ロケットブラザーズ ラン;2
いよいよ物語の舞台はナゴヤ・セントラル・サイトへ!
決戦の地となるレース場とは……?
レース開催日が間近に迫っていたこともあり、参戦を決めたタチバナの行動は早かった。カガミハラの当局に連絡をつけて必要物資を見積り、住民への説明を済ませて酒場を休業した。腰の重いマダラを急かしてレース・メカニックとしての特訓を命じ、車両や機材を手配すると、一週間足らずのうちに準備を整えてナカツガワを出発しのだった。
人員の乗ったバンとバイクを載せたトラックは数時間かけて中継地点のカガミハラ・フォート・サイトのゲート前に到着した。既に軍用の大型トレーラー・バスと、真っ赤なスポーツ・カーが停まっている。
「皆さん、お早いお着きで……」
タチバナの連絡を受け、へらへらしながら両手を揉み合わせるメカヘッドと、ひりついた雰囲気のツナギ姿の集団が出迎えた。皆、穴が開くほどにマダラを見つめている。
「あれが、“ストライカー雷電”の……」
「オーツのメカ怪獣も、彼が……」
「“マジカルハート”のドレスにも関わっているとか……」
囁く声に構わず、機械頭の刑事は芝居がかった素振りで両手を左右に開く。
「今回は、協力頂きありがとうございます。こちら、カガミハラ駐屯部隊技術開発部のメンバーです。いいレースにできるように、お互い仲良く、切磋琢磨していきましょう!
顔合わせが済むと技術開発部の面々は剣呑な光を目に宿したまま、ゾロゾロと暗灰色の軍用トレーラー・バスに乗り込んでいった。
タチバナが面倒を見ているアキとリンは「大人ばかりズルい!」と駄々をこねて着いてきていたがすっかり身を固めて、アオにぴたりとはりついている。メカヘッドはしゃがみこんで、二人に声をかけた。
「ちびさん方、怖がらせちゃってごめんな。彼らはマダラ君にあこがれてるんだが、全く敵わないと思って、悔しくてたまらないんだ」
アキは犬耳をピコピコと動かしながら、アオの膝から離れる。
「なーんだ、でも仕方ないよね、マダラ兄ちゃんはてんさいメカニックだからな! ……他はダメダメだけど!」
鱗肌のリンも緊張がほぐれてクスクス笑う。
「うん、他はダメダメだから、すぐにバカバカしくなって、仲良くなれるよ、きっと!」
カガミハラのメカニックたちから向けられる視線や声には知らぬふりを通していたマダラも、子どもたちの言葉に苦笑いする。
「なんだよ、ダメダメって……その通りなんだけど。まあ、でも、レースが始まったら一緒にやれるでしょう。……ね、メカヘッド先輩?」
「それは間違いない。人間性はどうあれ、仕事には忠実で熱心な連中だからね。レース本番には、互いに協力し合えるだろう」
メカヘッドの話に、タチバナは肩をすくめる。
「レースをダシにマダラとカガミハラの皆さんを引き合わせて、仲を取り持とうってつもりなんだろう?」
メカヘッドは愉快そうに笑った。
「ハハハ、確かに仲良くなれたらいいな……とは思っていますが、レースにも本気ですとも!」
「そうかい、他にも何か企んでそうだがな。俺にも一枚噛ませろよ、フフフ……」
タチバナとメカヘッドが笑いあっているのを、子どもたちは白い目で見ていた。
「うさんくさい……」
「あやしい……」
アオが大きな左右の手を、二人の頭にポンと乗せた。
「二人とも、メカヘッドさんとマスターは放っておいて車に乗ろう」
子どもたちは「はーい」と返事をして、車に乗り込んでいく。
「じゃあ、俺たちも」
「そうだな。メカヘッド先輩も、悪巧みはほどほどにしなよ!」
黙って話を聞いていたレンジがマダラを伴って車に戻ると、メカヘッドはポン、と両手を叩いた。
「休憩時間は必要無さそうですかな? それでは、出発するとしましょう!」
