ヒートウェイブ オン ダイアモンド;9
試合は終始、ナゴヤ・セキュリティズの優勢で進行していった。
パワーアシスト・スーツを着た三人……ソラ、キヨノ、ヤエが打っては走り、打席ごとに着実に得点を稼いでいく。守勢に回れば、アオが投げる音速越えの豪速球がツルガの打撃陣をねじ伏せた。
ツルガの投手陣も必死に食らいつく。パワーアシスト・スーツを持たない選手らを三振と凡打で確実にねじ伏せていったが、しかしナゴヤ・セキュリティズの優位を覆すことはできなかった。
そして迎えた、8回のウラ。先頭の8番打者は凡打、そして9番打者……アオはあっさりと三振に倒れた。
再び打順は戻る。1番の赤池ソラは、ツルガの投手の投球に漂い始めた疲れの色を見逃さなかった。制球が甘くなった球を確実に捉えて出塁すると、パワーアシスト・スーツの性能を活かした執拗なリードで投手を挑発する。2番、3番打者も投手と走者の牽制合戦に乗じて、次々と出塁した。
「タイム!」
ツルガ・フリゲイツの監督が手を挙げて試合の中断を申請すると、審判がそれに応じる。監督としばらく話し合った後、連投を重ねていた投手はピッチャーマウンドを去った。
スピーカーに音割れを起こしながら、興奮した声で実況者が吼える。
「『さあ、試合再開です! 盤面はツーアウト満塁! そしてバッターボックスに立つのは4番、黄島ヤエ! ここまでの3打席ではいずれもヒットを打っており、1番の赤池ソラ、3番の緑川キヨノに続いて、ツルガ・フリゲイツにとって、最も警戒すべき相手です! いや、警戒すべきは、ナゴヤ・セントラルが開発したパワードスーツの性能か! いずれにせよ、この打席が本試合のテンノウザンか! 目が離せません!』」
実況者が叫び続ける中、悠然と場内を歩いていくのは右腕と両目にサイバネティクス処置を施された選手だった。
「『ここでツルガ・フリゲイツはリリーフ……火消し役のサワタリ・スグリ選手が登板です! 両目と右腕をサイバネ化しているサワタリ選手は、精密無比なコントロールを活かして、普段は大型モンスター専門の銛打ちを担当しているとのこと!』」
義腕義眼の相手投手はピッチャーマウンドに立つと、サイバネ義手でボールの感触を確かめた後、ゴーグル型のサイバネ義眼ユニットを起動する。
収束された赤い光線がゴーグルから照射され、キャッチャーミットへと突き刺さった。ざわめく観客席。実況者はノリにノッて、ピッチャーのプロフィールを読み続けている。
「『しかし! 機能拡張した視覚センサと義肢のコントロールを精密にリンクするシステムは選手自身への負荷が大きく、長時間の稼働は難しいとのことです! 彼女は正に、ツルガ・フリゲイツにとっての切り札、最後の砦と言っていいでしょう! さあ、サワタリ選手はこの大勝負を、乗り切ることができるのか!』」
レーザー照準をキャッチャーミットに合わせながら、ピッチャーがボールを持つ手を振りかぶる。
「『サワタリ選手、第一球!』」
機械化した右腕から放たれた白球は、レーザー光線から大きく外れてストライクゾーンの遥か上に飛んでいく……かと思うとバッターの手前でがくりと落ち込み、キャッチャーミットに収まった。
バッターボックスの黄島ヤエはバットを構えたまま、ボールの軌道を目で追いかけていた。審判が拳を突き出しながら叫ぶ。
「ストライク!」
観客席から驚きの声があがる。やがて喝采に変わっていく観客たちの声を浴びながら、ツルガのサワタリ投手は小さく口角を持ち上げた。
「『なんという投球! なんというコントロール! 最後の砦はダテじゃない! それにしても、すさまじい変化球です! これも、最新のサイバネ技術の賜物でしょうか! いやあ、凄いもんですねえ!』」
ヘラヘラしながら、どこかヤケクソめいた調子で称賛する実況者。新たなヒーローの登場に浮足立つ観客たち。
