ロケットブラザーズ ラン;1
怪しい私服刑事からバイクレースのオファーが届く。
ヒーローと、ライバルチームのライダーには因縁がある様子で……?
オーサカ・セントラル・サイトと近隣のサテライト・コロニーを結ぶ道を、一台の大型バイクが駆けていた。
一大拠点都市オーサカが復興するとともに、早い段階から建設が進められた幹線道路は今や大動脈となり、オーサカ・セントラルと周辺都市の物流を支えている。文明崩壊以前からは比べるべくもない交通量の少なさではあったが、この時代では有数の渋滞地域だった。
脇を掻い潜るようにして、白い機体が次々と大型トラックを抜き去っていく。鮮やかな身のこなしで、ボディの中央に走る赤いストライプがしなやかな線を描いていった。
ライダーが被るヘルメットの内側で、通信回線が開く電子音が鳴った。
「『……コウジ、調整の時間だ。そろそろ戻ってこい』」
「了解」
白いジャケットのライダーは全神経を周囲に向けながら短く答える。後ろに乗っていた娘が一層、ライダーの腰を強く抱き締めた。
「……コウジ、どうかした?」
「マシンの調整するから、早く戻ってこい、って。……俺の方は、もうちょっとかかるんだけどな」
トラックの群れを抜ききると、左右が拓けた道が続いていた。まばらに生える木々や崩れかけた遺跡、そして時おり現れる都市内通信網の中継器が、瞬く間に後方に駆け抜けていく。
「わがまま言わないで。もうじき大切なレースがあるんでしょう? メカニックの人達も大変みたいよ……」
駄々をこねる弟をあやすような声に、ライダーは不満そうに鼻を鳴らす。
「大きなレースだけど……別に大切なわけじゃない。大切なレースなんてないよ。俺はこうやってアゲハを乗せて走ってるのが、一番楽しいんだから」
娘の顔はヘルメットで隠れていたが、嬉しそうな笑い声が漏れた。
「また、そんなこと言って……ナゴヤに着いたら、また乗せてね?」
「うん……」
二人を乗せたバイクが走る先には、オーサカ・セントラル・サイトの巨大な隔壁が、晴天の下に遠くかすんで見えた。
午後の酒場に、ゆったりした音楽が流れている。店内ではたった一人残っていた客が、ピザ・トーストの最後の一かけを口にいれたところだった。
「……マスター、アオちゃん、ごちそうさま」
そう言った客が立ち上がり、看板娘のアオに携帯端末を見せる。
「……はい、ありがとうございます」
端末の画面を読み込むと、支払いはすぐに終わった。酒場のマスター、タチバナもカウンターから声をかける。
「お粗末さん」
「ヤモリさん、またお越しください」
蜥蜴頭の常連客は「また、夕方に来るよ」と言って、入り口のベルを鳴らした。タチバナは壁にかけられた時計を見やった。 ナカツガワ唯一の酒場、“白峰酒造”のランチタイムは3時までだ。
「……昼の客は、ヤモリで最後だな?」
空になったランチプレートを運ぶ途中で、アオが振り返った。
「はい。だいたいいつも、ヤモリさんが最後まで残ってますから」
「今日も1分前だ。徹底してるよ。食器を片付けたら、暖簾を下ろしておいてくれ」
「はーい。レンジさんと兄さんにも、声をかけてきますね」
「ありがとう、頼むよ」
“Staff Only”の札が貼られた扉にアオが消えていくのを見送り、タチバナがカウンターの中を片付けようと動き出した時、店に備え付けられた長距離通信端末が呼び出し音を鳴らした。
「ん? 珍しいな、どこからだ……?」
画面表示には“カガミハラ軍警察署”と表示されている。
「もしもし、ナカツガワ・コロニー保安官事務所、タチバナです」
「『タチバナ保安官、お世話になっております。カガミハラ署一般捜査課のメカヘッドです』」
いかにも真面目そうな調子の声が受話器越しに飛んでくる。
「おう……どうした」
かしこまってお前らしくもない、と言いかけて、互いに公用の通信機を使っていることに気づいた。
「こちらこそ、いつもお世話に……あー、っと……堅苦しいあいさつはこれぐらいにしないか?」
タチバナが言うと、メカヘッドはほっと息をついた。立場上一捜査官に過ぎないメカヘッドが、ひとつの町を預かる保安官に気安く連絡をつけるわけにもいかないのだ。
「『ありがとうございます、タチバナ先輩。今から、少しお時間よろしいですか?』」
「よろしいも何も、丁度今昼の営業が終わったところだ……お前も、それを狙ってかけてきたんだろう?」
受話器の向こうで我が意を得たり、と嬉しそうにメカヘッドが笑う。
「『ハハハ、仰る通りです。それでは、本題に……。いきなり送らせてもらって申し訳ないのですが、“ロケッティアズ・ラン”のお知らせについて、俺からも説明を……』」
「何? “ロケッティアズ・ラン”?」
「『おや? 先輩ご存じない?』」
長い付き合いのタチバナは、そらとぼけたようなメカヘッドの物言いにも腹を立てなかった。
「タワケ、大都市対抗のモーターレースだろう? それが何で、ウチに?」
