ロケットブラザーズ ラン;5
怪しい刑事に誘われて、夜の街へとドライブに。
ナゴヤ・セントラル・サイト、そこはコマーシャルとプロモーションの溢れる、蛍光色のドライブ・ウェイ……
宿舎に戻って早めの夕食を取ると、子どもたちは長距離移動の疲れと興奮の反動がきたのか、こてんと眠りに落ちた。同室のアオが二人を抱きかかえて部屋に戻っていく。タチバナは「ちょっと出てくる」と言ってふらりと出かけていったきりだ。
コウジとの約束まで、まだ時間がある。レンジがロビーのソファに体を沈み込ませていると、携帯端末の呼び出し音が鳴った。
ポケットから取り出すと、通知画面にメッセージが表示される。差出人はタチバナで、“正面玄関に来てくれないか”とだけ書かれていた。
レンジが玄関の自動扉を開けると、正面のロータリーに無人の黒いバイクが停まっていた。レンジの姿を捉えてチカチカとヘッドライトを点滅させるさまは、飼い主との再開を喜ぶ大型犬のようだった。
「よう、呼び出してすまないな」
タチバナの声でバイクしゃべった……ようだったが、バイクの隣に停まっていた赤いスポーツ・カーの助手席から、タチバナの顔がにゅっと出る。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、バイクが戻って来たのを教えてくれたんですよね? ……マダラはどうしました?」
「マダラはバイクを停めた後で俺に引き継ぎを頼んで、すぐにカガミハラの連中と打ち合わせに行ったよ。それと、俺が呼び出した理由は別にあってな……」
運転席側から、メカヘッドが顔を出した。
「用があったのは、俺だったんだ。急な呼び出しですまないな、レンジ」
「それはいいんですが、何の用事です? それに……今までどこに行ってたんですか?」
機械頭のセンサーライトが、チカチカと緑色に点滅した。
「……なに、ちょっとしたヤボ用さ。そんなことより、ドライブに行こうぜ」
「今からですか? 俺、この後ちょっと……」
言いかけるレンジを、「まあまあ……」とメカヘッドがとめた。
「弟さんと話があるんだろ? タチバナ先輩から話は聞いてるさ」
タチバナは黙って首をすくめ、助手席に引っ込んでいく。
「そんなに時間はかからないさ。ひとっ走り、付き合ってくれないか」
レンジのバイクはスポーツ・カーの後に続いて、ホテルの前から地下回廊の車道を走り始めた。薄黄色の街灯に照された飲食店街の壁にはパイプの束が張り巡らされ、“安い、早い、濃い、ブラック・ミソ・ヌードル”、“手焼きテリヤキ・イール、お手頃な値段で!”、“オーガニック・マンダリン有り升”など、色とりどりの光を放つ看板が掛けられて並んでいる。
進行方向の頭上では、立体プロジェクタが薄青い光を放ち、気象情報や各階層の混雑情報、催事のインフォメーションを空中に映し出している。走る車に反応して浮かび上がる仕組みのようだった。間近に迫った“ロケッティアズ・ラン”の案内も、大写しで表示されている。
「『どうだレンジ、なかなか派手にぶちあげられてるじゃないか。テンションが上がるな!』」
ヘルメットのスピーカーから、愉快そうなメカヘッドの声が響いた。
「あはは……」
レンジは曖昧な笑いで返す。レース開催を告げる広告は、しばらく頭上を浮かんでバイクとスポーツ・カーを追いかけた後、ミュージシャンのプロモーション・ヴィデオに切り替わった。
蛍光色のボディスーツを纏った歌姫が、体をくねらせて躍りながら唄っている。 都市通信回線を通じてポップで入りくんだリズムの演奏と、可愛らしい歌声が流れだした。
「『……悪くはない、けどチドリさんには及ばないな』」
メカヘッドが言ったが、レンジもタチバナも同意見だった。映像と歌がフェイドアウトすると、すぐに次の広告がやって来た。
「『……久し振りに来たが、やっぱり性に合わんもんだな』」