マダラは静かにオペラグラスを取り出し、キャッチャーマウンドの周辺を見やった。サワタリ選手の右手に焦点を当てる。右手に収まったボールが、激しく不規則に回転しているのが見えた。
「おお! そうか、回転!」
「……なんの事だ?」
オペラグラスをのぞき込みながら、感心して声をあげるマダラ。既に2本目になったヤキトリ・ケバブをかじっていたレンジが、マダラの声に驚いて尋ねた。
「ツルガのピッチャーが投げる、変化球の秘密だよ。ほら」
マダラはオペラグラスをレンジに渡して言う。
「あの選手の右手、掌と指に、みっちりローラーが仕込んであるんだよ! よく見て」
言われるがままにオペラグラスをのぞき込むレンジ。
「……なるほど、すごい動きをしてるな」
「大した工夫だよね!」
オペラグラスを外した後もマダラはウキウキしながら、ピッチャーマウンドに立つツルガの投手を見つめている。
「あの人、本業は銛打ちをしてるって話だったし、銛を投げる時にコントロールをつけながら加速させるために、あれだけ沢山のローラーをサイバネに仕込んでるのかなあ? ……それにしたって、せっかくサイバネを活かした技なんだから、実況の人も、もっと詳しく説明すりゃあいいのになあ!」
「詳しく知らないんじゃないか? 仕方ないだろ、サイバネやパワードスーツをヤキューに取り入れたのは、今回が初めてみたいだし……」
ひとしきり感心した後、マダラは不満そうに口をモゴモゴと口を動かし始めた。レンジは肩をすくめて、オペラグラスをマダラに投げ返す。
「わっ!」
「それで、どうなんだ?」
「何が?」
「……ナゴヤの打者は、あのピッチャーの球を打てると思う?」
レンジの言葉に、マダラは少しぽかんとした後、楽しそうに笑った。
「レンジ、君ならどうだい?」
「いや、無理だろ」
「“ストライカー雷電”に変身してたら?」
「それなら、打てると思う。銃弾を見てから避けられるくらいだしなあ」
マダラは得意そうに胸を張った。
「そうさ! 旧文明のハイテクの粋を集めて、オレが作り上げた、“ストライカー雷電”スーツならね!」
「はい、はい……」
「あっ、話は、最後まで聞けよな! ……実は、あのナゴヤのパワーアシスト・スーツ、雷電スーツのコピーモデルなんだよ!」
得意顔でマダラが明かした機密情報に、レンジが目を見開く。
「……何だって? いいのか、そんな事?」
「大丈夫なんじゃない? リミッターもかけてるし……オリジナルモデルに使われてるような、旧文明の遺物は使えないから、そもそも雷電スーツほどのパワーとか拡張性がない、劣化コピー品だしね。でも、センサー類の精度はさすがセントラル保安局、オリジナルと大差はないよ」
マダラが語り続け、レンジが苦い顔で話を聞いている間にも、試合は続いていた。
第二球も、大きく湾曲する変化球がストライクゾーンに飛び込む。打者はバットを振らずに突っ立っていた。
「ストライク!」
審判が再び、拳を突き出して叫ぶ。
「『最終兵器が放つ強烈な変化球に、手も足も出ないか黄島ヤエ選手! いよいよツーストライク、交代までリーチがかかってしまったぞ! ここで得点を許さなければ、まだツルガにも活路は残っている! さあ、どうする? どうなってしまうのか!』」
煽るような実況者の声。観客たちは固唾を呑んで、大一番を見守っている。……呑気に駄弁り続けている、マダラとレンジ以外は。
「じゃあ何で、2回もボールを見送ったんだ?」
「あのねえレンジ、普通の人はパワーアシスト・スーツのおかげで飛んでくる銃弾が見えて、反応できる能力をいきなりもらったとしても、そんなにすぐに身体は動かないもんなの! 訓練がいるんだよ、何事にもさ!」
「そんなもんか……」
「そうだよ!」
心底不思議そうに言うレンジに、マダラはあきれ顔で返した。
「あの子にとって、一球目と二球目は様子見だったんじゃない? でも、もう見切っただろうし、次は必ず打つよ」
マダラが言い放った直後、ドーム競技場に金属質の乾いた音が響いた。
(続)