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ヒートウェイブ オン ダイアモンド;10

「『打ちました! ナゴヤの4番、黄島ヤエ! 凄い、ぐんぐん伸びていきます! どこまで行ってしまうのか!』」


 実況者が叫ぶ。観客たちは顔を上げ、ドームの屋根をなぞるように飛んでいく白球の行方を見守っていた。ボールは大きく弧を描き、吸いこまれるように観客席の中へと落ちていった。


「『伸びる、伸びる……入ったぁ!』」


 アナウンスの興奮した声。観客席から溢れる、どよめき混じりの歓声。


「『“葬走”! “葬走”です! 第一試合にして、早々に本大会初の“葬走”が出た! チャンスを掴んだのはナゴヤ・セキュリティズ、黄島ヤエ! 満員のネオ・コーシエン・ドームに大きなアーチをかけました!』」


 観客席から拍手が沸き起こる。散発的な手拍子の音は、セキュリティズの走者が一人、また一人と本塁に戻っていくうちに高まっていった。


 ヤエが悠々と場内を一周する時には、割れんばかりの拍手の雨が、ドームの中に降りそそいでいた。本塁を踏んだ後、そのままセキュリティズのブースに戻って来た4番打者を、先に戻っていたソラが出迎えた。


「すごいじゃん、ヤエ!」


 ハイタッチをしたヤエは「エヘヘ……」と照れ臭そうに笑う。


「すっごい変化球でびっくりしたけど、なんとか打てたよ~」


「ホント、二回もボールを見逃した時にはどうするのかと思った!」


「ごめんごめん、心配かけて」


 キヨノもヤエの隣に座り、模造麦茶のカップを手渡す。


「あれで、相手の変化球を見極めたんでしょう?」


「まあ、ねえ。確実に打ちたかったし、それに……」


 観客席から低く響くようなため息の声が一斉に漏れだし、ドーム球場内に充満した。三人娘はおしゃべりをやめる。


「『ナゴヤ・セキュリティズの5番、空振り三振に倒れました! ここでスリーアウト、苦しい局面でしたがツルガのサワタリ投手、仕事を終えました! 圧倒的不利な状況でいよいよ最終イニングとなりますが、ツルガは逆転できるのか! さあ、攻守交替です!』」


 守備に就くために、準備を始めるセキュリティズの選手たち。観客の多くはどちらのチームのサポーターでもなかったはずだが、今では誰もかれも、最終イニングの行方を見届けようと目を見開いている。興奮した声でまくし立てるアナウンスの声を聞きながら、ヤエはいたずらっぽく、ニヤッと笑った。


「それに、せっかくなら、粘ってから打ったほうが盛り上がるじゃない? それと、アオちゃんの球を捕る前に、なるべく長く休憩時間をかけたかったし……」


「“葬走”打つより、アオさんの球を捕る方がヘビーなんだ……まあ、そうなのかもしれないけど、よくやるわ」


「打席に立ってるのが休憩時間だなんて、肝が据わってるというか、なんというか……」


 ソラとキヨノが呆れかえっていると、三人分のミットを掴んだアマネがやって来た。


「三人とも、交代だよー! 最終イニング、気合い入れていこー!」


「あっ、ヤバい! 行こう、ソラちゃん、キヨノちゃん!」


「あの人、ベンチウォーマーなのに何であんなに張り切ってるんだろ……?」


「ソラ、巡回判事さんにそんな言い方は……」


 立ち上がり、すれ違いざまにキャッチャーミットを受け取ると、さっさとプロテクターを取りに行くヤエ。座席に留まっていたソラとキヨノが小声で言い合っていると、ユニフォーム姿の巡回判事がヌウっと顔を出した。


「言い方は、まあいいけど……聞こえてるよ~、2人とも?」


「えっ、えへへ、巡回判事サマ、それは、その……」


 しどろもどろになるソラと、固まりついているキヨノ。アマネは困ったように、小さく笑った。


「私は、それくらいじゃ気にしないけど……他の巡回判事には聞かれないようにしたほうがいいかもね」


「ひいいっ、ゴメンナサイ……!」


 冷や汗をかきながら慌てて謝るソラ。無言で頭を下げたまま動かないキヨノ。アマネは2人にミットを手渡した。


「2人が気にするのも無理はないと思うの。一番偉いポジションなのに、選手として何もやってないで、ベンチでふんぞり返ってるんだものね。でも、これにはちょっと事情があって……」


