ヒートウェイブ オン ダイアモンド;11
「レンジさん! ……それに、兄さんも!」
応援していた2人に気付いて、アオは思わず大きな声をあげる。そして大きな手を振りながら、観客席に向かって駆けていった。
レンジとマダラも座席から立ち上がると、ほとんど無人になった座席の間を抜け、階段を降りていく。
「二人とも、応援してくれてありがとう!」
「お疲れ様、アオ。凄い球だったよ」
「お兄ちゃんはオマケかよぉ! ……まあ、仕方ないかあ。頑張ったな、アオ」
「兄さんなんだもの、当たり前ですっ! でも……ふふっ、ありがとう」
すっぱりとマダラの言葉を切り捨てた後、笑顔で2人に返すアオ。
「待ってよう、アオちゃーん! ……あっ! 応援ありがとうございましたっ!」
パワーアシスト・スーツを解除したヤエがアオに追いつくと、観客席にいた2人に深々と頭を下げ……ひょいと顔を上げてアオを見やる。
「で! さあ、アオちゃん、カレシさんはどっちなの? ライダースーツのイケメンか、オレンジ色のカワイイ子か……」
「ちょっと! ヤエちゃんったら! レンジさんはそういうわけじゃなくって……!」
頬を赤く染めて両手を振り回すアオと、ニヤニヤしているヤエ。頭上で機械仕掛けの小鳥がぴりり、ぴりりと囀りながら輪を描いて飛んでいる。
「ええと……」
レンジは頭を掻いて、隣に立っているマダラを見やった。……ムスッとした顔で何やら言いたそうに口をもごもごさせていたが、とうとう口は開かず、困ったようにレンジに視線を向ける。
「同僚ですよ」
「そうそう、ただの同僚だから……!」
「ふーん、まあ、それだったらこれ以上突っ込むのはやめとこっかなあ……」
レンジの答えを、慌てて肯定するアオ。ヤエは口を尖らせ、何やら言いたそうな目つきではあったが、ひとまずアオとレンジへの追及を引っ込めた。
「じゃあ、じゃあ! そっちのカワイイ男の子を紹介してよ! アオちゃんのお兄さんなんだよね?」
「紹介するのはいいですけど……」
チラリと兄を見やる妹。マダラは愛想笑いしながら頭を掻いた。
「ごめんね、彼女いるんだ、オレ」
「そっかー! やっぱイケメンには大体カノジョさんいるよねぇ~! 残念!」
あっけらかんと叫ぶヤエ。けれども、残念がっているのは本心のようだった。思いがけない反応に、マダラは目を丸くしている。
「珍しいなぁ、ミュータント相手に」
「えーっ、でも、あたしのイケメンセンサーがビンビン反応してるんだもん! ミュータントかどうかは関係ないかな、って。……あっ、もしかしてやっぱり、脈アリな感じ?」
ヤエが獲物を前にした牙山猫のように目を輝かせると、マダラは慌てて手を振った。
「だから、ナシだって! ……でも、ありがとうな。君みたいな子が、妹と仲良くしてくれて」
「はいっ! えへへ……」
すっぱり断った後、柔らかく微笑むマダラ。うれしそうに笑うヤエ。
「おねーさん、次の試合もアオちゃんと一緒に頑張っちゃうんだから!」
「あの、ヤエちゃん……マダラ兄さんは、あなたより年上だから」
「えーっ! こんなカワイイ顔してるのに?」
目を丸くするヤエ。マダラは面白そうに笑っている。
「25です」
「……ごめんなさーい!」
「いや、いいんだ。幼く見られるのはよくあることだし。……でも、そんな事言ってくるのは大体ミュータントの子なんだよね。君ホントにミュータントじゃないの……?」
アオとレンジが目の前で繰り広げられるやり取りに顔を見合わせ、小さく笑い合っていると、
ぴっ。
頭上を舞っているナイチンゲールが、鋭く短く鳴いた。
「どうしたんだ、ナ……」
言いかけたレンジが、ドーム競技場の中を見回した姿勢のまま固まる。
視線の先、外野席の最も奥。神殿のように立ち並ぶ太い列柱の影に、黒い人影が覗いている。
こちらを見ている。あの気配、そして”X”と”Y”の形に、赤く輝く両目……間違いない!