タチバナがつまらなさそうに言うと、メカヘッドは「ハハハ」と短く笑った。
「『地下回廊を維持するための貴重な財源ですからね』」
「『それにしたって、この町じゃ何でもコマーシャル付きだ。テイクアウトのサンドイッチやコーヒーに貼り付けられてるのは当たり前、道を歩けば目の前にプカプカ浮かんで来やがるし、住民税の督促状に引越屋のチラシがくっ付いてきた時には、さすがに呆れちまったよ』」
タチバナがぼやくのを、メカヘッドは笑いながら聞いている。
「『……俺ばっかり話しちまってるじゃないか。おいメカヘッド、ドライブって言ったが、何が目的だ? ただナゴヤの町を走りたい、って訳じゃないんだろう?』」
「『そうですね……なあレンジ』」
「はい?」
「『お前さん、クニシバ・コウジの兄貴なんだって? ……つまり、その……』」
メカヘッド“でさえ”も言いにくいようで、モゴモゴと言いながら尋ねる。
「そうです、俺の名字は“国芝”です。……家を飛び出して随分経ちますから、いまさら名前には、何の価値もないですけどね」
レンジの答えはあっさりしたものだった。藪をつつくのではないかと身構えていたタチバナはほっと息をつく。
「『そうか。……レンジ、君はもともとレースにそれほど乗り気じゃなかっただろう? 弟さんと競いあうことになって、ますますやる気が削がれた、なんてことは?』」
「『おいメカヘッド、このタワケ!』」
車内でタチバナがメカヘッドに怒鳴っている。レンジは小さく笑った。
「それはないですよ。確かにメカヘッド先輩が言う通り、レースに絶対勝ちたい、とか、そんな気持ちはないです。俺にとってはただの仕事ですしね。けどメカヘッド先輩が話を持ってきた手前、早いうちに噛んでおかないと大変なことになる、と思ったから引き受けただけです」
「『ハハハ、違いない』」
「ははは……」
「『……そこ、笑うところか?』」
メカヘッドと一緒に笑いながら話した後、レンジは真面目な声になった。
「……でも、コウジ……弟が出るなら、全力でいきますよ。そうしないと、あいつも納得できないでしょうから」
「『そうか、それなら安心だよ』」
地下回廊は時折スロープで上下階層に接続しながら、果てしなく拡がっていた。左右の街並みには色とりどりの看板、案内板が掛けられ、目に入ったかと思うと光の尾を無数に引きながら通り過ぎていく。
会話が途切れた後、スポーツ・カーに並走してしばらく走ると、レンジはホテルの前に戻っていた。携帯端末の時刻表示を見やると、10時40分だった。
「じゃあ、俺たちは先に戻ってるぞ。明日の予定は、後でメールしておくから」
「俺は現場には入れないと思うけど、明日も頑張ってくれよ。弟さんにもよろしく!」
スポーツ・カーから二人が手を振ると、バイクの上のレンジも手を振り返した。
「……メカヘッドお前、何で“ストライカー雷電”をバイクレースに引っ張りこんだんだ?」
ホテルの駐車場につながるゲート前で車が停まった時、タチバナが尋ねた。
「何故って……理由は初めに説明したはずでは……」
「“ナゴヤ・セントラルの面子”だと? そんな理由で必死こくタマかお前?」
「確かに、俺の柄じゃないことを言ったかも知れません。……けど、嘘は言ってないんですよ」
「お前は嘘じゃない“から”余計に質が悪いんだよ……」
苦々しそうに言うタチバナを見て、メカヘッドは愉しそうに笑っていた。
「待たせたな、レンジ兄さん」
バイクを降りたレンジに後ろから声がかけられる。振り返ると、白いジャケットのコウジがアゲハを伴って立っていた。傍らには愛車の白いバイクが停められている。彼らもツーリングから帰ってきたばかりだという様子だった。
「まだ約束の時間じゃないだろう? ……いや、いいや。行こうか」
「……ああ」
兄弟は視線をぶつけ合うと、それぞれのバイクに跨がってエンジンを起動した。
(続)