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ヒートウェイブ オン ダイアモンド;5

 二つの円形防壁に守られた都市、オーサカ・セントラル・サイト。第一防壁の内側に広がる銀色の町……“セントラル・コア”は街灯に照らされ、夜闇の中で白く輝いていた。

 セントラル・コアの、更に中央区画。眠らない街の一等地に、そびえ立つビルの最上階。足元に散らばる光の粒を見下ろしながら、スーツ姿の男が「フフフ……」とほくそ笑む。


「夜遅くまで働かされているニンゲンを見下ろすのは、よほど気分がいいように見える」


 人工声帯による冷ややかな声が、男の背中に飛んでくる。


「あの光のうちどれくらいが、貴様に雇われた者たちなのだろうな? 部下が苦しんでいるのを見るのは、格別に愉しいのだろうな。私には想像もつかないことだが」


「それは心外だね。私はいつだって部下たちを大事に思っているとも! 彼らがこんな時間まで働かなければならないというのは胸が痛む。それでも身を粉にして働き、この町を支えている……その尊い努力に胸を打たれるんじゃないか」


「どうだか」


 突き返されるような、冷ややかな言葉。窓から夜景を見下ろしていた男はゆっくりと振り返った。応接室の中央に置かれたソファに視線を向けると、目を細めて笑う。


「君の方こそ、傭兵組合のスタッフから聞いていたよりも、ずいぶんよく喋るじゃないか。そんなにこの打合わせを楽しみにしていたとは、全くうれしい限りだよ、イクシス君」


「楽しそうに見えるのか、これが?」


 薄ら明るい応接室の中、ソファに座り込んでいる黒い塊……戦闘用サイバネティック全身義体をまとったイクシスが、不機嫌を隠そうともせずに言い返した。ヘッドパーツの両目が赤く光る。フェイス・ガードの装甲部がひび割れて裂け、眼光は“X”と“Y”の文字に見えた。

 スーツ姿の男は、芝居がかった身振りで両肩をすくめる。


「これは失礼した! 君は独立傭兵組合からの協力要請を無視し続けた結果、組合からのペナルティを受けるか、回されてくる仕事を受けるかの二択を迫られて、嫌々ながらも仕事を選んで、ここにやって来たんだったな! 自業自得だとはいえ、可哀そうな話じゃあないか!」


「……まだ、仕事を受けると決めたわけではない」


 全身義体の傭兵はむっつりと言い返した。相手の男は何も言わず、ニヤニヤ笑っている。


「一つや二つのペナルティなど、大した問題じゃない。それよりも契約の内容を知らないまま、仕事を受けるつもりはない。話を続けろ」


「やれやれ、そんな態度をとってばかりいるから、組合から睨まれているんじゃないかね? ……まあいい。では、仕事の内容を話そう」


 スーツ姿の男は、イクシスの正面にどかりと座り込んだ。


「この秋に開かれる“セントラル・ダービー”のことは知っているだろう?」


「いや、“ヤキュー”の大会だという事くらいしか」


 すげなく応えるイクシスに、クライアントは目を丸くした。


「そうなのかい? こんなに大々的に宣伝されてるってのに? 街中を歩いていれば、ポスターやチラシの一つや二つ、見かけるものだと思っていたがなあ」


「興味がない。何か問題でも?」


 天井を仰いだ顔を手で覆い、大げさな身振りで驚きを表現していた男は、「はあ」とため息をついてイクシスに向き直る。


「ああ、いや、大丈夫だ、問題ない。ただその、コマーシャルにそこまで効果がなかったことが分かって、がっかりしただけだ。気にしないでくれ。……本題に入ろう」


 もったいつけて「えへん!」と咳払いすると、クライアントの男は両手を開き、何かをこね回すように指を遊ばせながら話し始めた。


「我が“インスタント・オイシイ”社は“セントラル・ダービー”のスポンサーの一つであり、オーサカ・セントラル・サイトの代表チーム“オーサカ・レディ・ストライプス”のメイン・スポンサーでもある。つまり、今回の大会が無事に開かれ、オーサカ・チームの優勝で終わることを、誰よりも望んでいるわけだ。……ところが、だ」


 深くため息をつくと“インスタント・オイシイ”社の社長は立ち上がり、応接室の中をウロウロと歩き始めた。


「前回の優勝チームである、我らがストライプス以外に有力な優勝候補が現れたというのだよ! ナゴヤ・セントラルの代表チームだ! 飛んでいるトンビ・ドレイクを撃ち落とす勢いで勝ち星を重ねているらしい。……このごろでは、連覇は難しいんじゃないか、とさえ言われるようになってしまった」


 足元の夜景を見下ろしながら、ため息混じりでクライアントがぼやく。


「ヤキューはショーみたいなものなのだろう。強い相手がいたほうが盛り上がるのでは?」


 何気ない調子で返すイクシスに、苦々しい表情のクライアントが振り向いた。


「それでも、ストライプスが勝たなければ意味がないのだよ。広告の価値としてもそうだが、企業連合の中での我が社の立場という問題もある。他のスポンサー連中からの不満を抑えておくためにも、なんとしても優勝してもらわなければならん……」


「それで私に、ナゴヤ・セントラルのチームを排除させようというわけか。破壊工作か? それとも人か? 選手か、スタッフか……あるいは、その家族か?」


 のっぴきならない発言を聞いてとびあがらんばかりに驚くと、“インスタント・オイシイ”社の社長は慌ててイクシスの前に戻って来た。


「そんな、まさか! 我が社はまっとうな商売をやって、今の地位を築き上げてきたんだ! “ブラフマー”の世話になったことだって、一度もない! 排除だとか殺しだなんて、そんな恐ろしいこと……」


「恐ろしいこと」


 イクシスは目の前に座った男に、ずいと顔を近づける。表情のない、アイ・センサーの赤い光がクライアントの顔を照らして、薄暗い部屋の中に怯えた表情を浮かび上がらせた。


「残念ながら、それが私の仕事だ。……それとも私がどんな仕事をするニンゲンなのか、知らずに依頼したわけではあるまい?」


 社長は慌てて、首を素早く横に振る。まさか、自分が呼びつけた相手がとんでもない殺し屋だったとは知らず、すっかり怯えきっていたのだった。


「すまない、よく知らないんだ! ただ、組合からは、ちゃんと報酬を払えばきっちり仕事をこなす人だと……それで、我々が求めている条件に最もふさわしいのが貴方だったので、その……」


 サイバネ傭兵はめんどくさそうに「フン……」と人工声帯を鳴らすと、“インスタント・オイシイ社”の社長に迫っていた顔を引っ込めた。


「私に“カタギ”の仕事が務まるとは思えないが。それでは私に、何をさせるつもりだ?」


「ええ、そのですな……」


 “インスタント・オイシイ”社の社長は額に浮かんだ冷や汗を拭いた。そして深呼吸をするとイクシスの顔を正面から見据えて、ようやく口を開いた。


「貴方を、我がチームの助っ人選手としてスカウトしたいんです」


(続)

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