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ヒートウェイブ オン ダイアモンド;17

 7回ウラ、“ハーヴェスト・インダストリーズ”の攻撃。打席に立つのは9番、投球用のサイバネ義腕を装着したピッチャーだ。打順の若い選手たち……打撃に特化したサイバネ義腕や、走塁のために強化された義足を装備している連中と比べれば、打ち取ることは難しくないだろう。


 ピッチャーも、キャッチャーも、控えブースでサインを出しながら、選手たちを見守っていたキャプテンもそう考えていた。しかし……


バットがボールを捉え、乾いた音を響かせる。


「なんだと!」


「『第一球、打ったァ!』」


 実況者が叫び、観客たちが座席を揺らす。キャプテンは目を見開いてブースから飛び出すと、打球の行方を目で追いかけた。


白球は地を這うような低空を走り、内野手たちの手から逃れながら飛んでいく。実況者が声を上げた。


「『抜けたァ! ストライプスのサードもショートも反応できません!』」


 駆け寄ってきたレフトがボールを掴んで、一塁めがけて投げる。矢のように飛んだ球がファーストのミットに収まる前に、9番打者は一塁を踏んで立ち止まっていた。審判が叫ぶ。


「セーフ!」


「くそ、やられた……!」


 キャプテンがドカリとベンチに腰掛けると、悔しそうに溜息をついた。


「ノーアウトで出塁を許すとはな!」


「よほどプライドが許せないと見えるな」


 隣に腰掛けたイクシスが軽い口調で言うが、キャプテンには相手を怒鳴る余裕はない様子だった。


「ああ、全くな! あのピッチャーは元々、バッターとしてはノーマークだった。この試合中ここまで、大したバッティングをしていたわけでもない。そんな相手に、いきなり初球を打たれるなど……!」


 自らに、そしてチームに怒りを向けてブツブツとつぶやくキャプテン。

 そして続く1番打者は、ボールゾーンに落ちていく球には目もくれなかった。1球、2級を見切った後、3球目に飛んできたストライクゾーンど真ん中の球に狙いを済ませて、思い切り振り貫いた。打球は見事なアーチを描いて、ライトとセンターの中間あたりにポトリと落ちる。

 外野手がボールを拾いに走っていく間に、ハーヴェスト・インダストリーズのランナーは2人ともホームベースに帰還していた。どよめく観客たち。レディ・ストライプスの選手控えブースでは、苛立ちの募ったキャプテンの頭は火でも噴き出しそうなほどに燃え上がっていた。


「クソッタレ、ノーアウトでいきなり2点だと! どうなっているんだこれは! 相手に、投げる球がバレているとしか思えない……!」


「球がバレている、か。フン……」


イクシスは相手の愚痴を聞きながら、闘技場の中にくまなく意識を巡らせた。


 審判に不審な動きはなし。相手チームに買収されているという“セン”はなしか。となると……


 ハーヴェスト・インダストリーズの控えブースに視線を向ける。光学センサのピントを拡大すると、ゴーグルのような物を被り、インカムに向かって何やら話しかけている相手チームのキャプテンの姿が視界に飛び込んできた。


「これは……」


 イクシスは観客席にセンサを走らせた。レディ・ストライプスのピッチャーとキャッチャー、そしてキャプテンの姿を、一望できる座席。そんな“狙撃地点”が、観客席のどこかにあるはずだ……


 果たしてイクシスの睨んだ通り、レディ・ストライプスのバッテリーとキャプテン……投球サインのやり取りをする三者を一望に収める地点に、不審な人物の姿があった。大型のオペラグラスを使って落ち着きなく闘技場内を見回しながら、口をもごもごと動かしている。