旧文明期の終焉以来、幾百年稼働を続ける遺構を中心に作られた大都市国家……それが各地に点在するセントラル・サイトであり、周辺のサテライト・コロニーをまとめる“結び目”、あるいは人々の生活圏を維持する“心臓”の役割を担っていた。
カガミハラから再び数時間車を走らせると、ナゴヤ・セントラル・サイトの巨大なゲートにたどり着く。キャラバンを先導する赤いスポーツ・カーからメカヘッドが顔を出し、ゲート横の小さな窓口に声をかけると、すぐに門を塞ぐシャッターが上がった。車間通信機を通して後続の車内に、メカヘッドの声が響く。
「『それでは、ようこそナゴヤ・セントラル・サイトに! まずは宿舎に案内ましょう。チェックインだけ済ませて、そのままレース会場の下見に行くから、そのつもりでいてください!』」
各セントラル・サイトはそれぞれ独特な姿、独自の発展を遂げている。それは旧文明期に造られた都市の形に、大きく影響を受けていた。
「わあ……!」
車の窓に貼りついて、子どもたちが目を輝かせる。
建物が疎らな地上に広がる道路網。そこかしこに開いた大穴の中は底の見えぬ大空洞となり、壁面には人々がともす生活の灯が、満天の星のようにまたたいている。
旧文明末期に降り注いだ大型爆弾は都市の表層を焼き尽くし、摩天楼を消し去った。炎は地下にも伸びたが、広大な地下空間を破壊し尽くすことはできなかった。
ナゴヤ・セントラル・サイトは遺された地下構造群に建てられた、巨大地下遺跡都市だ。地下深く、広く……遺跡を探索し、新たな階層を増やし、人々は混沌とした地下空間に生活圏を拡げていた。
「レース会場って、地上の道路のことですか?」
バンのハンドルを握るアオが物珍しそうに町を見下ろしながら、無線端末越しにメカヘッドに尋ねる。
「『いや、今年の大会は別の場所で行うんだ。……見えてきたぞ、ほら』」
目の前を走る赤い車のさらに先に、灰色の巨大な直方体が建っていた。
「あれは……?」
「『地下に降りるためのエレベーターだよ。ナゴヤではよくあるものだが、あれは大型車両も載せることができる、特大のものだ。……俺とナカツガワ・チームの車なら一度に行けるだろう。このまま中に入ろう』」
直方体の中はがらんどうだった。先に入っていたスポーツ・カーの中で、メカヘッドが通信端末を操作している。しばらくするとポーンと間の抜けたアナウンス音が響いた。メカヘッドが運転席から顔を出した。
「動きます。皆さんご注意を」
エレベーター全体が軽く揺れる。そして足元に向かって落ちていく感覚。
音もなく、エレベーターが動き出していた。箱はしばらく落ち続けると、再び軽く振動して停まった。
「着きましたよ……」
扉が静かに開くと、地下空間が広がっていた。天井が見えないために、空は暗い、と言うよりも黒い。照明灯の白く冷たい光が点々と線を描き、空中部分と足場部分を区切っている。だだっ広い空間に横に長い方形の建築物が延びていた。カガミハラのトレーラー・バスもすっぽり被うような、果ての見えない巨大なチューブ……
一行は車から降り、レンジはトラックから愛車を下ろした。黒い大型バイクを転がしながら、レンジはチューブの側面につけられた入り口に目を向けた。
「あれが……」
メカヘッドが胸を張る。
「そうです、あれが今回のレース会場、“メイジョー・バイオレット・ループ”」
「地下に、こんなに大きなレース場があるんですね!」
探検の虫がうずいている子どもたちを両手でがっちりとつかまえながら、アオが感心した声をあげた。
「これは旧文明時代、地下鉄のトンネルだったそうだよ。余りに頑丈で騒音対策もしっかりしているから、今もレース会場として使われている、というわけだ」
説明を終えると、メカヘッドはポン、と両手を叩く。
「さて、レンジは出場登録に行こう。タチバナ先輩もお願いします。マダラ君はもうじき降りてくるうちのチームと一緒に、ピット・ブースの設営を頼むよ」
(続)