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ヒートウェイブ オン ダイアモンド;8

「『さあ、いよいよ始まります“セントラル・ダービー”第一戦、対戦カードは“ツルガ・フリゲイツ”対“ナゴヤ・セキュリティズ”! フリゲイツはツルガ・ポートを守る水兵たちを中心に結成されたチームです。“荒波とモンスターを相手に、鍛え上げたパワーが自慢です”とのこと! 海を守る女性たちの、活躍に期待です!』」


 実況者のアナウンスとともに、ツルガの一番打者が場内に現れた。すらりと伸びた細い両脚は鋭角的な金属質の装甲に覆われ、照明灯に照らされてギラリと光る。


「『一番打者、ハルミ選手は、今回の大会から参加可能になった“サイバネティクス枠”の選手です! 普段は両脚に潜水ユニットを装備し、ツルガ駐屯軍の潜水士を勤めているということです。今回は両脚を高出力のサイバネ義足に置き換え、俊足無比の一番打者として参戦! サイバネティクスの力を、我々に見せつけてくれるのか! 活躍に期待大!』」


 振り抜くバットが空を裂いて音を立てる。オーサカのチーム“レディ・ストライプス”の応援歌で盛り上がっていた観客たちは今やすっかり放歌をやめ、打撃準備をするサイバネ義足の選手に見入っていた。


「サイバネは、脚だけなんだな」


「走りに全振りしてるんだろ」


「スポーツ用サイバネって、どれだけスピード出るんだろうな」


「ストライプスには敵いやしないだろうけど、見物だな、これは!」


 観客席から、好き放題にざわめく声。ツルガの一番打者はどこ吹く風で素振りを終えると、バッターボックスに入った。


「『さあ、対するセキュリティズは地下積層都市ナゴヤのチーム! ナゴヤ保安局の捜査官が中心となって結成されたとのことで、こちらはパワーアシスト・スーツを着用した選手がエースを勤め、現在連戦連勝中とのこと! 今回の大会の優勝候補の一つです!』」


 実況者の声に、客席から一斉に飛び出すブーイング。セキュリティズの選手控えブースに一人残った“ベンチウォーマー”のアマネは、ブーイングの声を聞きながらニヤニヤ笑っていた。


 セキュリティズの柱は、それだけじゃない。ウチのもう一人のエースを見て、この観客たちがどんな反応をするか……楽しみね!


 場内アナウンスが塗りつぶされるほどのブーイングの中、実況者は変わらず声を張り上げていた。


「『サイバネ対パワーアシスト・スーツ、まさに今回の大会を象徴するような一戦が始まります! ピッチャーマウンドに立つのはセキュリティズの先発投手、アオ選手! アオ選手自身はパワーアシスト・スーツを着用しているわけではないということですが……えっ?』」


 実況者が戸惑い、言葉を区切る。観客たちも一斉にブーイングをやめていた。静かなドーム球場内に、ざわめく声が響く。


「なんだ、あのデッカイ両手……」


「顔、青くない?」


「でかいなあ、バケモンかよ……」


 場内スピーカーの向こうで、ごそごそと音がしている。「ちょっと、どういう事なの? あの選手はサイバネ……?」小声で何やら確認する声が漏れ聞こえた後、実況者が声を張り上げた。


「『失礼しました! 先発投手のアオ選手は大会初の、ミュータントの選手です。新人ながら抜群のボールスピードがアピールポイントとの事で、そのピッチングに期待が集まりますね!』」


 ピッチャーマウンドに立ったアオは、右手の指先で包み込むようにボールを握った。視線の先、キャッチャーボックスではシグナルイエローのパワードスーツを着た黄島ヤエがミットを構えている。

 客席では相変わらず、ミュータントであるアオへの戸惑いや嘲りの声が淀み、くすんだ有象無象となって漂っていた。いい気分はしない。でも、今は気にしない……


「頑張れ!」


「頑張れ、アオ!」


 アオの耳に、かすかに応援の声が届いた。マダラと、レンジの声だ! 声がした方向、2人が座っている座席に振り向くことはしなかったが、アオは小さく微笑む。心の中で礼を言うと、ボールを持つ手を振り構えた。