「奴め、今度は何を……!」
「おおーい、レンジ! レンジ君!」
因縁のサイバネ傭兵めがけて駆け出そうとしたレンジの背中に、切羽詰まった声が飛んできた。観客席の階段を大慌てで飛び降りてきたのは……機械部品を頭に被った、スーツ姿の男だった。
「メカヘッド先輩、どうしたんです?」
「試合、終わっちゃいましたよ。今までどこ行ってたんですか?」
マダラが白い目を向ける。観客席の最下段まで走り込んだ機械頭の男は、ぜいぜいと息を切らせながらも顔を上げた。
「ふう、ふう、このトシになると全力ダッシュはキツイ……ああ、うん、ちょっとVIP席に呼ばれてしまってね。もちろん、アオさんやセキュリティズの活躍は、しっかり見せてもらったとも! ……いや、君たちには悪いが、今はそれどころじゃないんだ。レンジ君、ついて来てくれないか!」
「俺がですか? いったいどうして……」
「なあに、ちょっとした厄介ごとだ。済まないが時間がない! 早く!」
「わかりました……あっ!」
レンジが再び外野席へと視線を向けた時には、黒い人影は消え去っていた。
「逃げられた……!」
「レンジ君、どうした?」
「いえ、何でもないです。行きましょう」
早々に走り出そうとしているメカヘッド。短く返して、階段を上りかけたレンジは、アオたちに向かって振り返った。
「……それじゃあ2人とも、次の試合も頑張って」
「はいっ!」
「はーい!」
「マダラも、俺の分も応援頼むよ。それと……」
レンジは声を落とした。
「ドームの中に、サイバネ野郎がいた。何をする気かわからんが、気をつけておいてくれ」
「……わかった。レンジも気をつけて」
緊急事態を察したマダラが静かに返す。レンジはうなずいて三人に小さく手を振り……先を行くメカヘッドの背中を追いかけて、観客席の階段を駆け上がっていった。
“ネオ・コーシエン・ドーム”に併設された選手専用区画、通称“選手コロニー”。宿舎だけでなく食堂、病院、練習施設、更にはサイバネやサイバーウェアの施術院まで併設した、まさに一つの“コロニー”と言っても過言ではないエリアだった。
“セントラル・ダービー”第一試合、“ナゴヤ・セキュリティズ”と“ツルガ・フリゲイツ”の試合が終わった日の、夜。消灯時間を過ぎて、通りはすっかり静まり返っていた。
防犯灯の青い光が銀色の建物を寒々しく照らす。その青い光に引き伸ばされた二つの薄い影が、ゆらゆらと揺れながらタイル張りの道を歩いていく。
「ごめんねキヨノ、試合の後だっていうのに、こんな時間まで練習につき合わせちゃって」
肩に担いだバットにミットをぶら下げて歩きながら、ナゴヤ・セキュリティズの一番打者、赤池ソラが言う。
「大丈夫。色々考えこんでるとき、ソラが体を動かさないと落ち着かないのは知ってるから」
隣を歩いていた二番打者の緑川キヨノは、ミットやボールが入ったバッグを抱えながら淡々と返した。
「いつも付き合ってるヤエは、今夜は疲れてるだろうし、たまにはね」
そう言いながら、口元で小さく微笑むキヨノ。チームメイトの表情を見やったソラは、安心したように「ふう」と息を漏らした。
「ありがとう」
「いいよ、デザートのプリンをおごってもらったし。それに……」
キヨノが立ち止まると、ソラも気付いて足を止めた。ちょっと浮世離れした青い街灯が、2人の顔をぼんやりと照らす。
「うん?」
「今は私の方が良かったんじゃない?」
「えっ、何のこと?」
視線を逸らしながら、少し上ずった声で返すソラ。
ほんとに、隠し事が苦手な子だなぁ……とキヨノは思う。色々なことを悩んで、抱え込むくせに。
小さく咳払いした後、相手を真っすぐ見つめながらキヨノは口を開いた。
「その……気になってるのって、アオさんの事でしょう?」
(続)