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ロケットブラザーズ ラン;7

"赤鬼"は子どもたちを連れて、かつて去った古巣を訪れた。


一方、レース開始の日は確実に迫っていて……

 翌朝、朝食を済ませたレンジとアオ、そしてメカニック・チームはロータリーに集まり、軍用トレーラー・バスに乗り込んでいった。不満そうにむくれるアキとリンを捕まえて、タチバナが一同を見送っている。メカヘッドの姿は、既に見えなくなっていた。


「……おやっさんは、行かなくていいんですか?」


 バスの後ろ側に作られた荷物置き場にバイクを載せたレンジが、扉を閉めて尋ねた。


「メカニックやチームの指揮はマダラがいればいいし、アオには大事な役目があるからな。子どもはピットに入れないから、俺がついてやらないと」


「ボクらだって、一緒に行きたい!」


「つまんない!」


 文句を垂れ流す子どもたちの頭を、タチバナの赤い手が荒っぽく撫でた。


「お前たち、仕方ないだろう。……今日から、俺が付き合うから」


 アキが口をへの字に曲げて、二本角の男を見上げる。


「おっちゃん、どこに連れて行ってくれるの?」


 リンも納得がいかないようで口を尖らせている。タチバナはニヤリと笑って二人を見下ろした。


「世界征服を企む、悪の組織の秘密基地だ」


「へ?」


「はあ?」


 子どもたちは呆気にとられて、間の抜けた声をあげた。




 トレーラーを見送ったタチバナは子どもたちの手を引き、地下回廊を歩き始めた。蛍光色の看板が並び、青く光るプロジェクション広告が飛び交う中を行く。はじめは物珍しそうに辺りを見回していた子どもたちもしばらくすると、光の洪水にすっかりうんざりしていた。


「……ねえおっちゃん、いつまで歩くの?」


「疲れたよ、何か食べたい!」


「もう少し、もう少しだからな」


 壁に配線がのたうつ細い路地に入る。入り組んだ道を歩くうちに、広告の光はすっかり消え去っていた。


 壁につけられた薄黄色の照明灯が、等間隔に並んで薄暗い地下回廊を照らしている。子どもたちはタチバナの手をぎゅっと握りしめた。


「もうすぐ、明るいところに出るから……ほら、あれだ」


 あごでさした先に、白い光が溢れ出す横穴が見えた。




「わあ!」


「広い!」


 穴を出ると、大きな吹き抜けの空間に繋がっていた。午前の暖かい陽射しが射し込み、床面や壁面から生え出した木々が葉を広げている。随分地上に近い空間のようだった。


 周囲には蛍光色の看板や、のたうつ配線もなく、ナゴヤ地下遺跡本来の灰色の壁面が剥き出しになっている。かつて地下空間に作られていた庭園が当時の面影を残して、光輝く町の中に埋もれているのだった。


