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ガールズ、ライズ ユア ハンズ;6(エピローグ)

少女達が手を上げる。自らの為に、友の為に。


魔法少女の冒険談、これにて一件落着……!

 ひび割れ、所々が欠けた廃ビル街の谷間に、ノザキ土木が管理する資材置き場があった。四角く区切られた狭い土地には、錆び付いた小型クレーンが取り残されている。開発中断区域であるために本社からも重要視されていなかった小さなスペースは、社長令息がキャリアの“腰かけ”として社長から与えられたものだった。




 地面に頭を垂れたクレーンの前に、男二人が立っている。ワンピース姿のミュータント娘を、太い鉤に縛りつけているのだった。


「離して! やめて!」


 セツの叫びを聞き、青ざめながらノザキ青年は手を動かしていた。


「こんなところに、そうそう人は来んさ。落ち着いてやれよ」


 手足と副腕を縛られた娘の体を支え、クレーンに押さえつけていた若頭は青年に告げると、固定が済んだことを確かめて手を離した。


「いいか“ぼん”、工事に取りかかるまで時間がない。俺たちはこれ以上付き合えん。てめえがモノにしたいのなら、ミュータント女の一人や二人、てめえで言うことをきかせるんだな」


 若頭は「周りを見てくる」と言ってクレーンの前を離れた。娘は叫び疲れ、無力感に苛まれながら涙を流す。


「どうして、こんなことするんですか……!」


「ごめん、君を助けたかった……」


 セツは顔を上げてノザキ青年を睨む。


「それなのに何で、こんなのひどいよ……!」


「ごめん……俺には、会社を止められないんだ……だから頼む、今からでもいいから、一緒に……」


「絶対に、嫌!」




 地図を頼りに第7地区を走っていたユウキは、ビルの間から突き出したクレーンの首を見つけてスクーターを停めた。


 慌てて物陰に飛び込み、隠れながら資材置き場に近づいていく。若い娘が涙ながらに叫ぶ声がする。周囲は不気味なほど静かだった。




ーーあのぼんぼん、部下はほとんど連れてこなかったのか。……それとも、ついてこなかったのか……?