「『さあ、アオ選手、振りかぶって第一球……投げ


 実況者の声が途切れた。


 ひょい、と軽く投げた白球はアオの手から離れるや肉眼で捉えられぬまま、気が付くと轟くような破裂音とともに、キャッチャーミットに収まっていた。


 観客も静まり返っている。呆気にとられたような間と底知れぬ緊張感の中、ヤエが受け取ったボールをひょい、と投げ返した。


「……ス、ストライク!」


 主審が慌てて声をあげると、にわかにざわめき立つ観客席。実況者も我に返って、慌てて声を張り上げた。


「『こ、これは、どうなっているのでしょうか? ……おっと、ハイスピードカメラの映像が届いています。確認してみましょう』」


 ドーム競技場の壁面モニターに、アオの姿が大写しになった。スローモーションでボールを放つ……が、肝心のボールが捉えられぬまま、キャッチャーミットに収まっていた。


「おっと、ハイスピードカメラでも見えません! これはどうなっているんだ! ……もう少し、精度を上げてみましょう」


 再び、リプレイ再生される投球シーン。更に低速になったアオが、あくびの出るようなスピードでボールを投げる。しかし手から放たれたボールは高速で飛んでいき、途中で音速の壁をぶち破ってからキャッチャーミットに収まった。

 映像を見守っていた客たちがどよめく。


「『今、出ました! 先程の一投、気になるスピードは、1250キロ! ……1250? えっ、時速ですか、これ……?』」


 実況者が驚く声に、観客たちも叫び声をあげた。


 ヤキューが再開されると、アオは目にも留まらぬ豪速球で一番打者を見送り三振に追い込んだ。


「ストラーイク! ……アウトォ!」


 審判の叫び声。ショートに配置転換した赤池ソラは、ピッチャーマウンドに立つアオが、ゆるいモーションでボールを投げる後ろ姿を見つめていた。


 あんなふざけた投球フォームで、あんなとんでもない球を投げられるだなんて。


 保安局の医療センターで検査を受けた結果、彼女の剛速球の秘密が明らかになった。それはミュータント故の、特殊な筋繊維にある。変異した筋繊維は極めて強靭で猛烈なパワーを出すことができる上、極めて柔軟で頑丈である。通常の人体では、球速を上げ続けることに関節が耐えられない。しかしアオの特殊な筋繊維から形成された腱はその反動すらも吸収し、常軌を逸した超音速の投球を可能にしたのだ。


 悔しいけれども、チームのピッチャーは彼女しかいない。そして、彼女は全力を出して投げることもできない。キャッチャーへの負担が大きすぎるから。でも、もし、彼女が本気の全力でボールを投げたら……どうなってしまうのだろうか。それを是非、この目で見てみたい気持ちも、ある。


 1球投げるごとに空気が震え、客席がどよめく。その反応と対照的に、試合は機械的ともいえる単調さで進んでいった。


「ストライク! ストライク! ……ストラーイク! アウト! チェンジ!」


 主審が大声で叫ぶ声も、見えないボールを捉えようとひたすら集中していたソラの耳には、右から左に通り過ぎていった。

 “セキュリティズ”の選手がぞろぞろと控えブースに引っ込んでいき、代わりに“フリゲイツ”の選手が守備位置に散らばっていく。


「シグナルレッド」


 選手たちの“流れ”の中に、一人取り残されていたソラに声をかけたのはシグナルブルー……緑川キヨノだった。ハッとして振り返るソラ。


「……ブルー」


「交代だよ、レッド。……大丈夫?」


「大丈夫、ちょっと考え事をしていただけだから」


 そう答えると、ソラはキヨノに並んで歩き始める。


「それなら、いいのだけれど」


「ありがとう、キヨノ。……さて、私たちもアオさんに負けずに、ガンガン点を取っていかないとね!」


 両手で握りこぶしを作って見せるソラ。キヨノは小さく笑う。


「私たちが闘う相手はフリゲイツなんだけど……でも、分かるわ。アオさんが一気に試合の主役になっちゃったんだもの。私たちも、負けてられないわね」


「うん、まあ、ね」


「おーい、2人とも! 早く戻っといでー!」


 そういうのとは、ちょっと違うんだけどなあ……。キヨノの言葉に歯切れ悪くソラが返していると、控えブースから大きな声が飛んでくる。

 2人が見やると、ブースの入り口付近で、模造麦茶のコップをチームメイトたちに配っていたアマネが大きく手を振っていた。ソラとキヨノを除いたナゴヤ側の選手は、既に全員ブースの中に戻っているのだった。


「あっ、ヤバ! 私が先頭じゃん!」


「行きましょう」


 ソラとキヨノは頷きあうと、ブースに向かって駆けだした。


(続)

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