「遅かったな、“アカオニ”」


 水分や“やに”がすっかり抜けた木材のような、締まった声が広間に響いた。子どもたちはタチバナにしがみつく。


「すまないな“アオオニ”よ」


 タチバナが返して言うと、立ち並ぶ木々の一つがぐにゃりと揺れ、樹皮に貼り付いていた者が姿を現した。


「お前が出ていって二十年くらい経つのか。ほんのこの前のようだが……しかしお前は随分変わったようだな」


 青い外骨格に被われたすらりと長い一本角のミュータントが、腕組みして立っていた。


「そうか? ……まあ、鈍ったのは確かだがな」


「いや、いい意味で言っているのさ。険が抜けたというかな、以前よりも大きく見えるよ」


「そういうもんかね。この街も、お前さんも全然変わらんがな」


 青い男はカラカラと笑った。


「それはお前、この街には相変わらず保安官も他所の企業も入ってこないし、俺は見た目の変わらないミュータントだもの。……ところでその子らが、お前が話していた……?」


「そうだ。うちの連中が皆、忙しくしていてな。一緒に居らせてほしいのさ」


 タチバナがそっと背中に手を当てると、子どもたちは恐る恐る細身の男を見上げた。


「構わんよ。元々ミュータントは歓迎だし、お前さんの子なら尚更だ……さて」


 青い男は子どもたちの前にしゃがみ、視線を合わせると目を細めた。


「よくおいでなさったお客さんがた。私はアカオニ……タチバナの古い友人でね。“アオオニ”と呼んでくれ」


 アキは背筋を伸ばしてアオオニの前に立った。


「アキです」


「リンです。よろしくお願いします」


 リンが頭を下げたのを見て、慌ててアキも頭を下げた。


「お願いします」


「そうか、そうか。いい挨拶だ」


 アオオニは立ち上がって、愉快そうに笑った。


「あの、アオオニのおじさん!」


 アキが思いきった様子で尋ねる。


「何かね?」


「ここが“悪の組織の秘密基地”って本当ですか?」


 アオオニは質問にきょとんとした後、再び楽しそうに笑う。


「そうだとも! ……よく来たな子どもたちよ、我々こそ、世界征服を企てる悪の秘密結社、“明けの明星”! 我らの秘密基地、“オオス・テンプル”を案内しよう……着いて参れ!」


 芝居がかった含み笑いをしながらアオオニがきびすを返してオオス・テンプルの奥に歩いていくと、子どもたちも「きゃー!」と楽しそうな悲鳴をあげて、後を追いかけた。




「『……なるほど、どこに行ってたかと思ったら、おやっさんの実家に行ってたんだ』」


 画面の向こうで、ピット・ブースのマダラがタチバナに話しかけた。


「ああ、かれこれ19年ぶりにな」


「『へえ、そんなに! ……俺も行ったことなかったし、そりゃあそうか。……ところで、チビたちは?』」


「お前さんが話を始める前からそっちに画面を繋いでいたんだが、誰も相手しなかったからすぐに飽きちまってな。こっちのお嬢さんに面倒見てもらって、オオスの街を案内してもらってるよ」


