ロケットブラザーズ ラン;9
都市対抗レース大会、"ロケッティアズ・ラン"が始まる!
思惑入り組むレースの、序盤を制する者は……?
テンションの高いアナウンサーの声が、スピーカーから響き渡った。
「『……お次は企業チームとして初の参戦となる、オーサカ・セントラル代表、“ツバサ・ラボラトリ”です! レーサーは気鋭の若手、国芝コウジがつとめます。当然マシンはツバサ製の最新鋭モデル、“ムラクモ”! 優勝の最有力候補、と言ってもいいのではないでしょうか!』」
白いバイクに跨がるライダーと、その隣でにこやかに手を振るコンパニオンがVIPルームの大型スクリーンに映し出される。
「今年の優勝は決まりですね」
「ツバサなら、間違いない」
「コンパニオンは美人だが、ミュータントか……」
囁く声が重なって場内に響く中、画面が切り替わった。
「『……さて、最後に紹介しますのはカガミハラ・ナカツガワ共同代表、“ストライカー雷電”!』」
大写しになった装甲バイクとヒーロー・スーツのライダーに、会場内はざわつく。
「『ライダーは同地域でヒーローとして活動する“ストライカー雷電”です! 旧時代の特撮ドラマで活躍したヒーローが、現代に蘇りました!』」
「ヒーロー?」
「カッコだけでしょう……」
鼻で笑う声、馬鹿にした囁きが漏れる。アナウンサーは説明を続けた。
「『操るマシンはイサナ・モータースの“シスレイ・サードリバイ”を基にしたフルカスタム・モデル、“サンダーイーグル”だ! 原作ファンも納得の再現度の高さですが、走りの方はどうでしょうか? 期待が高まります!』」
マシンの横で青い肌のコンパニオンが、ぎこちない微笑みを浮かべている。
「シスレイ・サードリバイなんて、レースに出すようなバイクじゃないよ!」
物知顔の紳士が、連れの若い女性に説明していた。
「元々互いに補助しあうように、と設計されたバイオマスと水動力のツイン・エンジンを、同時駆動させることで出力を上げる、って考えたらしいんだが、方式の違うエンジンが、そう簡単にシンクロなんてする訳がない! おかげで出来上がったのは、図体がデカイだけのじゃじゃ馬さ! それに、あんなにゴテゴテ重りをつけて“フルカスタム”なんて、よく言うよ! ただのネタだろ! まともに戦うつもりだとは思えないな!」
得意になってまくし立てる男を見て、アマネは内心面白くて仕方がなかった。
ーー“ストライカー雷電”を知らない人たちには、好きに言わせておけばいい。……思い切りやっちゃいな、レンジ君!
地下レース場メイジョー・バイオレット・ループ。堅牢なコンクリート隔壁の内側では十数台のエンジンが唸り声をあげ、走り出す時を待っていた。
各チームのピット・ブースはシャッターが開き、コースに面して大型のデジタル式カウンターが置かれている。カウンター前には白い照明灯に照らされ、色とりどりのバイクが並んでいた。
バイクの前に、立体プロジェクタでシグナルが投影される。場内の共用回線を通じて、カウントダウンする電子音がライダーの耳に入ってくる。レンジもバイザー越しに、シグナルの移り変わりを見ていた。
ーー赤いシグナルが3つ……2つ……1つ……
ーー青!
ひときわ大きなブザーが鳴り響くと、各マシンが一斉に走り出した。
「『8時間に渡る過酷なレースが、いよいよ始まりました! まずはどのチームも着実に周回を重ねていきたいところ……おっと?』」
一塊となったバイクの集団から、銀色に輝くものが飛び出した。
「『何と! “ストライカー雷電”です! 銀色のマシンが先頭に躍りだし、後続を引き離していきます! 序盤は雷電の独壇場か?』」
「あのバイク、あんなにスピードが出せるのか……?」
「もう先頭だ! 誰か、あれについて何か知らないか……?」
VIPルームの観客たちが騒ぐ。講釈を垂れていた男は少し気まずそうにしながらも強気だった。
「ふん、まだまだ序盤だ! どうせどこかで、バテるのがオチさ!」
威勢のいい声を聞きつけて、支配人が隣にやって来ていた。
「……確かに、レースは8時間の長丁場で御座います。多少の小競り合いは、勝敗には大きな影響は有りますまい。……ですが、おや、是は……?」
バイオマス式と水動力式のツイン・エンジンがシンクロして唸る。突っ走る銀色の装甲バイクに、猛然と食らいつく白い矢があった。アナウンサーが吠えたてるように叫ぶ。
「『……おおっと! ここで雷電に追走するのは、オーサカの白いムラクモ、国芝コウジだ! 序盤から勝負に出たのか、それとも血が逸ったのか若冠21歳! ……いずれにせよ、まだまだレースは、始まったばかりだぞ!』」
ライダーたちもメカニックたちも“サンダーイーグル”の加速に驚いたが、焦ることはなかった。アナウンサーの言う通りまだレースは始まったばかりだし、そのうちペースも落ちるだろう、と思っていたのだ。……国芝コウジと、ツバサ・ラボラトリのピット・クルー以外は。
オーサカ代表チームのメンバーたちは、メモリチップに録画されていた映像を思い出していた。雷電の駆る装甲バイクは猛烈な加速で山道を駆け上がり、ビルの壁を垂直に走りのぼり、瓦礫の道で荒れ狂う獣とデッドヒートを繰り広げていた…
ーーあの映像は、加工でも何でもなかったのだ。
それは、天才的メカニックに調整されたツイン・エンジンと、旧文明のオーバーテクノロジーによって生み出された、正真正銘の怪物だった。
「『コウジ、お前の読み通りだったな!』」
レーサーのヘルメットの中でチーフ・メカニックが呼び掛ける。
「チーフこそ、急なセッティングの変更、ありがとう」
「『何だ? お前が礼を言うなんて珍しい。明日は雪か!』」
チーフは愉快そうに笑う。
「『……だがお前の言う通り、ここでストライカー雷電に食いついていく他はないだろうよ』」
「ああ、あの加速は、あのマシンにとっては普通のペースだろう」
「『そして、まだまだ余力はある……か』」
コウジは先頭を走る銀色の機体に追いすがるが、間合いに入ることはできなかった。
「くそ! あと少しが遠い……!」
悔しさを滲ませながら、コウジが雷電の背中を睨む。
「『焦るなコウジ! 今は作戦通りの走りができてるんだ!』」
「……そうだな。このまま無理しすぎずに行くぞ! ピットはよろしく頼む」
「『今日は殊勝なことばかり言うな! どうしたんだ一体?』」
インカム越しのチーフの声にコウジは奥歯を噛みしめて、吼えるように返した。
「うるさい! ……俺は、あいつに勝ちたいだけだ!」
(続)