「……ミュータントの、あの子をチームに入れるためですか?」


「ちょっと、ソラ!」


 震えていたソラが、ポロリと言葉を漏らした。キヨノが顔色を変えて、ソラの腕を掴む。


「私たち、非ミュータントの人間だけじゃ、試合に勝てない、から……?」


「何言ってるのソラ! やめてよ……!」


 ぽつりぽつりと、しかし棘のある言葉を投げ続けるソラと、狼狽えるキヨノ。アマネは動じる素振りもなく、真正面からソラの言葉を受け止めていた。


「あら、事実じゃない」


 アマネは淡々と言い返す。


「あなた達のチームはパワーアシスト・スーツのおかげで打撃力は優れていても、守備が弱くて勝てなかった。でも、初心者の集まりだもの、それは当然のことだった。そこで、“誰も打てない球”を投げることができるアオが入ったことで、勝てるチームになることができた……違う?」


 逆上するでもなく嘲笑するでもなく、事実を淡々と語るアマネに、ソラは黙りこむ。


「セキュリティズの選手の皆さん、時間ですよ、早く守備に就いてください!」


 係員の声がブースの外から飛んでくる。アマネは慌てて顔を上げた。


「あっ、もうそんな時間! 2人とも、ほら、早く行かなきゃ!」


「は、はいっ! ソラ! ほら、しっかり!」


 目を伏せたままうつむいているソラの手を引きながら、慌てて立ち上がるキヨノ。アマネは2人に向けて声をかける。


「最後に一つだけ! 私は確かに、アオをこのチームに入れるために付き添いで入った、それは事実だけど、それだけじゃないの。詳しくは言えないけど、あなた達のためでもある。それは信じて欲しい……」


「セキュリティズの赤池ソラ選手! 緑川キヨノ選手!」


 再び係員が大声で呼びかける。


「ごめん、引き留め過ぎちゃった! それじゃあ、頑張って!」


「はい!」


「……はい」


 ブースの外に駆け出していくソラとキヨノ。


「見守る役目、っていうのも難しいなあ……」


 小さくなっていく2人の背中を見送りながら、アマネは一人ごちた。 私は、私たちが入るまでナゴヤのみんなが頑張って来たことも分かってるつもりだし、あなた達三人の打撃力が凄いのも、間違いないと思ってるよ。……頑張ってね、みんな。


 いよいよ始まった最終イニングは、しかし相変わらず音速を超えた剛速球によって打者がねじ伏せられ、淡々と過ぎていく。

 1人目、2人目……そして長いタイムの後、代打で打席に立った3人目がバットを振り抜き、審判が拳を突き出した。


「ストラーイク! アウトォ! ……ゲームセット!」


「『恐るべきパワーだ、アオ選手! 一度も出塁を許さないまま、フリゲイツの最終イニングを三者凡退に追いやった! これにて試合終了、11対0でナゴヤ・セキュリティズの完封勝利です!』」


 実況者が吼える。試合終了のサイレンがドーム競技場に鳴り響くと、観客たちがぞろぞろと席を立ち始めた。ピッチャーはぼんやりと、ピッチャーマウンドに立ち尽くしていた。

 フェイスガードを放り投げたヤエがアオに向かって、小躍りするようなステップで駆けてくる。


「やった! やったよアオちゃん! 完封だって! すごいよ!」


「うん、ありがとう」


 我に返ったアオが発するあっさりとした言葉に、ヤエは首を傾げた。


「あれ、あんまり嬉しくない感じ?」


「そういうわけじゃないけど……なんだか、あっという間に終わっちゃったから、実感がわかないというか」


 困ったように言うアオの顔を見ながら、ヤエはニヤニヤしている。


「あらあ、アオ先生ってば余裕ですなぁ~!」


「いや、その、ごめんなさい、調子に乗ってるつもりはないんだけど……」


「まあ、アオちゃんからしたら相当パワーを抑えた球だし、物足りなく思うのは仕方ないと思うよ、それに……」


 ヤエは客席を見回す。さっきまであれだけ熱心に観戦していたはずの観客たちは、あっという間に姿を消し始めていたのだった。


「お客さんの反応もパッとしないんだもん、一回戦でいきなり完封勝利! だっていうのにねぇ!」


「観客の人たちは、私たちのファンじゃない人の方が多いんだもの、仕方ないよ」


 口を尖らせて不満を漏らすヤエを、「まあ、まあ」となだめるアオ。いつの間にか、アオがフォローする側に回っていたのだった。


「それに、やっぱり投手がミュータントの私だったから」


「あっ、アオちゃんほら、あそこあそこ!」


 アオがつぶやこうとした言葉を打ち消すように、ヤエが叫ぶ。

 キャッチャーが指さした先には、客席から手を振る二人連れ……カエル頭の男と、ライダースーツジャケットの青年の姿があった。


(続)

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