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ヒートウェイブ オン ダイアモンド;12

「私が? アオさんのこと? ……あはは!」


 ソラは目を見開いて、キヨノの話を聞いていた。間の抜けた声で訊き返した後、黄色い声をあげて笑う。


「急にどうしたの? ヤエみたいなこと言って! でも、悪いけど私には女の子を好きになる趣味は……」


「ソラ、誤魔化さないで」


 キヨノが短く、鋭い声を投げる。それまで両目を泳がせながらしゃべり続けていたソラは、ぎくりとして固まった。


「チームメイトだから、波風を立てたくないのはわかる。でも、試合の時も、さっきも、考え込んでるみたいな、怖い顔をしてたよ。自分でもわかるでしょう?」


「それは……」


 赤池ソラは言葉を区切って立ち止まると、目の前の地面に視線をさまよわせる。キヨノも一緒に、足元に視線を落とした。防犯灯の青い光に照らされて心細そうな薄い影が二つ、横に並んで伸びていた。無言。


 固まった空気に耐えられなくなったキヨノが口を開く。


「アオさんがミュータントだから、思うところがあるのはわかる。ピッチャーのポジションだって、もともとソラがずっとやってきたんだものね。だから……」


「はい、はい! キヨノの言う通り!」


 ソラは“お手上げ”といわんばかりに両手を上げてみせた。


「これまでやり合ってきたミュータントと、いきなり同じチームで闘えって言われて、どうしたらいいか分かんないよ! ピッチャーのポジションだって、簡単に取られちゃうしさ、キヨノの言う通りよ!」


 並木道の向こうまで届くような声量でソラが返す。他の選手たちがすっかり寝静まった時間になっていたのは幸いだった。やけくそ気味に内心を吐きだした後、ソラは深くため息をつく。


「分かってはいるよ、アオさんはナゴヤの人じゃないし、そもそも、ミュータントがみんな悪い人なわけじゃないことも。ピッチャーの事だって、あんな球を見せられたら文句なんて言えないわ! 巡回判事さんが言った通り、アオさんのピッチングのおかげで勝てるようになったのは事実だし……だから、こうやってゴチャゴチャしてるのはよくないって、分かってる、つもり」


「でも、それだけ思っていることを我慢して言わないのも、セイシン的によくないよ、きっと」


 静かに話を聞いていたキヨノが返すと、ソラは顔を上げてキヨノを見た。思いつめていた表情は、ずいぶんほぐれていた。


「ありがとう。……それと、さ、もう一つ思っていることがあるんだ」


「うん」


「今日の試合、私も、キヨノも、ヤエも頑張ったと思うよ? でも、アオさんのピッチングがなかったら、勝てなかったわけじゃない……?」


 不安なような、自信がなさそうな声で、つらつらと話し始めるソラ。キヨノは「うん、うん……」と相槌を打ちながら話を聞いていた。


「それで……やっぱり、一番盛り上がるはずの場面は、アオさんが最後の打者を打ち取ったところだと思う。でも……」


「そんなでも、なかったね。お客さんたち、さっさと帰っちゃったし……」


 キヨノが同意して言うと、ソラはホッとした表情で頷く。


「うん、そうだよね! ひとつ前の回で、ヤエが満塁の“葬走”を打った時の方が盛り上がったもの。そりゃあ、あの場面は確かに盛り上がったけど……でも、アオさんが投げてる時の方が、全体的にお客さんの反応が悪かった気がする。やっぱり、ミュータントだから?」


 確信を得るにつれて強まっていく語調。キヨノは黙って、ソラの話を聞いていた。


「ミュータントだからって、あれだけの活躍をしたのに、あんな空気に晒されるだなんて……!」


 拳を握りしめ、唸るように声を漏らすソラ。自らの感情がひどく高ぶっていることに気付くと、ハッとして言葉を区切る。握っていた拳を解くと、「ふう……」と大きく息を吐き出した。


「ごめん」


「いいよ。……落ち着いた?」


「うん」


 呼吸を整えると、赤池ソラは頭上を見上げた。雲も月もない真っ黒な夜空に星影が散らされ、波に洗われる砂粒のように瞬いている。


「ミュータントだからって、あんな扱いを受けるアオさんを見て、凄くショックだった。……でも、私だって、ミュータントと普通の人を、隔たりなく平等に、見ることができてるわけじゃない。……あの観客たちは、私だ」


