ボーイ、ガールズ アンド フォビドゥン モンスター;1
カガミハラ近隣のサテライト・コロニーが定期連絡を絶った。
調査に向かう一行を出迎えたのは、どこか奇妙な村人たち。
"酒場のおやっさん"ことタチバナ保安官が警戒する"許されざる怪物"とは……?
旧文明の大遺構の上に築かれ、巨大産業プラント群を周囲に抱えるナゴヤ・セントラル・サイト。迷宮のような遺跡都市は四方の陸路と海路により、ホンシュー・アイランド各地のセントラル・サイトに物資を供給する拠点となっていた。
北に向かう交易路は山道を抜けて西に向かい、オーツ・ポート・サイトに続いている。旧文明の時代には北東にも、更に山の奥地へと分け入る幹線道路が整備されていたが、今はカガミハラ・フォート・サイトから先に向かおうとする者は稀だった。
カガミハラから西に、オーツに向かう途上にある小さなサテライト・コロニーからの定期通信が途絶えたのは、3日前の事だった。
サテライトを管区内に収めているカガミハラ軍警察は2日の猶予期間を設け、ドローンによる調査をおこなったが、隔壁に守られた町には損害はなく、周囲に破壊のあともみられなかった。
軍警察のはみ出し者、メカヘッド最先任巡査曹長はドローンの映像を見るなり、上層部が結論を下す前にナカツガワのタチバナ保安官を頼った。連絡を受けたタチバナからは、「アマネ殿には話を通した。少人数で、すぐに現場に向かう」とだけ返事があった。
上層部はメカヘッドの行動に難色を示したが、誰よりも現場の経験が長い刑事と管区が重なる歴戦の保安官が下し、巡回判事からのお墨付きを受けた判断を無下にできなかった。
こうして事件発生から3日後、現場となった小規模サテライト・コロニーの前に、メカヘッドの愛車である赤いスポーツ・カーとナカツガワの酒場にして保安官事務所、“白峰酒造”のバン、そして鈍い銀色の装甲を纏った黒い大型バイクが乗り付けた。
表情が伺えない機械部品の頭を持ったスーツベスト姿の刑事がスポーツ・カーから降り立つ。バンからは2本の角を持つ保安官、スーツ姿の新人巡回判事、そして警備員の制服を着た岩のような顔の男がゾロゾロと降りてきた。
「タチバナ先輩、滝巡回判事、おはようございます!」
「“メカヘッド“高岩巡査曹長、おはようございます!」
芝居がかった快活さでメカヘッドが挨拶すると、アマネも負けじと明るく返す。
「おはよう、メカヘッド。……本当にお前一人かよ!」
あきれた声のタチバナにメカヘッドは首をすくめた。
「“上”としてはコントロールできないコロニーなんて下手に手を出したくないけど、タチバナ先輩と滝巡回判事の手前、GOサインを出さないわけにいかなかったんですね。……まあ、俺に何かあれば、軍を出す口実になるって考えなんでしょう」
あっけらかんと話す機械頭の刑事に、タチバナは「相変わらずだな」と苦笑いする。
「苦労するなあ、お前も。だがまあ、下手に人数がいるより、やりやすくていいがね」
「そういうものですか……ところで先輩、そちらの方は?」
「ああ、うちの町で守衛をしてるゲンだ。このヤマには適任だし、レクチャーにはいい機会だから、連れて来たんだ」
「よろしくお願いします」
紹介されたゲンが岩のような頭を下げると、メカヘッドも挨拶を返す。
「……あの、それで何で俺はこの格好のままなんです?」
皆が和やかに挨拶を交わしている中、“ストライカー雷電”のヒーロースーツを着たレンジがバイクから降りて言った。
「おう、それもこのヤマのためだ」
「状況が全然わからないんですけど! アマネにはちゃんと説明したんでしょう? 俺にも説明してくださいよ!」
「はっはっは」
タチバナはどこ吹く風で手袋と襟巻きを身につけた。アマネも従ってつけ始める。ゲンは諦め気味で、無言で自分の顔をぴしゃぴしゃと叩いていた。
「お前とゲン、メカヘッドはいつも通りにしてろ。身構えるな、とは言わんが敵意を見せるなよ。アマネ殿には説明した通りだ。……さあ、作戦開始だ」
コロニー正門の扉は半開きになっていた。「不用心だな……」とゲンが呟く。ダガーリンクスを小さくしたような、円い目をした茶色い生き物が足元でみゃあ、と鳴いた。
「なに、すぐにお出でなさるさ……ほら」
住民たちが数人、慌ただしくやって来る。
「やあ、これは皆さんおはようございます! 扉が開けっ放しでしたな! 申し訳ない」
まとめ役らしき男が門を閉じて、タチバナ一行に向き直った。
「ようこそ、オーガキ・サテライトに」
「よろしくお願いします」
差し出した手をタチバナがとって握手を交わす。男はタチバナの手をじっと見た。
「……遠路はるばる、よくお越しくださいました。あまりお構いできませんが、どうぞ、どうぞ」
「いや、あの、このコロニーで何が……」
尋ねようとした雷電をタチバナが肘で小突いた。
「行くぞ」 「ええ? ……はい」
タチバナの後にメカヘッド達が続くと、レンジも諦めてコロニーの街区の中へと入っていった。
