ボーイ、ガールズ アンド フォビドゥン モンスター;2
村に蠢く異形、ヒーローを襲う敵の群れ!
背後に潜む"許されざる怪物"の正体とは……?
若者が入り口を塞ぐと、まとめ役と店主が無言のまま、じり、と訪問者たちに近づいた。感情の見えぬ6つの視線は、1体の生き物から向けられているようだった。
「来い、“サンダーイーグル”!」
レンジが叫ぶ。その間にも店の入り口と裏口から、村の老若男女が次々と現れた。町中を歩いていた人々と同じ、楽しそうな表情を一様に貼り付けている。
「なんだこいつら、人間……?」
メカヘッドが身構えた。周囲を取り囲む人々は一体の巨大な生き物のように、無数の視線を訪問者に向ける。人数は増え続け、室内を圧迫して包囲網を狭め始めた。
タチバナとアマネが、上着の内ポケットに手を入れる。まとめ役の無表情な顔が、雷電の腕に噛みつかんばかりに突きだされた時、
入り口の扉を突き破り、装甲バイク“サンダーイーグル”が人垣を飛び越えてやって来た。
宙に浮いたバイクは、まとめ役たち数人を踏み潰して、雷電の前に舞い降りた。
「げっ!」
やってしまった、とレンジが思う間もなく、下敷きになった者たちが溶けだした。ぐずり、と人の形が崩れ、透明な液体になって床に広がる。ゲンが「ひっ!」と短い悲鳴をあげた。説明を受けていたアマネも息を呑んで固まっている。
周囲の人物たちは貼り付いた笑顔のまま、装甲バイクに視線を向けた。
「雷電、バイクで走れ!」
雷電は一言聞くなり、“サンダーイーグル”に飛び乗った。
「了解!」
「こいつらを外の広場に引き付けろ! 俺たちも直ぐに追いかける!」
返事をする代わりに装甲バイクは前輪を持ち上げてその場で二度、三度と軽く跳ねると、大きく飛び上がった。
立ち塞がる人垣の頭上を超えて入り口の前に降り立つと、数人を踏み潰したのにも構わずに外に駆け出す。村人たちもバイクを追って、流れるように建物から出ていった。
踏み荒らされて散らかった室内には、数ヵ所の水溜まりと訪問者たちが取り残された。メカヘッドが手をポン、と打つ。
「俺たちも行きますか! ……先輩?」
タチバナは人の気配が消えた店のバックヤードに入っていった。倉庫を漁ってガチャガチャと音を立てる。
「おう、ちょっと待ってろよ……」
すぐに顔を出したタチバナは、細長い棒を手にしていた。
「待たせたな、行こうか!」
雷電のバイクは追い縋る人の波を背に、サテライトの中央広場に乗り込んだ。青々と芝生が茂る円形の広場には、四方から人影が集まってきた。
酒場からついて来た村人たちは相変わらずの笑顔だったが、後からやって来た者たちは顔の部品が揃っていれば良い方で、鼻や口など、皆どこかしらが欠けていた。まるで急ごしらえで、ひとまず大まかな方だけ作ったと言わんばかりの雑な造作のヒトガタが並んで立っている。どのヒトガタも両目だけは欠かさずに備えていて、表情の見えない視線を雷電に注いでいた。
「こいつら……やっぱり人間じゃない!」
ミュータント個人の悪戯にしては規模も大きすぎるし、集団による犯行にしては起きている事が画一的過ぎる。
「何なんだよ一体?」
雷電が叫ぶ。取り囲んだヒトガタたちは次々に崩れ、姿を変えていった。
「何だ、こりゃあ……!」
広場に着いたメカヘッドは言葉を失った。大量の“ストライカー雷電”が視界を埋め尽くして、巨大な塊になって揉み合っていたのだった。
「やっぱりこうなったか……。雷電!」
「……はい!」
タチバナが呼び掛けると、鈍い銀色の塊の中からくぐもった声が返ってきた。
「無事か?」
「大丈夫です! ただ、あまりに偽者が多すぎて……こいつらゴムみたいで、殴っても全然効かないんです!」
塊の周りにいた“にせ雷電”が数体、タチバナとメカヘッドに狙いを移した。無言で迫る雷電の群れに対して、タチバナは酒場の倉庫からせしめてきた松明を構えた。胸ポケットから取り出したライターで、先端に取り付けられた合成燃料のペレットに火を点けると、“にせ雷電”たちの動きがとまった。
「雷電、こいつらには衝撃も電気も効かん。しかし熱と炎に弱いんだ!」
そう言うなりタチバナはもう1本の松明に火を灯して広場に投げ込んだ。“にせ雷電”が松明の火から逃れて散らばると、金属製の松明は広場の中央に突き刺さった。
近くに立っていた雷電の装甲が、揺らめくオレンジ色の炎を映す。
「火事や建物へのダメージは気にしなくていい、思いきりやれ!」
「了解!」
雷電はベルトに固定していたメタリックレッドのナックルを右手に握りこんだ。ベルトのバックルにつけられたレバーを引き上げ、再び引き下げて叫ぶ。
「“重装変身”!」