メカヘッドは「それはですね……」と芝居がかった“間”を作った後、高らかに言った。
「『ストライカー雷電に、レースに参加してほしいのです!』」
「何だって?」
タチバナの声を聞き、従業員たちが集まってくる。通信機をスピーカー通話に切り替えると
「では、改めて説明いたしましょう」とメカヘッドは皆に向けて話し始めた。
“ロケッティアズ・ラン”……それはナゴヤ・セントラル・サイトで開かれる、都市間対抗のモーターレース大会。四輪、二輪、低空飛行機体、サイバネ義肢……など、毎年競技種目を変えながら、各地方のセントラル・サイトや拠点都市から選りすぐりの選手が集まり、競いあう、都市国家の威信をかけた一大レースだ。そして今年は最も激しいレースと言われる、“二輪以外無制限、8時間対抗戦”というレギュレーションだった。
「『我々、カガミハラの技術開発部も毎年細々と参加していたのですが、今年は是が非でも負けられないのです。そこで、カガミハラ・ナカツガワ共同チームとして、ストライカー雷電にドライバーとしてエントリーして頂きたい、という……』」
「“負けられない”って、どういうことです? だいいち、俺はバイクレースなんてやったことないんですけど……」
椅子に背をもたれて話を聞いていたレンジが声をあげる。
「『オーサカ・セントラル代表がバイクメーカーの公式チームで、それも売りだし中の凄腕ライダーを据えて乗り込んでくるんだ。主催者側のナゴヤ・セントラルとしては黙って見ているわけにはいかない。……ただ、ナゴヤで有力なチームがいなくてね』」
「ハーヴェスト・インダストリはどうだ? 地元だし、黙ってないんじゃないか?」
タチバナが口を挟むと、メカヘッドは「いやいや」と返す。
「『確かにハーヴェスト社はミールジェネレータからアンチ・モンスター・ライフルまで、何でも作る大企業……ですが、クルマは四輪車が専門なんです。ナゴヤ・セントラルの本軍もオファーを出していたんですが早々に断られましてね。専門外の分野に下手に手は出せない……ってことなんでしょう』」
「それでウチを頼ってきたってのか……しかし、ナゴヤの東にあるフォークス・エンジン・ワークスもバイクメーカーだろう。他にも色々、手段はあったんじゃないか?」
メカヘッドの説明に、タチバナは納得しがたいようだった。
「『そうですね、他にもチームの“アテ”はなくもない……ですが、今のところストライカー雷電の装甲バイク、“サンダーイーグル”ほどのスピードとパワーを出せるバイクを、我々は他に知りません。加えてライダーはレースの経験こそないけれど、数ヶ月のうちにいくつもの戦場を乗り越えてきた実力者だ。彼らに頼めば間違いない……とまあ、そのように関連部署にプレゼンしてきましたので、きっとこのプロジェクトは問題なく進むでしょう』」
「タワケか! てめえの差し金じゃねえか! 何を企んでやがる?」
タチバナが声を荒げるが、メカヘッドは「ハハハ」と愉快そうに笑っている。メカニックのマダラは腕を組んで「ふうむ……」とうなった。
「メカヘッド先輩が何を企んでいるか知らないけど、言いたいことはわかるよ。俺が言うのもなんだけど、確かに“サンダーイーグル”はすごいスペックのマシンだ。二輪である以外無制限、ってレギュレーションなら、確かにこれ以上のバイクはないんじゃない……?」
「そんなにすごかったのか、あれ……」
「それならきっと、レースも優勝ですね!」
レンジとアオは感心して言い合っているが、マダラはタチバナと一緒に難しい顔をしていた。
「けど、“サンダーイーグル”はやっぱり、戦闘用のバイクだ。レンジだって、バイクレースよりバイクスタントの方が向いてる……メカヘッド先輩、そのレースで何をさせるつもりなんです?」
「そうだな……レーサーのボディガードならまだ話はわかるんだが。メカヘッド、その“凄腕ライダー”ってのは何者だ、危険な相手なのか?」
二人から追及されたメカヘッドは「いえいえ、そんなことは……」などと言いながら小さく笑う。
「『ライダーは善良な市民ですよ。犯罪歴があるわけでもないですし。むしろオーサカの名家、クニシバ家の出ということですから、下手なことはしないし、できないでしょうね』」
「おい、今“ライダーは”って言ったな! お前のことだ、他にも何かあるんだろう?」
タチバナは警戒して通信機をにらむ。レンジは顔色こそ変えなかったが、拳を強く握りこんでいた。
「メカヘッド先輩、そのライダーの名前は?」
「『ああ、そう言えば、言ってなかったな。名前は……ちょっと待ってくれ』」
メカヘッドは名簿を漁っていたようだが、すぐに声を上げる。
「『あった! 名前はコウジ。クニシバ・コウジという』」
「……メカヘッド先輩、俺、レースに出ますよ。おやっさんも、お願いします」
タチバナは大きく息を吐いた。
「お前さんがそうしたいって言うんなら、いいんだがな……」
レンジはタチバナからの返事を聞きながら、通信機の向こうにある何かを静かに見つめていた。
(続)