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ロケットブラザーズ ラン;3

レースの出場登録に集まるライダーたち。


その中には、ヒーローと因縁のある者が……?

 バイクを押すレンジとタチバナ、そして子どもたちを抱えたアオがレース場の入り口に向かって歩き出すと、メカヘッドはその場でひらひらと手を振っていた。


「では、お気をつけて!」


「メカヘッド先輩は、一緒じゃないんですか?」


「ハハハ、すまないレンジ、ちょっとヤボ用でね。あちらさんに話はつけているから、手続きはやっておいてくれ! タチバナ先輩も、よろしくお願いします!」


 そう言うなりさっさと車に戻り、エレベーターに乗り込んでいってしまう。タチバナは眉間にシワを寄せた。


「あいつ……やっぱり何か、企んでるな……」


「どうします、おやっさん?」


 レンジが尋ねると、タチバナはため息をつく。


「今回“も”信用が置けないが、仕方ない。俺たちだけで行くとしよう」


 正面の入り口を開けると、バイクを数台並べられるような広さのロビーがあった。白い壁には、“バイオレット”の名を示すように薄紫色のラインが走っている。奥のカウンターで機材を操作していた係員が立ち上がった。


「いらっしゃいませ! “ロケッティアズ・ラン”出場登録の方でしょうか?」


 タチバナの目配せを受けてレンジが答えた。


「はい、登録お願いできますか?」


「かまいませんよ。ではこちらに……」


 レンジがカウンターの前にバイクを押していく。アオに抱えられたままだったアキがモゾモゾと動き出した。


「アオ姉、そろそろ下ろしてよ!」


 我慢していたリンも声をあげる。


「お願いアオ姉、勝手にどこか行ったりしないから!」


 アオは疑わしそうな目で二人を見下ろした。これまで何度も勝手にとび出し、大人たちを巻き込んできた前科があるのだから仕方ない。


「あなたたち、約束できる?」


 子どもたちは勢いよく首を上下に振った。


「するする!」


「約束する!」


 アオが床に下ろすと、アキとリンは「わーっ!」と声をあげて走り出す。


「ちょっと……!」


 入り口の扉が開き、若い男女が入ってきた。


「あっ!」


 アキは慌てて立ち止まろうとして女の前で滑って転び、尻餅をついた。


「いたた……」


「アキ! ……ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 駆け寄ったアオが頭を下げると、ライダースーツ姿の女はにっこり微笑んだ。緑色のメッシュが入った黒髪と意思の強そうな鋭い眼差し、そして黒いライダースーツから近寄りがたい印象を受けるが笑顔は柔らかく、親しみやすそうだった。


「大丈夫ですよ。この子が自分でブレーキをかけてくれましたから。……ね、バイクにも問題ない?」


「……ああ」


 白いバイクを押していた男はぶっきらぼうに答える。出場登録をするためにやって来たライダーのようだった。


「ごめんなさいね、彼、人見知りで……」


「おい……」


 男は不満そうだったが、女は口に手を当ててクスクスと笑っている。袖から出た右手は艶やかな黒い甲殻に被われていた。


「あの……あなたは、もしかして……」


「ええ、そう。私はミュータント。……ほら」


 背中からするり、と緑色の燐光を纏った黒い四枚の羽根が伸び、花のように開いた。ライダースーツの後側に、羽根を出し入れするためのスリットが入っていたのだ。子どもたちが「わあ……!」と歓声をあげる。




 レース場のカウンターでは、レンジとタチバナが出場登録の手引きを進めていた。出場手続き書類に目を落としていた係員が顔を上げる。


「……カガミハラ・フォート・サイトとナカツガワ・コロニーの共同代表、“ストライカー雷電”様ですね?」


「……はい」


 生身のままヒーローの名前で呼ばれて、恥ずかしそうにレンジが答えた。係員は愛想笑いする。


「はは……リングネームといいますか、本名を伏せて参加するレーサーの方もいらっしゃいますから……使用バイクはフルカスタムマシンの“サンダーイーグル”ということで、よろしいですか?」


「はい」


 係員は椅子から立ち上がって、レンジのバイクをじっと見つめた。


「失礼ですがそのバイク……イサナ・モータースの“シスレイ・サードリバイ”ですよね? ……ああ、すいません、僕もちょっとバイク好きで……その、フルカスタムとお聞きしましたがどのようなものなのかな……と。……いえ、すいません、改造自体に制限はないんですが、ただ単に、興味を持っただけでして……」


 眼鏡の奥の瞳を輝かせながら、係員の男は早口だが途切れがちな声で言う。レンジは小さく笑った。


「大丈夫ですよ。装甲をつけるんです。こう……『変身!』みたいな感じで……」


 説明を聞いた係員が目を丸くした。


「つまり、見た目が大きく変わる……と?」


「そうですね」


 係員の男は困ったように頭をかいた。


「ええと……出場登録のためには、実際に走る状態のバイクを見せて頂く必要があるんですよ。申し訳ないですが……」


「レンジ、変身してみせたらどうだ?」


「この場でですか?」


 レンジは不満そうなため息を漏らしながら言う。タチバナはチラリとロビーを見た。バイクを押す人が少しずつ集まりはじめている。皆、“ロケッティアズ・ラン”の出場登録をするためにやって来た者たちだった。


