ヒートウェイブ オン ダイアモンド;14
「あなたが傭兵でも殺し屋でも、どちらでもいいんですけどね。調書には“自称・自営業”って書くだけですから」
マジカルハート・マギフラワーはにこやかに言う。サイバネ傭兵に向けた銃口は、決して外さずに。
「それで、見ていたんでしょう? ナゴヤ・セキュリティズの選手が怪しい男たちに襲われかけたのを。……もう一度訊きます。あの連中を手引きしたのは、あなた?」
「何の事だ」
サイバネ傭兵は銃口を警戒しながら、ぶっきらぼうに返す。わずかに身じろぎして射線をずらしたことに気付き、マギフラワーは杖を構え直した。
「この“選手コロニー”には、大会関係者しか入れないはず。あなたも、どこかのチームの関係者なのでしょう? そして、ナゴヤ・セキュリティズの妨害をするために、不審者たちを選手にけしかけた……」
「さてな」
サイバネ傭兵は「フン」と人工声帯を鳴らすと、魔法少女の問いかけをあっさりと切り捨てた。
「それで、納得するとでも……!」
「少なくとも、あの連中は私の手の者じゃない。保安局の取り調べでも、私のことは話題にもあがらんはずだ。……貴様の暴れっぷりとは違って、な? 自称・魔法少女」
「こんなの、非殺傷です! 神経に死ぬほど痛みを感じさせるだけ……ちょっと、話を逸らさないで! だったらなんで、あんなところにいたの?」
マギフラワーは杖を突きつけながら、じり、とサイバネ傭兵に迫る。
「あなたが傭兵なのか殺し屋なのか、私にとってはどうでもいい。あなたが行く先々で血なまぐさい事件を引き起こしてきたことを知っているから。仕事の為なら、何だってすることもね。……答えなさい。これは、保安局の取り調べではない」
イクシスは「フン!」と短く声を漏らすと、大儀そうに肩をすくめた。
「どう思われようと仕方ない。あの連中とは、全く無関係なんだからな」
「だからそれが、信用できないって……!」
「私はただ、セキュリティズの選手たちを襲おうと話し合っていた連中の近くで、あの二人が練習場に行ったことをつぶやいただけだが?」
とんでもないことを言い放つサイバネ傭兵に、魔法少女は目を丸くした。
「関係ないわけないじゃない! こんな事になったのって、あんたの
イクシスが魔法少女に向かって、大きく踏み込んだ。怒鳴りかけたマジカルハートが固まりついた隙に、杖を持つ手を捻り上げる。
「ぐっ……!」
「貴様のスーツが太陽光充電で動いていることは知っているぞ、マジカルハート・マギフラワー」
ぐいと顔を近づけ、“X”と“Y”の形に亀裂が入ったセンサー・アイを輝かせながら、イクシスが告げる。
「先ほどまで、コードを伸ばして給電していたのだろう? そして、もう既に充電は尽きかけている……違うか?」
マギフラワーは答えなかった。歯を食いしばり、金銀妖瞳を光らせながら睨み返している。サイバネ傭兵は「フン」と人口声帯を鳴らした。相手の態度など、どうでもいいと言わんばかりに。
「まあ、いい。だがな、憶えておけ。私は仕事を絶対に失敗しない。もしターゲットを襲うにしても、あんな連中を使うつもりはない。それと言っておくが、今回は貴様が言うところの“血なまぐさい”マネをするつもりはない。……私も一応、選手だからな」
「えっ、ちょっと待って、どういう……?」
想定外の発言に戸惑うマギフラワーの目の前でイクシスの左腕が爆ぜ、黒い煙がもうもうと立ち込めた。……義腕に仕込んでいた発煙筒を炸裂させたのだ。
「きゃあ!」
至近距離の黒煙に、思わずたじろぐ魔法少女。煙が晴れた時には、サイバネ傭兵の姿は夜闇に溶けるように消え去っていた。
「ああ、もう、逃しちゃった!」
「おおい、マギフラワー!」
可愛らしい声が、魔法少女の名前を呼んでいる。マギフラワーが振り返ると、オレンジ色の丸いモノがボールのように弾みながら近づいてくるのが見えた。