「自分を客観視できるって、それがどれだけ“良くない自分”でも、大事だと思う。……私だって、ミュータントに偏見がない、わけじゃない」


 ソラはキヨノの言葉を聞き、意外そうに目を見開く。


「キヨノも?」


「これまで出会ってきたミュータントは“明けの明星”の構成員ばっかりだったし、ナゴヤの町ではずっと、普通の人とミュータントたちが抗争を続けてきたんだもの。私も、ミュータントには緊張してしまうし、偏見もある……他の子も、皆多かれ少なかれ、そういう気持ちがあるんじゃない? ヤエは、ちょっと分からないけど」


「そうね、ヤエは気にしてなさそう。大物だもんなあ、あの子……」


 そう言って笑うソラ。キヨノも一緒に、クスクスと笑った。


「ありがとう、キヨノ」


「どういたしまして。リーダーのメンタルケアも、チームメイトの役目だから」


「言ったなぁ、もう……!」


 キヨノの軽口に、頬を膨らませてみせるソラ。しかしすぐに噴きだして、顔をほころばせた。


「ふふっ! でも……そうね、色々話して、ちょっと気持ちが落ち着いた。グチャグチャ考えちゃうのは変わらないし、全てのミュータントと、いきなり仲良くできるわけじゃない、けど……それとは別に、アオさんと一緒に頑張りたいって気持ちが、自分にあることもわかったから」


「うん。それは、私も同じ」


 頷くキヨノ。二人で微笑み合っているとひやりとした秋風が吹き抜け、二人の身体を撫でていった。ソラはぶるりと身震いする。


「さむっ! やっぱり、夜は冷えるね」


「随分遅くなっちゃったからね。早く帰らないと」


 言いかけながら足元に視線を向けたキヨノは、地を這う人影が増えている事に気付く。


「ソラ、周りに誰かいる!」


 二人は咄嗟に背を向け合い、周囲を見回した。並木道の両側から、道を塞ぐように広がって歩いてくる、複数の人影。


 目出し帽で顔を隠し、腰には何か仕込んでいるような、不自然に膨らんだ荷物を提げていた。……特殊警棒の類か。偶然通りかかった一般人なんかで、あるはずがなかった。

 ソラが吼える。


「なんですか、あなた達は!」


 覆面の男たちは名乗らない。二人を包囲するように並ぶとクツクツと笑う声を漏らしながら、ゆっくりと包囲網を狭めていった。


「ちょっと! 逮捕しますよ!」


「何言ってんだ、管轄外だろうが!」


「そうだ、あんたらはお巡りでもなんでもない! ただの女だ、オンナ!」


「ははは! そう思ったら、なかなかカワイイ顔してんじゃねえか……!」


 男たちは口々に言うと、下品な声で笑う。


「ソラ、あいつらの言う通りよ。悔しいけど」


 キヨノが小さい声で言うと、ソラはギリリと歯を食いしばった。


「仕方ないけど……腹立つな、クソ!」


 男たちはソラとキヨノを取り囲み、まじまじと見つめている。


「あのタッパと胸のデケエ女はいないのか……まあいい」


「俺、あの眼鏡女がいい! 眼鏡ごと、思いっきり汚してやるんだ!」


「おれは気がキツそうな、あの女だ! ヒイヒイ言わせてやる……!」


「順番だからな、順番! ……ヒヒヒ!」


 目出し帽越しにも分かる、血走った目、粘ついた視線。


 キヨノはすっかり青ざめている。ソラも吐き気を催すような嫌悪感と恐怖に襲われていたが、両脚を踏ん張ってこらえた。


「ゲスどもが、調子に乗りやがって!」


 四方を睨みつけながら、ソラが“トライシグナル”のパワーアシスト・スーツ装着装置に手をかける。キヨノが慌ててソラを抑えた。


「待って!」


「何でよ!」


「“パワーアシスト・スーツやサイバネ装備で、他者に危害を加えてはならない”……!」


 それは“セントラル・ダービー”の参加規則。都市間対抗競技会を、都市間対抗紛争にしないための、“選手コロニー”における絶対の法である。


「そんな! 正当防衛でしょう、これは!」


「正当性があるかどうかは、後から裁判で決まる。でも、参加規則に反するかどうかは、この場ですぐに決まる……!」


 悔しさをにじませながら、唸るような声を絞り出すキヨノ。取り囲む男たちは、心底楽しそうに笑い声をあげた。


(続)

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