「『OK! Generate-Gear, setting up!』」
ベルトから合成音声がこたえると、燃え上がるように情熱的なギターの旋律が流れ出し、雷電の装甲が炎に包まれた。偽者たちは雷電を取り囲んだまま、半歩ずつ後ずさる。
「『Equipment!』」
音楽が終わるとともに炎が消えると、メタリックレッドの装甲に被われた雷電が立っていた。銀から金にグラデーションがかかるラインが全身に走り、ぎらりと輝いた。ベルトが高らかに宣言する。
「『“FIRE-POWER form, starting up!”』」
炎の力を纏った雷電は、逃げ腰になっている“にせ雷電”の群れに猛然と突っ込んだ。
「オラァッ!」
燃える拳が叩き込まれると、偽者の胸を焼け溶かして大きな穴を開けた。勢いは収まらず、燃えたつ矢となって後ろに並ぶ者たちをも、数体まとめて射し貫いた。
「まだだぁっ!」
深紅の腕が凪ぎ払うと、雷電の姿をしていた者たちは容易く上下に裂けた。炎が弾け、芝生のあちこちに残った枯れ草に火をつけた。
陽炎を揺らめかせて雷電が駆ける。拳を振るうたび、蹴りつけるたびに炎が散る。“にせ雷電”の群れは容易く倒され、文字通り溶け落ちて水溜まりとなって地面にひろがった。
飛び散った炎は芝生や生木にさえも、とりついて燃え上がった。地を這う炎は“にせ雷電”の水溜まりぶつかると、ジュッと音を立てて白い煙を上げる。生臭い匂いがそこかしこに広がった。
虐殺にも似た闘いはあっさりと終わり、炎の原に立つのは雷電独りとなった。木々は焼けて崩れ、芝生は抉れ、燃え、焦がされた粘液からは白煙と異臭が立ち上っている。近隣の建物にも炎が飛び、黒い煙が上がっていた。避難していたタチバナが水溜まりを踏みながら雷電に駆け寄った。
「雷電、お疲れさん。ひとまずはよくやってくれた」
「おやっさんはこいつらの正体を知ってるんですよね……? 何なんです、これは?」
タチバナの後に続いてきたメカヘッドは足をもじもじ動かしたり、脚を持ち上げて靴の裏を見たりしている。
「この臭い水、ネチョネチョして気持ち悪いんですけど……!」
申し訳なさそうに、しかし面白そうにタチバナは笑っていた。身だしなみを気にするメカヘッドが、足元から首の下まで特注の誂え物に身を包んでいることをよく知っていたのだった。
「靴の上からなら危険はない。こいつが何者かについては……ひとまず後だ。延焼を食い止めるぞ」
タチバナは広場の周りにある建物から火の手が上がるのを見回して言った。
燃える建物を雷電が突き崩し、タチバナとメカヘッドが広場の土をかけて一軒ずつ火を消していく。建物を崩し終えた雷電もスコップを肩に、一輪車で土を運ぶタチバナに追い付いた。
「こんなこと勝手にやっちゃっていいんですか? それに、アマネとゲンさんは……?」
タチバナは埋もれ火の焼け跡に土をかけると、雷電に向き直った。
「アマネとゲンは別件だ。町の被害は……問題ない。もう手遅れだからな」
「えっ……?」
スコップで土をばらまいていたメカヘッドが顔を上げる。
「先輩、火を消し終わりました!」
「おう、お疲れ!」
タチバナはメカヘッドに言って、携帯端末を取り出した。
「都市内通信は……まだ生きてるな」
素早く操作して通話回線を開く。
「アマネ殿、ゲート前はどうか?」
「『はい、私たちが戻ってきてからは誰も来ません』」
スピーカーからアマネの声が返ってきた。
「よし、ひとまず打ち止めになったみたいだな。アマネ殿は広場に戻ってきてくれ。ゲンにはそのまま、門の見張りをするように伝えてくれないか」
「『聞こえてますよ、了解です』」
アマネの側もスピーカー通話になっていたようで、ゲンの声が割って入る。
「すまないなゲン、よろしく頼むよ」
「『任せてください、門番の仕事はベテランですから。刑事さんとレンジ君にも気をつけて、とお伝えください!』」
「ああ、ありがとう」
レンジとメカヘッドも礼を言うと通話が切れ、程なくして松明を手に、アマネが小走りでやって来た。
「……よし、行こう。説明は歩きながらするぞ。付いてきてくれ」
四人はサテライト・コロニーの路地を縫うように進む。先頭のタチバナは物陰に首を突っ込み、軒先のごみ捨て場や物置の蓋を片っ端から開けながら、ゆっくり歩いていった。歩きながらタチバナは説明を続ける。
「このサテライトに入ってから俺たちが出会った人は、皆モンスターが擬態して、入れ代わっていたんだ」
メカヘッドが声をあげた。
「これだけの人間に化けられるモンスターの大群、監視網に引っ掛からないことの方が信じられませんよ!」
