」


「『ええ、ええと、そうですね……ポケットに手を突っ込んで、じっと黙ったまま、難しそうに目を細めているんです。さっきまで、そんなことはなかったんですけど……』」


「ふうむ……」


 メカヘッドも唸った。ごうごうと音を立ててバイクの群れが走り抜け、壁が激しく揺れている。


「こちらから下手に突っ込むのは悪手でしょう。でも支配人なら、ポジションとしてもおかしくない……そのまま、マークしていてください」


「『了解しました』」




ーー“ブラフマー”のことだ、他にも何か、いやらしい手を隠し持っていてもおかしくない。けど……今は、相手の出方を待つ他ない。




 アマネとの通話が終わると、すぐさま側頭部の端末が呼び出し音を鳴らした。


「……もしもし?」


「『メカヘッドか?』」


「タチバナ先輩、どうしました?」


「『"どうしました"、じゃない。今どこにいる? 何やってんだ、お前?』」


 不審者を咎めるようなタチバナの言葉に、メカヘッドはコツコツと頭を叩く。


「ハハハ、参りましたね。いえ、実は……」




「『レースは残り約1時間、もはや優勝は、この2チームの他にありません! ナカツガワ・カガミハラ共同代表、“ストライカー雷電”、そしてオーサカ代表、“ツバサ・ラボラトリ”!』」


 アナウンサーの声には疲れの色が見えるが、それでも奮い立ち、高いテンションでまくし立てていた。


「『序盤から圧倒的だった雷電に対し、ジリジリとペースを上げてきたツバサ! あと少し、あと少しというところまで来ました! しかし荒鷲は尚も高く飛ぼうというのか! もう一歩が届かない! 確実に背中を捉えているというのに! ……しかし、しかし! 一瞬のミスでどうなるか分からないのがレースの恐ろしいところです! ゴールフラッグが振られるまで、勝敗は分からないぞ!』」


 VIPルームの人々は大型画面に釘付けになり、2台のバイクを見守っていた。


「……ツバサはよくやりましたよ。ピット・クルーの力でここまで雷電に迫ったんだから! ……でも、雷電のクルーも負けてなかった! 彼らのピット・ワークを見てきましたがね、毎回確実に早くなってるんですよ! これは大したもんだ。こんな名勝負に立ち会えるなんて、思いもしませんでしたよ」


 レースが始まる時には雷電をこき下ろしていた客は、すっかり興奮していた。連れの女性は「疲れた」と言って先に帰ってしまい、支配人を話し相手に観戦を続けていたのだった。


「……ええ、これは最後まで分からなくなりました。まさかここまでとは……」


 支配人は目を細め、難しそうな顔で画面を見つめている。レースに熱中している男は相手のことを気にせずにしゃべり続けていた。


「見ましたか? ツバサに賭けた連中のうろたえよう! まあ、私もツバサに賭けましたがね、でもこうなったら、どちらのチームも応援する他ないですよ!」


 ポケットに突っ込んだ手をモゾモゾと動かしながら、支配人は黙っている。見つめる先の画面で、コース内側のシャッターが次々に動いていた。


「このままストライカー雷電が優勝したら、ベットした奴はウハウハでしょうな! 倍率はいくらだろう……?」


 シャッターは何事もなく、再び閉まっていく。


「支配人、さっきからあのシャッター、どうなってるんです? 故障ですか?」


「……チッ!」


 支配人は舌打ちすると、ポケットに突っ込んでいた手を抜き出した。しかし握っていた携帯端末ごと、しなやかな手ががっちりと掴む。


「何だ! ……誰だね、君は?」


 ドレス姿の凛とした美女が、目に強い光を宿して支配人を見据えていた。


「失礼します、ナカサキ支配人。私、ナゴヤ・セントラル保安局の者です」


 巡回判事のIDカードを見せられて、支配人は掴まれたままの腕を下ろした。


「保安局の方が、何の用です? 手を離していただけませんか」


「いえ、申し訳ありません。まずは用件を。ナカサキ支配人、あなたには“ロケッティアズ・ラン”を利用したレース賭博における不正行為、並びにレースの走行妨害をおこなった疑いがあります。つきましては、端末機の確認を」


「わああああっ!」


 支配人が叫びながら大きく腕を振り払う。


「きゃっ!」


 新人巡回判事が手を離した隙に、素早く携帯端末を操作した。


「……くそ! 何をした?」


「ヒヒッ! ハハ! ハハハハハ!」


 アマネが再び支配人を捕らえて端末機を取り上げるも、ナカサキは“タガ”が外れたように笑った。


「何をした? 何がおかしい!」


「もう終わりだ! こうなったら私にもとめられない!」


 奪い取った端末の画面は“処理中”と表示されたまま固まっている。アマネがいくら試しても、操作を受け付けなかった。


「くそ……!」


 VIPルームの中を、けばけばしく赤い警告灯が照らす。客たちは驚き、戸惑って声をあげた。レース中継していたスクリーンは暗転し、アナウンサーの代わりに電子音声が室内に話しかけた。


「『安全確保のため、10秒以内にシャッターを閉鎖します。皆さま室内に留まり、どうぞ落ち着いてお待ちください』」


 支配人は組伏せられたまま声をあげる。


「皆様、VIPルームの中なら安全で御座います! 此の迄、落ち着いてお待ち下さい!」


「チッ!」


 アマネは舌打ちすると、隣でぽかんとしていた男に支配人の身柄を預けて、奪い取った端末を手にVIPルームを飛び出した。


「メカヘッド巡査曹長!」


 物影に身を潜めると、インカムに向かって叫ぶ。


「『聞こえていました! 大丈夫ですか? 支配人の件、どうなっています?』」


「隠し持っていた端末機を取り上げました! けど全然、操作が効かなくて……マジカルハートに助けを求めます! この後のことは、彼女にお願いします!」


「『えっ? ちょっと! どういうことです?』」


 戸惑うメカヘッドに構わず、アマネはインカムの通話回線を閉じる。スカートの裾に手を入れ、ガーターに仕込んでいたピンク色の筒、“マジカルチャーム”を抜き出した。しゃがみこんだままマジカルチャームを掲げ、変身コードを小声で叫ぶ。


「“花咲く春の夢見るドレス! マジカルハート、ドレス・アップ!”」


 全身がピンク色の光に包まれる。分子変換システムによって生み出されたナノマシンが身体中を覆い、光は凝縮して花びらを象ったドレスへと姿を変えた。身につけていたカラーコンタクトレンズも分解され、金と銀のオッド・アイがあらわになる。


「“黒雲散らす花の嵐! マジカルハート・マギフラワー!”」


 長い杖となったマジカルチャームを構え、魔法少女となったアマネは高らかに叫んだ。……魔法少女ドレスによる、自動ポージングと自動発話機能により、本人の意思とは無関係に決めポーズを取らされるのだ。立体映像によるピンク色の爆炎が、魔法少女の背後に吹き上がる。


「よし……!」


 変身完了したマギフラワーは地を蹴って走り出すが、たちまちたたらを踏んだ。




ーーいつものようなスピードが出せない! 全身にみなぎるはずの力もない、これでは、生身と変わらない……!




 インカムの呼び出し音が鳴り、通話回線が開いたことを告げる。


「誰?」


「『こちらマダラ。……マギフラワー? 何故ここにいて、変身してるんだ?』」


 戸惑ったマダラの声が話しかけてきたのだった。


(続)

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