「俺たちは一番乗りだったからいいが、今からならび直すとなったら骨だぞ。それより、待っている連中にもお前の“変身”を見せてやれよ」


「それがイヤなんですけどね……いいです、やりますよ」


 変身用のベルト“ライトニングドライバー”を腰に巻き付ける。


「しっかりやれよ、ギャラリーも見てるからな!」


「うへぇ……」


 うんざりした内心を垂れ流すが、いざ“ヒーロー”になるとなれば話は別だ。レンジはバイクの隣に背筋を伸ばして立った。


「“変身”!」


 握り拳を叩きつけるようにして、ドライバーのついたレバーを押し下げる。


「『OK! Let's get charging!』」


 ベルトが電子音で応え、電光のようなエレキギターと、雷鳴のようなベースが轟いた。立体音響で鳴り響く激しい曲に合わせて、ベルトがカウントを始める。


「『One!』」


 出場登録にやって来たライダーたちがざわめき始めた。


 注目を集めていることにも構わず、レンジはゆったりとした動きで両腕を旋回させる。オリジナルの“ストライカー雷電”がドラマの中で見せた、今や失伝した“チュウゴク・ケンポー”の動きだ。


「『Two!』」


 轟き渡る音楽に合わせて、ベルトはカウントを続けていた。




 アオと黒いライダースーツの女はすっかり打ち解け、遊び回る子どもたちを一緒に見守っていた。白いバイクのライダーは黙っていたが、鬱陶しがる素振りも見せずに女に寄り添っている。


「この町では、ミュータントの子どもがのびのび遊べて、いいですね」


 黒い羽根の女が、子どもたちを見て目を細めた。


「そうですね、でも……」


 アオは「あまり歓迎はされていないみたいですけど……」と言いかけた。他の地域からやって来たライダーたちはあからさまに無視している。これから出場登録をする、という時にどんな理由であれトラブルを起こすわけにはいかないのだろう。


 係員たちは自分達を遠巻きに見ていた。露骨な悪意や敵意は感じないが……




ーーなんだか、恐がられているような……




「ナゴヤの連中は、ミュータントにビビってるからな。それでも、オーサカよりはマシさ」


 ムスっとした顔で、ライダーの男が言った。


「ちょっと、コウジ!」


「事実だろ。アゲハだって、散々酷いことを言われてきたじゃないか」


「そりゃ、そうだけど……」


 アゲハはコウジに言い返されると、ボソボソと言ってうつむいた。


「ええと、その……」


 アオがかける言葉に困っていると、慌ててアゲハが顔を上げる。


「あっ! ごめんなさい、勝手に私たちだけで話し込んじゃって! 今は大丈夫ですよ、チームのみんなによくしてもらってますから。……彼がズバッと言ってくれたからなんですけど。……ね?」


 話を振られて、コウジは赤くなってそっぽを向いた。


「みんなに認められたのは、アゲハの頑張りだろ……」


 アゲハがコウジの腕に抱きついてニヤニヤと笑う。


「何、照れてるの~?」


「アホか! うっさい!」


「あはは……」


 いちゃつくカップルを見てアオが曖昧に笑っていると、聴き覚えのあるエレキギターの音色が響いた。


「あれは!」


「えっ、何?」


 子どもたちはすぐに走り出していた。


「雷電だ!」


「変身したんだ!」


 喜ぶ子どもたちを見て、オーサカ出身の二人は首をかしげる。


「はあ?」


「変身って……?」


 アオも浮き浮きして立ち上がっていた。


「私たちも、行きましょう!」




「『Three!』」


 ベルトがカウントを終わると、音楽は最高潮を迎えた。


「『……Maximum!』」


 レンジの全身が黒いインナースーツが包まれた。その上を鈍い銀色の装甲が覆っていくと、バイクも同じ色の装甲を纏う。


「『“Striker Rai-Den”, charged up!』」


 音楽が終わると共に、ベルトが変身の完了を宣言する。 一人と一台の全身に走ったラインが金から青へとグラデーションをかけて、ぎらりと輝いた。


「ほう……これが……!」


 係員の男は装甲バイク“サンダーイーグル”の回りをうろつきながら、鈍い銀色に輝く機体をカメラに収め続けている。野次馬たちは変身ショーが終わったことを知ると、「ヒーロー……?」「なんだ、派手なだけじゃないか……」などと言いながら、ばらばらと順番待ちの列に戻っていく。


 引く人波と入れ替わるようにして、子どもたちとアオ、オーサカ・セントラルのカップルがやって来た。


「雷電だ!」


「ねえ、どうして変身したの?」


 アキとリンは雷電の周りをくるくると走り回ってはしゃいでいる。アゲハは白い目を向けていた。


「あれってホントにヒーローなの? カッコだけなんじゃない?」


「そんなことはないですっ!」


 アオが頬を膨らませて言う。コウジはじっと装甲バイクと、雷電の後ろ姿を見ていた。


 レンジはヘルメットのバイザーを開いて、雷電スーツから顔を見せる。


「はは、何でもないよ、ちょっと“サンダーイーグル”見せなくちゃいけなくなっただけで……」


 コウジの目が大きく開いた。


「……兄さん?」


「えっ」


 レンジが振り向く。両手をきつく握りしめたコウジと目が合った。


「お前、コウジか……?」


「『コウジか』じゃないだろ!」


 弟は震える声で兄に怒鳴った。


「何してんだよ! ……何してたんだよ、これまで!」


(続)

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