ロケットブラザーズ ラン;4
レースに向けて、メカニック・チーム始動!
一方で機械頭の刑事も、何やら怪しい動きを始めていて……?
コウジに詰め寄られて、レンジは頬をぽりぽりとかいた。
「そうだな、色々あって、話せば長くなるんだが……しかしコウジ、お前大きくなったなあ! ……5年も会わなかったら当然か」
「6年だ! そんなことより、誤魔化すなよ、レンジ兄さん!」
「ええと……ははは……」
更に食いつかれて、レンジの視線が左右に泳ぐ。
「だいたい、何なんだよその格好!」
「ヒーローだ」
子どもたちとアオ、そしてタチバナからの視線を感じながら、レンジが答えた。
「はあ?」
「コウジ、俺は今、ナカツガワって町でヒーローをやってるんだ」
「アホらしい! 何がヒーローだよ、そんな……」
アキとリンが泣きそうになりながら、コウジを睨んでいる。弟は「ふん」と鼻を鳴らしてきびすを返した。アゲハが声をかける。
「コウジ!」
「……レーサーなら、宿舎は同じなんだろ。今夜11時、正面ロビーだ。バイクを準備しときなよ」
コウジは言い捨てると、肩を怒らせて大股で歩いていった。アゲハも慌てて追いかけていく。
「コウジ……」
去っていく弟の背中を見送るレンジに、係員の男が遠慮がちに声をかける。
「あのう、登録、終わりました。……次の参加者が待っておりますので、その、場所を……」
変身を解除したレンジはペコペコと謝ると、皆と一緒にそそくさと受付カウンターを後にした。自動扉を開けて外に出ると、タチバナが屏風開きのリーフレットを取り出した。
「ピットにいるマダラに声をかけに行こう。受付で地図をもらってきたんだ」
サーキットのループ・コースが地下鉄の路線を利用したものなら、ピット・ブースは点在する停留所を利用したものだった。カガミハラ・ナカツガワ合同チームのブースは、受付の“ポイント・サカエ”に隣接する“ポイント・ヒサヤ・ブロードウェイ”だ。
白い照明に照らされてサーキットの外周道路を歩くと、すぐに忙しない物音と声が聞こえてきた。メカニックたちがピット・ブースの設営に走り回っているのだった。
“ヒサヤ・ブロードウェイ”の入り口に大きなコンテナが取り残されている。コンテナに貼りつくように、ツナギ姿のマダラが覆い被さっていた。
「何やってんだマダラ、こんなところで……?」
マダラがむくりと起き上がる。
「ああ、レンジ……カガミハラのみんなと機材を運んでたんだけど、なかなか重くて……」
子どもたちが「マダラ兄ちゃんのヘタレ!」「もやし~!」などとからかって言う。
「うるさいぞチビども! もう少しなんだから! ……ぐぐぐっ!」
足を踏ん張ってコンテナを持ち上げようとしていると、揃いのツナギを来た男たちが慌てて駆けてきた。
「マダラさん! 何やってるんですか!」
「いや、ははは……僕も荷物運びをしようと思ったんだけど、なかなか重くて……」
筋肉質の男が、ひょいとコンテナを持ち上げる。
「こういうのは俺たちがやっておくんで、マダラさんはブースにいる連中への指示をお願いしますよ!」
「ありがとう……ごめん、お願いします」
マダラは姿勢を伸ばしてレンジのバイクを見た。
「出場登録は終わった?」
「ああ」
「それはちょうどいい。バイクを実際に持ち込んでメンテナンス環境をみてみたいと思ってたんだ。着いてきてくれる?」
「もちろんだ。行こう」
元々が駅のプラットフォームだったこともあり、ピット・ブースは広々としていた。かつて利用客が行き来していた広間には計器類が並べられ、“ヒサヤ・ブロードウェイ”と大きく書かれた壁には、機材を掛けるためのハンガーが取り付けられている。目を輝かせて遊び回ろうとさた子どもたちを、アオがひょいと担ぎ上げた。
ブースの中央に、ジャッキアップするためのスペースが設けられている。装甲をつけた“サンダーイーグル”が枠に収まり、大型ジャッキによって持ち上げられると、設営作業をしていたメカニックたちが「おお……!」と嬉しそうな声をあげた。
「よし、ちょっとタイヤ交換の練習をしてみよう。まずは左右の前輪カウルを……」
マダラの説明を聞き、メカニックたちが動き出す。レンジはコースにつながる連絡口に、重厚なシャッターが下りているのを見やった。
「順調そうだな。でも、コースの様子は見られないのか……ちょっと走ってみたいものだけど……」
「事務所に問い合わせてみようか? ちょっと待ってて……」
