ガールズ、ライズ ユア ハンズ;5
魔法少女が闘い、金髪娘は疾る。
囚われた女給を救うことはできるか……?
ピンク色の爆発と紙吹雪が視界を覆うが熱も、風圧も起きなかった。立体映像と音響によって再現された演出だからだ。
「不審者だ! 捕まえろ!」
思わず腕で顔を隠しながら若頭が叫ぶ。従業員達も動き出すが、立体映像の爆煙の中で「うっ!」「ぎゃっ!」と呻き、小さく叫んで倒れ伏せた。
映像が消える。低く呻き声をあげる男たちを足元に転がし、金銀妖瞳の魔法少女が事務所の床に仁王立ちしていた。
「未成年略取に傷害、脅迫……怪しいのはどちらかしら?」
「チッ……やれ! 逃がすんじゃないぞ!」
舌打ちした若頭が怒鳴ると、従業員達は雪崩をうって魔法少女に飛びかかった。人垣、人壁を尻目に、固まっている社長令息を肘で突く。
「……“ぼん”、今のうちだ。娘を連れていく」
「あ、ああ……!」
手足と副腕を縛られたセツは激しく体をくねらせて抵抗するが、二人に担がれて持ち上げられた。
「待って! やめて! ……助けて!」
「ごめん……」
「おい“ぼん”、グズグズするな!」
うなだれるノザキ青年は若頭に背中を押され、娘を事務所の外に運び出す。
「こら! 待ちなさい! ……“アイビーウィップ”!」
従業員達に抑え込まれたマギフラワーが叫ぶと、杖は光のムチに姿を変える。大きく振り回して男たちを凪ぎ払った時には、セツの姿はなかった。
「やられた……!」
建物の外に出る。日が傾きはじめた再開発区域には、人影はなかった。アマネは変身を解くと、携帯端末を操作した。
「……巡回判事の滝アマネです。一般捜査課のメカヘッド巡査曹長に繋いでもらえますか? ……名前を伝えてもらったら大丈夫です。いいから、早く!」
すぐに内線が切り替わり、聞きなれた気障っぽい男の声が飛んできた。
「『はい! こちらメカヘッドです、巡回判事殿。……さっき連絡があった、誘拐事件ですかな?』」
「ええ! マギフラワーに協力してもらい、ノザキ土木の事務所に乗り込みましたが、逃げられました!」
電話口の向こうで、「無茶をする……」とメカヘッドが呟く。
「被害者に持たせていたタグを追跡した結果です。安全確保のために然るべき処置だったと確信しておりますが」
「『いえ、問題ないでしょう。……それならば、再びタグを追跡しては?』」
「それが、実行犯たちにタグが見つかり、破壊されてしまって……」
「『ほう』」
どこか愉しそうな、しかし苛立ったような声色でメカヘッドが相槌を打つ。
「『手慣れてますね! それとも何か、後ろ暗いことがあるのかな? ……それで、女の子の行方が掴めなくなってしまった、と』」
「はい、抵抗してきた者達はマギフラワーが返り討ちにして、しばらくは話を聞くことも出来なさそうなんです」
「『なるほど、それで応援を頼む、ということですね?』」
「お願いします!」
電話しながら、アマネは思わず頭を下げていた。
「『まあまあ……わかりました引き受けます、と言いたいところですが、我々にも手がかりがない。……他に何か、気になることはありますか? 何でもいい、もしかしたら役に立つかも知れない』」
メカヘッドからの質問にアマネは頭を上げた。
「……そうだ、あの娘!」
「『えっ、どの娘?』」
「私と一緒に、拐われた娘を見守っていた女の子がいたんです。ノザキの事務所のことも知ってた! 金髪で、派手なジャケットを着ていて……名前は確か……ユウキ! そう、ユウキって言ってました」
電話の向こうから、困ったような「ああ……」という声が漏れる。
「『そうか、あの子かあ……』」
「知り合いですか?」
メカヘッドは困ったように小さく笑った。
「『いえまあ……そうですね、よく知ってます。こちらから話を聞いてみましょう。何か分かったら、伝えます」』
「ご協力感謝します!」
「『カガミハラ署一般捜査課として、同然の事です。女の子達も心配ですしね。……巡回判事殿もお気をつけて』」
「ありがとうございます」
メカヘッドは「魔法少女にも、よろしくお伝えください」と言って通話回線を閉じる。アマネは携帯端末を仕舞うと、懐のポケットに入れていた“マジカルチャーム”に手を当てた。
“ホワイト・サーベルファング・タイガー”の刺繍を背負う金髪娘は愛車の小型スクーターを駆り、若頭が運転する小型車を追いかけていた。車は人通りのない道を走り、尚も町の外れへと進んでいく。再開発区域を出て、向かった先は都市計画からも見放された第7地区、開発中止区域だった。
ビルの死骸が建ちながらにして朽ちつつある街にユウキは怯んだが、更に車を追う。距離を取って走っていると、路地に入り込んだ車を見失った。
「ああ、くそ!」
スクーターを停めて悪態をついていると、ポケットに入れていた携帯端末が震えた。
「何?」
端末の表示画面には“メカヘッド”の文字。ユウキは回線を開き、スピーカーを耳に当てた。
「もしもし? おじさん?」
「『お嬢、“おじさん”はやめてくれと、いつも言ってるだろ。親しみを込めて、“メカヘッド先輩”とだな……』」
「はいはい、おじさん」
ユウキは気安い調子でメカヘッドの発言を切り捨てた。
「それで、用事は何?」
「『本題から入るが、お嬢は今、どこにいる?』」
メカヘッドも気にしていない様子で話を続ける。
「えっ、それは……」
「『ああ、誤魔化さなくていいぞ。誘拐犯を追いかけてるんだろ? 巡回判事殿から、話は聞いてる』」
告げ口され、悪事がばれた子どものようにユウキは舌打ちする。
「あの刑事……」
「『お嬢? 俺たちも力になれるかもしれん。教えてくれないか』」
ユウキは「ううう……」と唸ったがため息を一つついた。
「わかった。今は“第7”にいる。ノザキの車を追いかけてきたんだけど、見失っちゃって……」
メカヘッドは「ふむ」と言って、通信端末の向こうで何かやっているようだった。
「『……近くにある、ノザキ土木に関わる施設を当たってみよう。ありがとう、お嬢』」
「ちょっと待ってよ」
回線が閉じる前に、ユウキがメカヘッドをとめた。
「『……うん? どうかしたか?』」
「私にも、その場所教えてくれるんでしょう?」
「『それは……』」
歯切れの悪い答えに、ユウキは苛立つ。
「何だよ、頼っておいて『ガキは帰れ』なんて、許さないからな!」
金髪娘の啖呵に、メカヘッドは降参した。
「『わかったよ、地図データを送るようにする。その代わり、お嬢の通信信号もマークさせてもらうからな』」
「構わないよ、ボディガードしてくれるんでしょ? 何なら、通話回線を開きっぱなしにしとこうか?」
スピーカーの向こうから「やれやれ……」とため息まじりの声が漏れた。
「『話の通りがよくて助かるよ。それじゃ、よろしく頼む』
「了解」
電子音が鳴り、地図が送られてきたのを告げた。
「来た来た……! よし、こちらユウキ、追跡を再開します」
「『無茶はするなよ、お嬢』」
「わかってるって!」
ユウキは端末機をスクーターのハンドルに取り付けてバイオマスエンジンを始動させると、地図が誘導する先へとスクーターを走らせた。
(続)