「そうだな、最初から大勢で来られたら、このサテライトの人たちだって気づくことができただろう。……だが、そいつはたった一匹で潜り込んだんだ。ごく小さな、無害な生き物のフリをして、な」
タチバナは話しながらも路地裏の物色を続けている。生徒役の三人はすっかり黙ってレクチャーを受けていた。
「それで物陰に根を張り、分体を作りながら少しずつ大きくなっていったんだ。最初は虫やネズミ、小さな生き物を食っていたが、とうとう本体がこのサテライトのキャパを超えた。人間も全て食らい、更に分体を使って村を偽装して、やって来る旅人まで襲うようになったんだ」
レンジは紅い雷電スーツのまま、タチバナと一緒にごみ捨て場を覗きこんだ。
「キャパを超えたら、どうなるんです?」
「サテライトを放棄して、次の世代を撒き散らす。新しい個体は大半が移動中に死ぬ。けど、どれかがどこかにたどり着いて、再び成長を始めるんだ」
「このサテライトにとりついたのも、そうやって流れてきたんですね。でも、こんなとんでもない化け物、よくこれまで話題になりませんでしたね! うちの獣害課にも、知ってる奴はいませんでしたよ」
「これまでは、ここまで大きくなる前に死ぬか、逃げ出して次の場所に移っていたんだろう。あるいは、周りから知られないままサテライトを食い尽くすか……」
驚いて言うメカヘッドにタチバナが説明すると、アマネも口を挟んだ。
「出発前に調べてみたんですけど、オーツ・ポート・サイトからカガミハラに向かう途中のサテライト・コロニーが突如放棄されるという事例が約一年前に発生していました。山の中の厳しい土地だから放棄されたのだろう、と報告書にはありましたが……」
「なるほど、こいつはそこから来た可能性が高いな」
話を聞いたタチバナもうなずく。
「しかし先輩、擬態した者たちは普通の人間と変わらないやり取りをしていました。……モンスターに、それが可能なんですか?」
「奴らの知能、というのがどれ程のものか、正直なところ俺にはよくわからない。だがこいつらは信じられんほど長生きなんだ。……正確に言えば寿命がない。そして、厳密に言うと繁殖もしない。成長しきると体の一部を切り離し、老化をリセットする。若返らせた自分自身を大量に作り出して撒き散らすんだ。その間に成功したパターンも、失敗して命からがら逃げ出したパターンも、きっと全てを次の自分自身に引き継ぎながら、な」
話しながらもタチバナは探索を続け、とうとう山際にあるサテライトの共用倉庫にたどり着いた。周りには村の入り口で見かけた小さな生き物たちがたむろしていて、近付いたタチバナたちに無数の視線を向けた。雷電とメカヘッドが身構える。
「大丈夫だ、こいつら自体には危険はない。俺の引いた資料によれば、な。しかし、この中にいるのは確実だろうな」
「モンスターの本体……ですか?」
熟練の保安官はうなずいて、倉庫の重い扉を開いた。
「そうだ。……専門家によると、擬態能力と、ある種の真社会性を持ち、陸上生活に適応した刺胞生物、ということになるらしい」
「刺胞生物?」
倉庫の中ではおびただしい数の小動物がうずくまっていた。扉が開くと一斉に侵入者たちを睨み付ける。目が光を反射し、無数の光点を描いた。タチバナは躊躇わずに、松明を庫内に突っ込んだ。
「クラゲや、イソギンチャクの仲間ってことだ。……もっとも、俺は海に行ったことはないから、実物を見たことはないがな」
壁際に置かれていたコンテナが激しく揺らめく。
「さあ、“ミミックの女王”のお出ましだ……!」
松明の熱気にあてられて擬態が解けたのだ。形が崩れると、無数の枝を生やした半透明の、木のようなものが現れた。床にがっちりと根を張った“ミミック”は火から逃れようと、倉庫の天井近くまで伸ばした枝を蠢かせていた。
半透明の幹は混乱し、焦っているかのように目まぐるしく色を変えながら揺れている。数本の枝からは奇妙な塊がぶら下がっていた。中には種のような無数の小さな粒が入っている。
「卵はあまり大きくないな……一度、放出されたか……?」
タチバナが目を凝らしてつぶやいた。“ミミックの女王”の色が変わって透明度を増すと、根本に数人分の衣服が埋まり、透明な細胞の中に浮かんでいるのが見えた。
「あれが、最後の犠牲者……」
表情の固まったアマネがぼそり、と言う。
「そうだな。……雷電、一思いにやってくれ」
「了解。……“ファイヤーボルト”!」
「『Fire Volt』」
大きく息を吸ってレンジが叫ぶと、雷電スーツの全身に走るラインが白く光る。雷炎を纏った右拳を叩きつけると、巨大刺胞生物はぐにゃりと崩れ、溶け落ちて燃え上る。周囲にいた小動物にも飛び火すると、小さな獣に擬態した分体たちは悲鳴をあげて溶け落ちた。
(続)