レンジが呟いたのを聞いて、マダラが壁にかけられた内線通信機に話しかける。すぐに壁に埋め込まれたモニターに、にこやかな壮年男の顔が映し出された。
「『準備お疲れ様です、カガミハラ・ナカツガワ合同チームの皆さん。当レース場支配人のナカサキです』」
皆、作業をとめて画面を見る。マダラが口を開いた。
「支配人さん、準備始めさせてもらってます。それで、コースの試走もしてみたいと、レーサーから希望が出ているんですが……」
「『“ストライカー雷電”様で御座いますね? 大変申し訳御座いません、コースの設営をする為、そして他チームとの公平を期す為に、設定している試走時間以外、レース場は非公開とさせて頂いております』」
支配人はにこやかな顔を崩さず、しかしきっぱりと断った。
「『明日の正午から、各チーム一時間ずつコース利用の時間を設けますので、その時に試走頂けるかと思います』」
「なるほど、よくわかりました」
「『ご協力頂き、有り難う御座います。ところで……』」
支配人は細めた目の奥をギラリと輝かせた。
「『“ストライカー雷電”様は出場登録の際、オーサカ・セントラル代表のクニシバ・コウジ様と何かあったようですが……申し訳ございません、純粋に興味があっただけでして、実際のレースにペナルティを課すという事は一切御座いませんので……』」
言い訳のように話す支配人に、レンジは小さく笑った。
「彼は弟なんですよ。もう6年くらい、ずっと連絡も取ってなかったんですが……」
「『ほう! ほう! 御兄弟であらせられますか……!』」
楽しそうな声で支配人が相槌を打つ。
「『話して下さり、有り難う御座います。益々レースが楽しみになって参りました。……それでは皆様、くれぐれもご安全に……』」
そう言った支配人が深々と頭を下げると、画面がプツリと消えた。マダラが一つ息をついて、レンジに振り向いた。
「それじゃあ、レーサーができそうなことは、今はあまりないよ」
「よし、俺たちは先に帰っていよう。仕方ないとはいえ、ここじゃチビたちを下ろすわけにはいかないからな」
アオにがっちり掴まれた子どもたちが全力で手足をバタつかせるのを見てタチバナが言う。
「そうですね……。マダラ、今晩バイクを使いたいんだけど、作業が終わったら宿舎に戻しといてくれるか?」
マダラはニッカリと笑った。
「もちろんさ! レース用のセッティングにしておくから、慣らし運転をよろしくな!」
見上げる空はオレンジ色だが、吹き抜けの地下空間は薄暗くなり始めていた。地上で夕陽が沈みかけると、地下に射し込む光がうんと減るためだ。
薄黄色の街灯に照らされたナゴヤ・セントラル保安局の前で、機械頭の男が立っていた。表情も視線も定かでない機械部品の顔面には、緑色のセンサーライトがぼんやりと光っている。
声をかけてきた守衛を軍警察のIDカードで追い払い、メカヘッド最先任巡査曹長はじっと人を待っていた。
「高岩巡査曹長!」
庁舎の正面扉を開けて、スーツ姿の若い女性が駆けてくる。カガミハラ・ナカツガワ地区の監査を担当している新人巡回判事・滝アマネだった。
「巡回判事殿、お待ちしてましたよ! ……ですが、そこは親しみをこめて“メカヘッド先輩”と呼んでもらえませんかねぇ……」
「はい、メカヘッド巡査曹長」
にべもなく返して、アマネはメカヘッドと並んで地下回廊を歩き始めた。
「私が定期報告の為にナゴヤに戻っていたのを、よくご存知でしたね! それで、コンタクトを取ってくるなんて、いったいどうしたんです?」
「そうですね、手短に説明しましょう」
メカヘッドが話し始めようとするのを、アマネは疑り深そうな目で見ていた。
「……いえ、いいです。近くにいい店があるので、そこでじっくり聞かせてもらえませんか。巡査曹長殿は肝心なことを言わないまま、重大なことを勝手に進めていきそうなので……」
「おやおや、信用がない」
メカヘッドが首をすくめると、アマネは「過去の事実から来る、妥当な判断です」と冷静に返した。
「わかりました。……ですがよろしいのですか、せっかくのボン・ホリデイズですが、ご家族は?」
「いいんです、実家には戻ってません! 寮を借りてますから!」
思わずアマネはカッカして答えた。顔を合わせるたびに見合い話を持ちかけ、釣書を見せようとする家族にはうんざりしていたのだ。面食らったようで黙っているメカヘッドを見て、アマネはハッとした。
「……すいません、取り乱しまして。店はすぐそこです、行きましょう」
(続)