 セツが「絶対に、嫌!」と声を荒げるのを聞き、ユウキはビルの隙間から顔を出した。


「せっちゃん……!」


 走りだそうとするが右腕を掴まれ、金髪娘はたたらを踏む。


「ぐっ……! このっ!」


 振り向き、腕を払いのけようとするが、却って強靭な手に締め上げられる。


「離せよ!」


 足をばたつかせて蹴りつけるが、ノザキ土木の役員補佐である巨漢は動じなかった。暴れる娘をつまみ上げるようにして引きずり、大股で資材置き場に連れていった。


「“ぼん”、お客だ」


 若頭が告げると、金髪娘も叫んだ。


「せっちゃん!」


「……ユウキ、さん?」


 一際激しく暴れ、腕を振りほどこうとするユウキを若頭が押さえ込む。


「“ぼん”! サツを呼ばれると面倒だ。ガキどもを始末するぞ!」


「離せ! やめろよ、この筋肉ダルマが!」


 噛みつくように罵る金髪娘を締め上げると、男は無言で腹に拳をめり込ませた。


「うぐっ……!」


「ユウキさん!」


 姿勢を崩しかけたユウキを掴み、強引に立たせる。金髪娘は苦しそうに息を吐き出した。


「イキのいいガキだ……“ぼん”、先にそのミュータントをやれ」


「そんな……」


 狼狽える青年に、若頭は怒鳴る。


「さっさとしろ! それとも俺が、なぶり殺してやろうか……」


「やめて、やめてください!」


 懇願するセツの声、若頭の怒鳴る声、怒りのにじんだユウキの吐息……


「……わああああ!」


 ノザキ青年はクレーンの“上昇”ボタンを押した。セツの悲鳴とともに、クレーンの首がぐんぐんと持ち上がっていく。


「何やってんだ、この野郎!」


 青年はクレーンの操作盤にしがみつく。


「セツさんには、手を出させないぞ……」


「いいだろう、まずはこいつからだ……!」


 そう言うなり若頭は、ユウキの首を締め上げた。


「あっ……! があっ……!」


「おい、本気か……?」


 青年が駆け寄るが、若頭は両手に力を込め続けていた。


「今回の工事は極秘で進めなければいけなかったんだ! サツや文屋が動き出したら、俺たちが終わりなのは、てめえもわかるだろう!」


 ノザキ土木全体が共犯者だ。事件が露見して何が起こるか、想像するだけで恐ろしく、青年は言葉を詰まらせた。


「それは……だから、内密に進めようと……」


「ぐ…… う……」


 ユウキの抵抗が小さくなっていく。


「やめろ!」


「本当は頑固なミュータント爺を始末するだけでよかったんだ。真人間をバラすなんて、面倒なことを……!」


「ああ……」


 青年はへたり込んだ。ユウキの顔からは、見る間に血の気が引いていく。


「 生きたままじゃミールジェネレータにぶちこんでも、セーフティで機械がとまるからな……! 次はあの女給だ! “ぼん”、さっさとクレーンを……ガッ!」




 怒鳴りつける若頭の腕に、光の矢が突き刺さった。思わず手を離し、ユウキは地面に倒れ込む。


「誰だ!」


 腕を射抜いた矢は瞬く間に消え失せるが、続けざまに矢が降り注いだ。若頭が腕を庇いながら娘から離れると、矢の雨は降りやんだ。


「くそ……! 姿を見せろ!」


「ここよ!」


 資材置き場の正面に建つ崩れかけたビルの天辺に、弓を構えた人影があった。


 透き通るような薄青色のショートヘア。紺色のボディスーツと光のスカートを纏った魔法少女は、 傾きかけた陽に照らされた金銀妖瞳を輝かせて、男達に名乗りをあげた。


「“嵐を砕く光の大波! マジカルハート・マギセイラー!”」


 轟音とともにマギセイラーの背後から、水色の爆炎が噴き上がった。


「マギ、セイラー……?」


「ちくしょう、二人目か!」


 男達が困惑するのに構わず、魔法少女は弓を構えた。


「“ドルフィンボウ”、制限解除!」


 光が粒となり、弓の中央に収束していく。魔法少女は光の矢を右手で掴むと、大きく引き絞った。


「……シュッ!」


 息を吐くと共に右手を離すと、解き放たれた矢は一条の光線となってクレーンの鉤に突き刺さった。




「あっ」


 わが身を縛りつける鎖が砕かれ、セツは地面に向かって落ち始めた。


「せっちゃん!」


 起き上がったユウキが受け止めようと手を伸ばす。


「ユウキさん、ダメ!」




ーーこんな高さから落ちては、私もユウキさんも助からない!




 下がらせようとセツも手を伸ばしたが、ユウキは逃げなかった。


「セツさん!」


 固まっていたノザキ青年が動き出そうとした時、マギセイラーが鼻先を駆け抜けた。


 金髪娘の隣に滑り込むと、落ちてくる女給に向かって手を伸ばす。光のスカートが広がって伸び上がり、ベールのようにセツの体を包んだ。


 落下を食い止めたのは一瞬だった。元々水中で使用するために作られた光のベールは、陸上では性能を発揮する前に霧散する。しかし、それで充分だった。


 勢いの殺がれた女給は再び落ち始め、魔法少女の腕の中に、すっぽりと収まった。


 セツは閉じていた目を恐る恐る開くと、心配そうに見下ろすマギセイラーとユウキを見た。


「“セツさん”、大丈夫?」


「はい、ありがとうございます、マギセイラー……ユウキさんも」


「いや、アタシは、何も……」


 ユウキが顔を赤くすると、マギセイラーは楽しそうに笑った。


「あなたを心配して、ずっと追いかけていたのよ、彼女」


「ええっ! そうなんですか?」


 目を丸くしたセツに見つめられたユウキは目を逸らし、


「……あなたのギターを、もっと聴いていたかったから……」


 小さな声で答えたのだった。




 クレーンの前に、ノザキ青年はすっかり気が抜けて立ち尽くしている。


「……チッ!」


 セツが助けられたのを見た若頭は、舌打ちして逃げ出した。資材置き場の囲いを抜けようとした時、入り口に機械頭の男が立ちふさがった。


「どけ!」


 若頭はわめきたてて押し通ろうとするが、機械頭の私服刑事ーーメカヘッドはたやすく身をかわし、足を引っ掛けて男を転ばせた。倒れ伏せた若頭に跨がると、腕を後ろ向きに締め上げて拘束する。