魔法少女のドレスが、光の粒になって弾けて消える。ナノマシン式のパワードスーツを脱ぎ捨てると、スーツ姿の女性……ナゴヤ・セントラル保安局所属の巡回判事・滝アマネが暗闇の中に立っていた。
丸いモノ……ぬいぐるみ型のドローンがアマネの足元にたどり着き、ころりと転がった。
「ようやく追いついたぁ! 勝手に先行されちゃ困るよ。もう、エネルギーもほとんど残ってなかったんだから! どれだけ危ない事をしてるのか、わかってる?」
「わかってる。相手が殺る気じゃなくて助かったわ。……取り逃がしちゃったけど」
アマネはそう言うと、可愛らしい人工音声でまくしたてるぬいぐるみドローンをひょいと拾って抱え上げた。ドローンは巡回判事の腕の中でもぞもぞと動く。
「なら、いいんだけどさぁ」
「……それより、あいつの話、聞いてた?」
「君たちのやり取りは聞いてたよ。あいつがマジカルハートのドレスのことをよく分かっていたのが、よかったのか悪かったのか……」
「それもそうだけど……」
アマネは納得がいっていない風に頬を膨らませ、口を尖らせる。
「そんな事より、もっと意外な事があったじゃない!」
「意外?」
「あのサイバネの殺し屋が、女だったって事!」
周囲に人気がないのをいいことに、声を張り上げるアマネ。ぬいぐるみはぴょんと跳ねると巡回判事の腕を抜け出し、タイルが貼られた路面に2、3回跳ねた。
「なんだ、そんな事かぁ」
「何だとは何でしょ!」
「考えてみてよ、ヤツの生身の身体は、もう脳みそくらいしか残ってないんだ。そんな相手が男か女かなんて、議論するのも怪しいもんだよ。そこまで気にする必要もないって!」
「うーん……」
巡回判事は納得いかないように唸る。ぬいぐるみドローンはアマネの視線に届くように、大きく数回跳ねた。
「それより! あいつが選手として“セントラル・ダービー”に出てるってことの方が気がかりだ。危険なことはしないって言ってたけど、何をするかわからない。これからも“セキュリティズ”の皆のことをよろしく頼むよ、“マギフラワー”」
「わかってる。それと……」
マジカルハート・マギフラワー……に変身する巡回判事・滝アマネは、バウンドを続けるぬいぐるみドローンをむんずと掴んだ。
「今は“滝アマネ”だからね、“マダラ”?」
「このドローンを操作している時には、“ドット”って呼んでよ……むぎゅ! むぎゅう!」
粘土球のように捏ねくり回され、ぬいぐるみドローンは可愛らしい声で悲鳴を漏らす。
数回捏ねられ、解放されると、ドローンは力なくアマネの足元に転がった。
「ふみゅう……とにかく、ヤツが油断できない相手なのは間違いない。大会が終わるまで、頑張って警戒を続けて欲しい」
「わかった。それが、今回の私たちの仕事だものね。アオちゃんを邪魔させるわけにはいかないし、任せてよ」
「ありがとう。兄として、感謝するよ……わあっ!」
アマネはぬいぐるみドローンの尻尾を掴むと、本体をぶらぶらとぶら下げながら持ち上げた。
「さあて、いい汗もヤな汗もたっぷりかいたし、私も帰ってシャワー浴びなきゃ!」
「ちょっとアマネ、尻尾を掴んで持ち上げないでくれよ! 千切れちゃう、千切れちゃうから!」
「嫌だぁ! 土と葉っぱがくっついて、何かバッチイんだもん。帰ったらしっかり、洗濯機で洗ってあげるからね!」
荒っぽくぬいぐるみをはたくアマネ。ドローンの丸いボディから土煙が舞い上がった。
「やめて、放して! このドローンは、水洗いは想定していないの! 汚れはバイオマス・ナノマシンが分解してくれるから大丈夫なんだって! ……ねえ、ちょっと、アマネ! アマネってば!」
アマネはゆらゆら動き続けるぬいぐるみドローンを片手にぶら下げる。そして必死に懇願するマダラの声にも構わず、鼻歌混じりで夜道を歩き始めた。
(続)