町中は賑やかだった。人々はひっきりなしに行き交い、来客を気にする様子もなく笑いあっている。男は看板を出していない酒場の扉を開けた。
「どうぞ、奥へ」
店の中は散らかってはいなかったが、どこか乱雑な気配があった。テーブルの上に微かな埃と僅かに残ったパン屑、棚に並んだボトルは所々の間隔が狭く、あるいは広くなっていた。まだ朝食時だがホールは静まり、時間が止まっているようだった。
「おおい、お客さんだよ!」
「はーい、いらっしゃい!」
まとめ役が声をかけると、店の奥から店主と思われる男が顔を出した。
「ようこそ、ようこそ! モーニングがあるから、食べていってくれ!」
「いや、俺は済ませてきたから、いいよ」
用意を始めようとする店主をタチバナが止める。
「えっ、おやっさん、いいんですか……?」
訪問客をもてなすのは、この時代には当たり前のマナーだ。オーサカからナカツガワまで旅を続けたレンジには、その有り難みがよくわかった。まとめ役も表情には出さないものの、入り口の扉に手をかけて立ち塞がっていた。
「そうそう、そんなこと言わないで! せっかくだから、何か食べていかないか?」
「そうな……ゲンはまだ、入るんじゃないか?」
タチバナの視線を受けたゲンが目配せを返す。
「……ウス、いけます」
「それはよかった! すぐに用意しますね!」
奥に引っ込んだ店主がすぐに戻ってきて、モーニングを並べていく。バタ付きパンに茹で玉子、サラダ、そしてコーヒーと豆菓子がついたナゴヤ・トラディショナル・スタイルの朝食が、テーブル狭しと広げられた。
「いただきます」
椅子に腰かけたゲンは、まずバタートーストに手を伸ばした。一口かじり、モグモグとやって飲み込むと、岩のような男は眉間にしわを寄せた。堅そうな外見に見合わず、表情に出やすいのだ。
「どうだ?」
「……なんだかぬるいし、その……独特な風味ですね」
ミールジェネレータで作っている以上、異質な味がするということは考えにくいのだが。とはいえ、残すわけにはいかずにゲンは食事を続けた。
茹で玉子、サラダ、コーヒーに豆菓子に至るまで、岩のような男は渋い表情のまま食べ続けた。
「……ご馳走さまでした」
食事を終えたゲンは困惑を隠せず、ぴしゃぴしゃと自らの顔を叩いた。まとめ役の男が顔を覗きこむ。
「すいません、うちのジェネレータがおかしかったのかな……。何か、体に異常はないですか?」
「いやいや、そんなことは……。ただどれも、似たような変な……ああ失礼、独特の風味がしただけで……」
「そうですか、それならいいんですが」
まとめ役の男はゲンをまじまじと見ながら、表情を変えずに言った。
「こいつのことはさておき、我々はカガミハラから、このコロニーの調査に来たのですが」
「調査、ですか」
まとめ役も酒場の店主も、似たような無表情でタチバナの話を聞いていた。
「ええ、このコロニーからの定時連絡が3日前から途絶えておりましてね」
「……ああ! 申し訳ないです。機材のトラブルで連絡が送れなかったのちですよ! 近隣の村に助けを求めようかと思っていたところでして……」
「このコロニーがカガミハラに最も近いのだから、すぐに軍警察本部に行けばよかったのに! 協力義務違反に問われる恐れがあるんですよ!」
あっけらかんと言うまとめ役に、アマネが食いつくように言った。
「いやはや、お恥ずかしい……」
まとめ役は大して気にしていない様子で返す。メカヘッドが立ち上がった。
「さて、まずはカガミハラに戻って対応を考えなければ……あの?」
まとめ役の男は、相変わらず戸口に突っ立っている。
「えっと……」
まとめ役は表情を変えずに、刑事の進路を塞いでいた。
「あの……」
「はい」
メカヘッドが固まる。互いに向かい合っていると、まとめ役の後ろにある扉が勢いよく開いた。
「大変です、お客さんの車がパンクしてます!」
「何、どういうことだ!」
駆け込んできた若者はまとめ役に促されて話し始めた。
「サテライトの入り口に停まっていた車2台のタイヤが、どれもパンクしてるんです! バイクは暴走を始めて、どこかに走って行ってしまいました……!」
雷電スーツのバイザーに“Emergency automatic moving”の文字が表示されている。レンジは思わずつぶやいた。
「おや、こいつは……?」
「雷電、サンダーイーグルは自動操縦になってるな?」
報告に来た若者は、顔にラベルが貼られているかのように、変わらずにおびえた表情を浮かべていた。タチバナは村人たちから視線を外さずにレンジに尋ねた。
「そうみたいですね」
「よし、サンダーイーグルをこの店に突っ込ませろ」
「……はあ?」
メカヘッドとゲンは戸惑いながらもタチバナとレンジのやり取りを見守っている。村人たちーーまとめ役と、店主、若者は無表情で見ていた。人間として振る舞う機能を停止させたオートマトンのような、あるいは蝋人形のような立ち姿だった。
「壁をぶち抜くんだ、いいから、早くバイクを呼べ!」
(続)