「がっ! ……あああ、ちくしょう!」


「軍警察だ。この敷地を包囲した。無駄な抵抗はやめることだな。……連れていけ」


 抵抗を続ける若頭を押さえ込みながらメカヘッドが言うと、次々と現れた武装警官たちが若頭を引っ立て、敷地の外へと連れ去っていった。ユウキが顔を上げる。


「おじさん!」


「お嬢、よく頑張ったな。けど、親しみを込めて“メカヘッド先輩”と呼んでくれと、いつも言ってるだろ……あれ? マギセイラーは?」


「えっ? ……あっ! いない!」


 目を離した隙に、魔法少女は忽然と姿を消していた。


「相変わらず逃げ足が早いというか、何というか……」


 機械頭が残念そうにため息をついていると、「ごめんなさーい」と声をあげながら資材置き場に走ってくる者がいた。


「……メカヘッド巡査曹長、遅くなって申し訳ありません!」


「巡回判事殿!」


 滝アマネはメカヘッドの前まで走り込んでくると、「はあ、はあ」と大きく息を吐き出した。


「……遅くなって、申し訳ありません。途中で迷ってしまった上に、スクーターを置いてきてしまっていて……」


「大丈夫です、この場は魔法少女がおさめてくれましたから。スクーターがなくてよかったですよ、えー……ほら……巡回判事殿の運転は、なかなかどうして、大層大胆でいらっしゃるから……」


 呼吸を整えながらアマネが睨むとメカヘッドはもごもごと言い、しまいには大げさな咳払いをして誤魔化した。


「ごほん! さて……」


 令状を取り出し、逃げる素振りも見せないノザキ青年に向き直る。


「ノザキ土木再開発事業部のノザキ・ソウさんですね。未成年者略取、脅迫、暴行に加え、会社ぐるみで非合法組織に関与していた疑いにより、逮捕令状が出ています。……同行頂けますね?」


「はい」


 青年は素直に応じた。


「非合法組織? おじさん、どういうこと?」


「えーと……」


 ユウキに尋ねられたメカヘッドは、黙って目を伏せているセツと、目を見開いてやりとりを見守るアマネを見てから話し始めた。


「……ノザキ土木は、非合法な武器や麻薬を取引するシンジケートに関わっていたんだ」


「巡査曹長!」


 アマネが声をあげて制止しようとするが、メカヘッドは肩をすくめた。


「この娘に下手な隠し事をしてたら、また首を突っ込んできますから。私に任せてもらえませんか?」


 ユウキの行動力を目の当たりにしたものの、諸手をあげて「どうぞ」とも言えぬアマネが黙り込むと、巡査曹長は説明を続けた。


「……それで、シンジケートが取引していた武器や機械類、取引の記録などを、ある廃ビルの地下倉庫に溜め込んでいたんだ。だが数ヶ月前、この町で活動していたシンジケートは壊滅した。関係していた市外の研究所にも捜査が入った。自分達も、いつ目をつけられるかわからない……だから、問題の地下倉庫を何とかしようと考えたわけだ。……そうですね?」


 青年はうなずく。


「証拠になりそうな物はあまりに多く、人目を避けて全て運び出すのは困難でした。汚染物質もあり、倉庫内の除染作業も必要でしたから。何よりすぐ隣の家に人が住んでいて、うかつに手出しができない状態だったんです。それで……社長は、周辺一帯の再開発を名目に、全て爆破してしまおう……と」