 サイバネ傭兵は「フン」と人工声帯を鳴らすと、キャプテンの肩に手を当てた。


「見られてるぞ、サイン」


「何だって! どこだ?」


 イクシスは立ち上がろうとするキャプテンの両肩を持って制止した。


「気づいていないフリをしろ。相手は、こちらが気づいたことをまだ知らんはずだ」


「なるほど。どこで見てるか知らんが、試合開始からここまで、こっちのサインを観察してようやく分析できたってところか……」


 事態を察したキャプテンはイクシスに従って、すんなりとベンチに腰掛けた。隣に座ったイクシスに、視線を向けずに話しかける。


「それで、あたしはどうすりゃいい、傭兵流にやるには? サインを変える以外に、何かとるべき戦略はあるのか?」


「ほう、私の腕を使うか?」


 キャプテンは仕方ない、とばかりに肩をすくめた。


「相手の作戦を見破ったのはあんただ。おまけに、向こうのやり口はあたしの手に余る。それなら、対抗策もあんたに頼った方がよさそうだからな」


「なるほど。それなら、私のやり方でやらせてもらおう。まずは……」




 ノーアウトのまま2点を返したハーヴェスト・インダストリーズだが、その後が続かなかった。


 2番打者以降は相手の投球を見透かしたような選球眼を発揮することができず、凡打と三振に倒れる。続く4番打者は敬遠されて、盤面はツーアウト一塁。


 盛り返しては再び覆される試合運びに沸く観客席の片隅で、大型のオペラグラスを持った男が背中を丸めて闘技場内を見回しながら、もごもごとつぶやき続けていた。


「キャプテン、次のサインはカーブ、インコース狙いだ……」


「『本当? さっきから全然、予想の通りにならないじゃない!』」


 男のインカムから、気の強そうな女性の声が返ってくる。


「いや、サインの意味からしたらそれで、間違いないはずなんだ」


「『どうかしらね! せっかく解析したサインだけど、本当に合ってるの、これ?』」


「……ああ、いや? 確かにさっきのボールは、解析した意味の通りじゃなかったよ。けど、一つ前までのイニングは、この解析で間違いないはずだったんだ」


「『じゃあ、なんで今はこんなことになってるのよ!』」


「それは、何がなんなんだか、俺にもさっぱりで……」


「隣、いいですか」


 横から急に声をかけられ、つぶやいていた男はびくりと体をこわばらせる。振り向くと、大きなフードをすっぽりと被り、表情の見えない人影がひとつ、幽霊のようにぼんやりと立ち尽くしているのだった。


「隣の席、いいですか?」


「えっ、ええ……人が来た、切るぞ」


「『えっ、ちょっと


 慌ててインカムのスイッチを切る。隣には太ったおっさんが座っていた気がするが……いつの間にか消えて、戻ってくる気配はないし、まあ、いいんだろう。俺が気にするようなことでもない。


「ええと、どうぞ……?」


 フードの人物はオペラグラスを持った男の隣にやってくると席に座らず、男の横に突っ立っていた。男は気味悪がって、ヒステリックな声をあげる。


「な、何ですか、あなたは!」


「そのオペラグラス……」


「はあ?」


「そのオペラグラス、録画と映像の共有ができるものではないですか?」


 人工物めいた、無機質な声。男はオペラグラスをかばうように両手で持つ。


「なっ? 何を言ってるんです!」


「試合の録画行為は禁止されているはずですが……」


「こ、これは、その、その……」


「何です?」


 背中を丸めていた男は急に立ち上がると、大仰な身振りで頭を下げた。


「すみません! 俺は、その……甥っ子にどうしてもヤキューを見せてやりたくて! あいつはハーヴェスト・インダストリーズのファンなんですが、体が弱くってこの大会には来れなかったんです。地元にはオーサカ・セントラルの映像配信サービスも来ません。だもんで俺が試合を撮って、そのデータを持ち帰ろうと思いまして……悪いことなのはわかってます! どうか、どうか……!」


 録画がバレそうになった場面で用いる“カバーストーリー”を情けない声色でぺらぺらとまくし立てる男。フードの人物は黙って話を聞いていたが、しばらくすると首を横に振った。


「“次のサインはカーブ、インコース狙いだ。それで、間違いのないはずなんだ……”」


 抑揚のない調子で発せられる言葉に、男が息を呑む。


「それは、それは、その……」


 男はしどろもどろになり、顔色を赤やら青やらに変えながら両手の指をせわしなく動かして、薄汚れたズボンをもみくちゃにしていた。


 録画を咎められることは、そこまで怖くはない。適当な理由をでっち上げて、平謝りに誤ればいい。投球サインを分析することだけなら、個人の自由だろう。けれどもサインを録画して相手チームに共有し、解析をする作業に協力していたとしたら。どれほどの問題になるか……。想像もつかないほどに、恐ろしい……


 うつむいて黙り込む男に、フードの人物が顔を寄せた。


「まあ、いい。そのまま続けろ。貴様が何をしているのか、私は知らないことにする」


「えっ」


 見逃されたのか……?


 わずかに緊張がゆるんだ男が間抜けな声を出す。しかし、フードの人物は容赦なかった。


「何をやっているかは“知らない”。だが、それをやめて、このドームから逃げることは“許されない”……貴様が、あるいはハーヴェスト・インダストリーズがどうなってもいいのなら、とめはしないが」


「どうなっても、って……!」


 震え声で言いながら男が顔を上げた時には、フードの人物は目の前から姿を消していた。


(続)

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