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ロケットブラザーズ ラン;6

兄と弟、地下迷宮都市から荒涼たる地上へ……


2台のバイクが闇を裂き、長い尾を描く……

 カギを回す。エンジンが唸り、2台のバイクがドラムロールを奏でる。アゲハは残るようで、バイクに乗るコウジに手を振った。


 コウジは手を振り返すと、ヘルメットの縁をなぞるように触った。レンジの耳に通信回線が開く音が鳴る。


「『ドライバー通話回線を使うぞ。いいよな?』」


「ああ、問題ない」


 レンジもヘルメットに内蔵されたマイクに向かって答えた。


「行き先は、決めているのか?」


「『もちろん。……ついてきて』」




 ヘルメットを抱えたアゲハはロータリーに立ち止まり、2台のバイクが消えていくのをじっと見送っていた。


「……よし」


 きびすを返し、宿舎に入ろうとした時、小走りで建物から出てくる者があった。


「……アゲハさん!」


「あなた、ナカツガワの……アオさん、だっけ?」


 アオはアゲハの前で立ち止まると、大きな右手を差し出した。


「……これを!」


「これ……メモリ?」


 手のひらに載ったメモリチップを受け取る。銀色のチップには手書きの丸文字で“予備用ストライカー雷電(レンジさん!)”と書かれたラベルが貼られていた。


「お、弟さん……コウジさん、と一緒に、見てください!」


 アオは長く垂れる前髪の間から真っ直ぐアゲハを見据え、勇気を振り絞ってそう言うと、一目散に走り去っていく。


「何だったの、いったい……?」


 アゲハはメモリチップを握ったまま、ぽかんとアオを見送った。




 黒と白のバイクは光の尾を引きながら地下回廊を行く。前輪ひとつ分白いバイクが先行し、すいつくように黒いバイクが並走している。2台はスロープを上り、地下空間を上へ、上へと進んで行った。


「『シスレイサードリバイなんて随分なじゃじゃ馬に乗ってるな……と思ったけど、乗りこなしてるじゃないか』」


 コウジの声が、スピーカーから耳に入ってくる。


「メカニックの腕がいいからな」


「『それにしたって、レースに使うようなマシンじゃないだろ』」


「まあ、レースをしたくて乗ってるわけじゃないからな。……山道をひたすら走るために、パワーのあるバイクが欲しかったのさ」


「『はあ?』」


 2台は大きなゲートから暗闇の中に飛び出した。ナゴヤ・セントラル・サイトの地表には幹線道路が地を這う瓜の蔦のように張り巡らされている。点在し、僅かに地表に顔を覗かせるのは、垂直下降用のエレベーターだった。そこかしこに点在する大穴からは、蛍光色の光が仄かに射している。白い外灯が列をなして道路を照らし、地下回廊の賑わいと対照的に寒々とした景色が広がっていた。


 地上に出る人々は稀で、道は閑散としている。点在する地下への案内板を無視し、バイクはひたすら夜道を駆けた。旧文明のあらゆる遺跡が焼き払われた、平坦なノービ・プレーンズを東に走ると、草木がまばらに生える小高い山に乗り上げた。かつて人々の憩いの場だったが、今は灯りもなく、人々が足を踏み入れた跡もなかった。


「『着いたよ。……ここなら静かでいいだろ』」


 2台のヘッドライトが強い光を投げ、バイクから降りた兄弟の長い影を暗い山の中に延ばした。沈黙を破って、コウジが口を開く。


「……兄さん、どうしてオーサカからいなくなったんだ」


 レンジは、口を固く締めて返事を待つ弟をじっと見ていた。コウジは答えを待ちきれずに再び尋ねた。


「何でカレッジも辞めたんだ?」


「……卒業できなかったんだ、何年も留年して。俺には荷が重かったんだ、カレッジも、“国芝”の名を継ぐことも」


「そんな……!」


 平静を保とうと努めていたコウジが声をあらげる。


「タカツキ・コロニーのミュータント・バーで見掛けた、って話を聞いて以来、家の連中はあっさり見切りをつけたんだぞ! それで代わりにカレッジに入って国芝を継げ、って言われた俺の気持ちが、兄さんに解るか? 俺に兄さんの代わりなんて、できるわけないだろ!」


「コウジ、お前が俺の代わりをすることはないんだ。誰もやる必要なんてない、そんなこと」


 掴みかからんばかりに詰め寄るコウジに、レンジは静かに返した。


「……何だよそれ、人の気も知らないで」


 ムスッとしたコウジがレンジから離れる。


「大体お前、そのカレッジはどうしたんだ? 企業チームのレーサーをしてるんだろ? カレッジとの両立は、難しいと思うけど……」


「うっ……」


 レンジの指摘にコウジは短く呻いた後、口を尖らせた。


「うるさいな、急に、兄貴面してさ!」


「お前が言ってきたんだろうに……いや、まあ、カレッジのことはどうでもいいんだけど」


 弟は気まずそうに黙っていたが、ちらちらと兄の顔を見ている。


「その……兄さんはどんなことをしてきたんだ? いつからこっちに?」


「こっちに来たのは、数ヶ月前だ。それまでは、ずっと……タカツキにいた」


「タカツキ……もしかして、ミュータント・バーに……?」


「ははは……」


 レンジは弟に背を向け、ぼんやりと雲がかかった夜空を見ながら笑うだけだった。


「何だよ、やっぱり兄さんは、何も話してくれない……!」


 コウジはむくれながら、兄の背中に文句を言う。


「すまんな、コウジ。……一緒にいた娘、アゲハさん、って言ったか。……その、ええと……」


「そうだよ! 彼女だよ! 文句なんて言わせないからな!」


 レンジは振り返って、赤くなりながらも声をあげるコウジを見た。


「いや、そんなこと、言うつもりは全くないさ。……やっぱり、兄弟だな、って思っただけだ」


「何だよ! どういうことだよ、いったい?」


 ぷりぷりと怒る弟を見て、兄はようやく楽しそうに笑った。


「大切にしろよ。……さて、そろそろ戻ろうか。アゲハさんのことが、恋しくなってきただろう?」


 レンジはそう言って、さっさとバイクに向かう。


「何だよ! クソ兄貴!」


 コウジはわめくように言い返して、兄の背中を追いかけた。


(続)

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