 メカヘッドがノザキ青年の肩に手を置き、発言を切り上げるように促した。


「なるほど、よくわかりました。この娘達への説明には充分でしょう。……続きは、署で聞かせて頂きましょうか」


「わかりました。……お願いします」


 青年が両手を揃えて差し出すと、巡回判事は手錠をかけた。


「ちょっと待って……おい、ノザキ・ソウ!」


 メカヘッドに促されて去ろうとする青年を、ユウキが呼び止める。


「あんたがせっちゃんのことを、本気で心配してたのはよくわかったよ! やり方も何もかも、気に入らないけどな!」


「あの、ソウさん……正直に言ってくださって、ありがとうございました」


 ノザキ青年は小さく微笑んで会釈する。メカヘッドは緑色のセンサーライトをまたたかせながら、若者達のやりとりを見守っていた。


「……よし、じゃあ行こうか。巡回判事殿、セツさんを送ってあげてもらえますか?」


「了解しました!」


 アマネが敬礼して応える。


「お嬢にはもうすぐ迎えがくるから、しっかりお説教されろよ?」


「えっ! ちょっと、おじさん?」


 メカヘッドは振り返らず、手をゆるゆると振って歩き去っていった。金髪娘は「げえ」と言って舌を出した。


「あはは……お疲れ様、ユウキさん」


「刑事さんも、勘弁してよ……」


「ところで、ユウキさんのお父様はどんな方なんですか?」


「それは……」


 セツに尋ねられ、ばつが悪そうな金髪娘が話しかけた時、「おーい」と大きな声が飛んできた。


「ユウキ、大丈夫かい?」


「あっ、パパが来た!」


 居心地悪そうなユウキを見てアマネは面白そうに、セツは少し申し訳なさそうにしながらも微笑むのだった。




 カガミハラの繁華街に店を構える、ミュータント・バー“止まり木”。ショーが始まる前の賑やかな店内に、乾いたドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。どうぞ奥へ……」


 三本角の女給に案内され、ホールを歩くのは着飾った父娘連れだった。娘はまだ未成年だろう。赤みがかった金髪を結い上げ、上品なドレスに身を包んでいる。白髪の混じる父親は糊のきいたスーツを着て、娘に誘導されるようにゆったりと歩いていた。


 花がほころぶような美少女に、客達が思わず視線を向ける。


「パパ、何でこんなカッコしなきゃいけないの! 凄く見られてんだけど……!」


 慣れない衣装と周囲の視線に、赤くなりながらユウキが小声で言う。


 父親ーーカガミハラ軍警察署の副署長にして、長年メカヘッドの上司を務めてきたイチジョーは嬉しそうに笑っている。


「素晴らしいショーを見るのだから、ちゃんとした格好で行かなければね。それに、よく似合ってる! さすが、母さんの見立てだ。皆の注目を集めるのも仕方がないよ。誇りなさい、ユウキ」


「親ばか! ……何で今日は、一緒に店に来なきゃいけなかったの?」


「これまでずっと、この店にお世話になってきたんだろう? やはり親として、挨拶しておかないと……」


「もう……」


 案内された“予約席”はステージの正面だった。父娘は並んでソファに腰かける。スポット・ライトが当たる舞台を見て、ユウキは固まっている。


「こんな真ん前で見るなんて、初めて……」


「今日は、ユウキの親友が初めて舞台に上がるんだろう?」


「うん、ママ……チドリさんの前座でね。緊張するから、すぐ近くで応援してほしい、って。……始まる!」


 ホールの照明が落ち、舞台が一層光輝く。四角く区切られたスペースに、オレンジ色のドレスを纏ったセツが現れた。


 拍手を受けて会釈すると副腕で運んできたスツールを置き、ガット・ギターを構えてつま弾き始める。暖かみのある、切ない音色がホールに溶けていった。




 額に汗を浮かべながら演奏を終えると、客達から拍手が送られた。セツは椅子から立ち上がると、両目を潤ませて手を上げ、皆に応えるのだった。


(エピソード6:ガールズ、ライズ ユア ハンズ 了)

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