 模造タタミ・シートが敷かれ、耐火フスマに囲まれた部屋の外から、子どもたちの楽しそうな声が響く。


「『それはよかった。こっちはレースの準備もあるし、子どもに触らせられないものばっかり転がってるから』」


「そうだろうな。……レンジとアオはどうしてる?」


「『レンジはコースを試走する為の準備をしてるよ。アオはもうそろそろ……おっ、来たな』」


 画面の外から、戸惑ったようなアオの声が聞こえてきた。


「『……着替えてきましたけど、本当に、こんな格好するんですか……?』」


「『似合ってるんだから、堂々としてなよ』」


 マダラが声をかける。休憩に入っていたピット・クルーたちも目を奪われて、画面の外を見ていた。視線を浴びたアオが「ううう……」と小さく呻く。


「何だ? どんな感じだ?」


「『おやっさんにも見せてやろうよ、ほら!』」


 マダラがカメラを取り上げた。画面が大きく動いた後、アオを写し出す。


「『ちょっと待って! 恥ずかしい……!』」


「いやアオ、よく似合ってるぞ。これならレンジも“いちころ”だな!」


「『……もう! “おとうさん”!』」


 真っ赤になったアオが思わず叫ぶと、タチバナは「わはは」と楽しそうに笑った。


「『全く……!』」


 ぴっちりしたスーツに身を包んだアオが腰に両手を当てて頬を膨らませた。メリハリの効いたボディラインと長身がコンパニオン・スーツによって引き立てられている。


「『何で、こんな格好……』」


「『チームにコンパニオンが要るんだよ。他所から雇うわけにもいかないし……』」


「レースチームの“看板娘”みたいなもんだ。引き受けてくれないか?」


 タチバナからも頼まれて、アオはため息をついた。


「『……いいですよ、やります』」


 ピット・クルーたちが拍手すると、アオは再び赤くなった。


「『……コンパニオンらしさとか、サービスとか、そんなのは期待しないでくださいね!』」


「ははは……」


 画面の向こうの盛り上がりを見てタチバナが笑っていると、模造麦茶の入った水差しを持ってやって来た。


「……随分盛り上がってるな、アカオニよ」


「おう、もうじきレースだからな。……すまん」


 コップに注がれた麦茶を受け取り、タチバナはぐびりと飲んだ。アオオニも自ら麦茶をコップに注ぐと難しい顔で、通信端末の画面を見た。


「構わんさ。先代の首領が亡くなってから、お嬢も若手も頑張ってるんだが、やっぱりどこか寂しくてな」


「……すまん」


 謝るタチバナに、アオオニはカラカラと笑う。


「気にするな。お前が先代の敵を取ろうとして出ていったのは、俺たち皆知ってるさ。……ところでレースは、メイジョー・ヴァイオレット・ループでやるって言ってたか」


「そうだが……何かあるのか?」


 尋ねられた青い男は「ふむ……」と考え込んだ。


「……いや、いいよ。考えすぎだと思うから……」


 そう一人で言って麦茶を飲み始めたが、タチバナの頭には、メカヘッドの楽しそうな笑い声がこびりついていた。




ーーこのレース、絶対に、何かがある。少しでも情報を集めなければ。




「……なあアオオニよ、メイジョー・ループで何があった?」


「いや、一週間くらい前の話だがな、メイジョー・ループの排水設備のセキュリティにクラッキングしようとした奴がいたそうなんだ。すぐに内部の警備システムに排除されたそうだがな。だから、まあ、気にしすぎさ」


 そう言ってアオオニは再び麦茶をコップに注いで飲み始める。タチバナは黙って、空になった自らのコップを睨みつけていた。




 オーサカ・セントラル・サイトの代表、“ツバサ・ラボラトリ”社のレーシング・チームはいつも通りに打ち合わせを済ませ、自らのピット・ブースで試走の順番を待っていた。


「コウジは随分カリカリしてるがな、気にしすぎだよ」


 メカニックの一人が、コウジに聞こえるようにわざとらしい調子で言った。


「ちょっと……!」


 コンパニオン・スーツに身を包んだアゲハが咎めると、メカニックの男はそっぽを向く。他のメカマンたちは発言を気にも留めていないようだった。


 本大会唯一の企業チームである彼らは、自分たちが最も有力なチームであるという、強い自信を持っていた。そしてその自信は、レースに参加し、研鑽を続けてきた確かな実績の上に積み上げられてきたものだった。




ーー油断など、慢心などしない。当たり前のように走り、当たり前のようにベストを尽くす。そうすれば、当たり前のように勝つ。俺たちには、それができるはずだ。




 レースチーム・クルーたちはほどよくリラックスした、気楽そうな表情でブースに詰めている。……椅子に腰かけて空を睨むコウジと、心配顔のアゲハを除いて。


「……なあ、チーフ」


「何だ? お前がレース前にそんなマジメな顔してるのは珍しいな」


 テーブルを挟んだ反対側でコーヒーをすするメカニック・チーフは紙カップを持ったまま、思い詰めた顔のコウジを見た。


「今、カガミハラとナカツガワのチームが走ってるんだよな」


 防音隔壁が下りた向こうでは、カスタマイズド・マシン、“サンダーイーグル”が試走しているはずだった。


「ああ、あのごっついバイクか。……それが何か?」


「……あのバイクには、舐めてかかると負ける」


「はあ?」


 他のメカニックたちも、コウジの言葉は聞き捨てならないようだった。


「なに言ってんだ、あのチームのバイク、ベースはあのシスレイⅢだろ? あんな暴れバイクで、まともなレースができるわけない!」


「おまけにカスタムとか言っても、鎧を着せてるだけじゃないか!」


「ライダーもヒーローだか何なんだか言って、よくよくネタに走ったチームだよ!」


 メカマンたちが口々に言う。コウジの話をまともに取ろうという者はいなかった。


「みんな……!」


 アゲハは困り顔だが、返す言葉に困って黙った。コウジは黙って立ち上がる。


「コウジ……!」


「アゲハ、あれを見せるぞ。メモリ持ってきてくれ」


「……わかった」




 壁に備え付けられた大型スクリーンがぼんやり光を放つ。ピットクルーたちは目を丸くして、再生された映像に見入っていた。


「この映像がどれだけ加工されたものか、俺にはわからん。……けど、“もし”、少しでも事実が含まれているならば、間違いなく“ストライカー雷電”と“サンダーイーグル”が俺たちにとって、最大の敵だ……!」


(続)

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