ロケットブラザーズ ラン;8
いよいよレース当日、そして隠れ潜む怪しい刑事の"計画"も明らかに……!
「『モータースポーツ・ファンの皆さま、中盤に差し掛かったボン・ホリデイズをいかがお過ごしでしょうか? ……さて、お待たせいたしました! 年に一度の大レース、ロケット野郎どもの宴! “ロケッティアズ・ラン”が今年も始まりました!』」
ナゴヤ・セントラル・サイトの都市回線から、元気のよいアナウンサーの声が響いてくる。オオス・テンプルの客間にミュータントたちが集まり、大型スクリーンに見入っていた。
サーキットの中空を撮影ドローンが飛び、各ピット・ブースの前でスタンバイしているバイクを映し出した。子どもたちが画面に向かって「雷電、がんばれ!」と声をかける。アナウンサーはテンション高く話し続けていた。
「『本大会は、“二輪以外無制限、8時間耐久”という、特に過酷なレギュレーションがしかれています。後半には事故も頻発するこの危険なレース、どのチームが生き残り、そして栄光を掴むのか! レース開始までしばらくの間、エントリーしている挑戦者たちとそのマシンを紹介いたしましょう……!』」
地下レース場“メイジョー・ヴァイオレット・ループ”、受付の“ポイント・サカエ”ブースの上には、VIPルームが設けられていた。大画面のレース中継を観戦するのは上質なスーツやドレスに身を包んだ男女、そして蛍光色の燐光を放つスーツを着た者が数名。レースに出資しているナゴヤの名士たちや、社交界を賑わしている者たちだった。
客たちの間をコンシェルジュやレース場付のコンパニオンが忙しく動き回り、支配人は悠然と構えて、上客とおぼしき者たちからの挨拶を受けている。
賑やかな室内にあって、壁際にドレスをまとった若い女性が静かに立っている。背筋を伸ばし、凛とした眼差しには強い光を宿していた。
「失礼いたします、あちらのお客さまからです……」
コンシェルジュが一礼してカクテル・グラスが載ったトレイを差し出すと、ドレスの女はにこやかに会釈した。
「ありがとうございます。ごめんなさい、飲めないので……」
「失礼いたしました。先方にもお伝えいたします……」
断られたコンシェルジュが再び頭を下げて、トレイを持って去っていく。ドレスを着たアマネは、残念そうに遠ざかっていく水色のカクテルを見送った。
ーー仕事じゃなければなあ! いや、仕事じゃなければ、こんなところにも来ようと思わないか……
耳に仕込んだインカムに、小さな着信音が鳴った。
「はい、VIPルーム、アマネです」
「『メカヘッド、バックヤードへの潜入に成功しました。そちらの状況を教えてほしい』」
アマネは囁くような声で返した。
「今のところ、異常ありません」
「了解。……誰の、どんな動きでもいい、異常があれば教えてください」
「……わかりました」
アマネは会場に目を走らせる。皆が怪しく思えてしまう。しかしそれは、無理なからぬことだった。
「賭けレース、ですか?」
数日前、ナゴヤ・セントラル保安局の近くにあるヌードル・バーの個室でアマネとメカヘッドが向き合っていた。湯気を立てるブラック・ミソ・ヌードルに手をつける前に、アマネがメカヘッドに尋ね返す。
「それくらい、やっていてもおかしくないのでは?」
「もちろん、おかしくないですとも! ……ただ、それが“ブラフマー”の資金源になっているとしたら……どうです?」
違法製造の武器弾薬から危険なドラッグまで、「後ろ暗いものは何でも揃う」と揶揄される闇取引シンジケート、“ブラフマー”の名前を聞き、アマネは手に取ったヌードルのボウルを再び置いた。
「……続きを、聞かせてください」
「ブラフマーは長年、ロケッティアズ・ランを格好の“シノギ”にしてきました。人気のある大きなレースですから、間違いのない商売だったんでしょう。動く資金は年々増えていき、今年は莫大な額に膨れ上がっているらしいのです」
「なるほど……でも、それなら保安局のしかるべき部署が対応するのでは?」
目の前のレッド・スパイシー・ヌードルに手をつけずに、メカヘッドが首をすくめてみせる。
「それが難しいのですよ。“ブラフマー”というのはいわば、グレーな稼業からダーティなものまでさまざまな企業の寄り合い所帯でして、一つ一つを標的にするには、どうにも根拠が弱いんです。やってることはあくまでも賭けレース、ですからね。しかし、強引な介入はレース自体を否定することになりかねず、それも都合が悪い……」
「なるほど、それで高岩巡査曹長が話を引き受けた、と」
「そこは“メカヘッド先輩”と呼んで頂けませんかね……でもまあ、そんなところです」
ヌードルを数本すすりながら話を聞いていたアマネが顔を上げ、白い目でメカヘッドを見た。
「それで、何を企んでるんです?」
メカヘッドは楽しそうに「ハハハ……」と笑った。
「じつはこのレース、過去に何度か怪しいトラブルが起きてましてね。どうも賭けの都合で勝敗を操作しようという者がいるようなんです」
「けっこう大きな問題じゃないですか、それ!」
機械頭の男は「ええ、ええ」と言って笑った。
「今回は大会史上初めて、企業公式チームが参戦します。チーム自体はこれまでも実績をあげていて、優勝は確実だと思われている。既に大金がベットされている、そこに強力なダークホースが殴り込めば……」
アマネは箸でメカヘッドをさした。
「確実に妨害工作をしかけてくる!」
メカヘッドも指でアマネをさし返す。
「そう! そして、レース場の裏に潜入して、妨害を一つ一つ潰していけば、どこかで賭けの関係者たちは馬脚をあらわす……」
「なるほど、そんなことを企んでいたんですか……」
アマネは箸を引っ込め、再びヌードルのボウルに視線を落とした。
「お分かりいただけましたか」
「メカヘッド巡査曹長の悪だくみはよく分かりました」
メカヘッドも手を引っ込め、ゴソゴソとポケットを探っている。
「協力頂けますか?」
「管轄外ですけど、巡回判事として、できることであれば」
あっさりと答えてボウルからヌードルをつまみ上げたアマネの前に、メカヘッドは一枚のカードを置いた。
「これは?」
「“ロケッティアズ・ラン”の特別席観覧チケットです。……巡回判事殿の名前で取っておきました」
「はあ?
口をぽかんと開け、箸を落とした巡回判事を見て、メカヘッドは楽しそうに笑う。
「ご安心ください、経費で落ちますから! ともあれ、協力感謝します。VIPルームへの潜入、よろしくお願いしますね!」
帽子を目深に被った作業着の男が、サーキットのバックヤード奥深くに入りこんでいく。すれ違う作業員たちと会釈を交わし、乱雑で入り組んだ路地を歩く。作業灯も消えた暗闇の中で立ち止まると、男の首から上がふいと消えた。
「見事なもんだな、光学迷彩ってのは」
暗闇の中で、赤いライトが光る。光学迷彩で隠されていた男の頭は、暗視スコープ付の機械部品だった。男はヘッド・パーツの横に固定された通信端末を軽くつつき、通話回線を開く。
「こちらメカヘッド、レース場の真裏に到着しました」
「『アマネです。レース、始まりました』」
アマネの返事を聞く間もなく、すぐ横の隔壁が揺れた。
「そのようですね。このままレーンに沿って歩いて、妨害工作の“仕込み”を探します」
「『了解。……お気をつけて』」
アマネの言葉にメカヘッドは小さく「ありがとうございます」と返し、暗闇の中でサーキットの内周を歩き始めた。
(続)