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ヒートウェイブ オン ダイアモンド;4

 巡回判事とは、保安局と“協力関係”にある各地を“巡回”してその地の保安官を監督し、時には保安局執行部のエージェントとして保安官に対して捜査権を行使し、必要に応じて保安官資格の是非を問う“判事”としての権限を有する、極めて独立性の高い捜査官である。


 職位の高さと職務の特殊性故、巡回判事は本来、保安局の職員にとっても雲の上の存在と言っても過言ではなかった。

 そんな地位にある相手が、自分たちとほぼ同年代で、しかも誰よりも勢いのよい、気さくなあいさつをしてくる……というインパクトに圧倒され、取り囲む選手たちはぱらぱらと拍手していた。


 はて、先ほどのギスギスした雰囲気は何だったのだろう……と思いながらソラも拍手していると、アマネがチラリとコスギに視線を向ける。


「それでは、もう一人の紹介をお願いしますね、コスギさん」


「はっ、はい! ええと、もう一人、合流する選手がですね……」


 コスギ室長が恐縮しながら「こちらに……」と声をかけると、室長の後ろに隠れるように立っていた人物が前に出る。


「えー、滝アマネ巡回判事殿に推薦いただき、チームに加わることになったアオさんです。皆も、仲良くするように……」


 無難な言葉を選ぼうとして、転入生を紹介する教師のような物言いになっているコスギ室長。ソラも、ヤエも、キヨノも呆気に取られて、目の前に立つ新人選手を見上げていた。


 そう、まずは背が高いのだ。ヤエも“女性としては”高い方ではあるが、目の前の新人選手はそれよりも尚高い。男性と同じくらいか、小柄な男性よりも高いくらいだろう。少なくとも、コスギ室長よりも高い。

 そして目を引くのは、オレンジ色の斑紋が散りばめられた、艶やかな青い肌。更に両手はキャッチャーミットをつけているのかと思うほど大きい。……彼女は一目でわかるほど、あからさまにミュータントだった。


「あの……」


 青肌の少女は口を開きかけたが、続く言葉を出せずに固まっている。

 選手たちから、一斉に向けられる視線は戸惑い、不安、そしてざらりとした、敵意を含んでいた。ミュータント率いる反政府組織と抗争を繰り広げてきたナゴヤ・セントラル保安局の捜査官たちにとって、ミュータントは無条件に、警戒の対象になってしまうのだった。

 ミュータントの娘は、アマネに視線を向けた。黙って頷く巡回判事の顔を見ると、青肌の少女は深呼吸した。そして再び、背筋を伸ばして口を開く。


「滝アマネ巡回判事の推薦でチームに加わります、アオです。ヤキューは初めてですが、よろしくお願いします」


 取り囲む選手が口々に漏らす声がざわめき、渦を巻きはじめた。すかさず、アマネが両手を叩く。


「はい、ちょっと待ってね、みんな!」


 巡回判事の一声に、黙り込む選手たち。アマネは皆を見回してから、話を続けた。


「アオさんを推薦したのは私で、間違いありません。皆さんのチーム……“セキュリティズ”のために、彼女の力が必要だと判断したからです」


 再び、ざわめき始める選手たち。ソラが人さし指を立てて、巡回判事に発言を求める。


「はい、そこの……ええと」


「広域管制室所属、特機係の赤池ソラ巡査です。質問が……」


 所属とか階級とかは言わなくて大丈夫よ、と困ったような笑顔で断りを入れてから、アマネは発言の続きを促した。


「ええと、それで質問っていうのは?」


「そちらの人は、ヤキューは初めてだという事ですが……お言葉ですけど、そんな人の力が必要、というのは、よくわかりません」


 真っ向から言い放つソラ。当然と言えば、当然だった。彼女にはハイテック・パワーアシスト・スーツを装備した自分たち“トライシグナル”がチームを引っ張って来た、という自負があったし……その自負は事実でもあった。

 実質的なキャプテンであるソラの言葉に同調して、周囲の選手たちから向けられる視線が刺々しさを増していく。

 滝アマネ巡回判事はひるむ素振りもみせず、選手たちからの視線を一身に浴びていた。いや、怯むどころではなかった。薄っすら口角を上げ、その表情は楽しそうですらある。


「あなたの気持ちはよくわかります。急に来た新人がそんなに持ち上げられたら、いい気持ちはしないものね。おまけに本人は自信なさそうだし」


「ごめんなさい……」


 申し訳なさそうにうつむくアオ。アマネは勢いよく、アオの背中を叩いた。


「ひゃあっ!」


「もう、しっかりしなよ! その為に練習してきたんだから、成果を見てもらって、納得してもらえばいいじゃない!」


 アマネは再び、選手たちに向き直る。


「……というわけで、今からアオさんにウデマエを披露してもらいます。この中に、キャッチャーの人はいる?」


「はーい、私ですっ!」


 戸惑いの雰囲気が未だに漂う中、空気を切りさくようにヤエが大きく手を上げた。


 吹き抜けになった青空から射しこむ陽射しが、ピッチャーマウンドに立つアオの足元に影を落とす。内野にも外野にも、守備に就く選手はいない。もちろん、バッターボックスにも相手打者の姿はない。

 防具を纏ったヤエが左手のキャッチャーミットを高く掲げて、アオに合図してみせた。


「いつでもいけるよ~」


 闘技場の壁際に設けられた選手用ブースに、残りの選手たちが集まっていた。最前列のベンチに、ソラがどかりと陣取っている。その隣にはキヨノ。


「ホントに、そんな凄い選手なのかなぁ、あの人」


 ピッチャーマウンドに白い目を向けながら、口を尖らせるソラ。「まあ、まあ……」となだめるキヨノも、納得はできていない様子だった。


「確かに、走り方も素人っぽいけど……」


 キヨノは遠慮がちに、反対側の席に座るアマネに視線を向ける。


「その、どうなんですか、スポーツの経験とか……」


「うん、見ての通り、スポーツの経験は全くないよ、彼女」


 サングラスをかけたアマネは事もなげに答えた。まるで自分がこのチームの監督か何かのように、腕組みをしながら悠然とピッチャーマウンドを見守っている。

 思わずソラが立ち上がり、キヨノの頭上から巡回判事を睨んだ。


「スポーツの経験もないって……! どういうことですか、一体?」


 アマネは動じない。ニヤリと笑って、闘技場を顎でさした。


「まあ、見ていなよ。……ほら、始まるから」


 ピッチャーマウンドに立つアオが、大きな手の指先で白球をつまみ上げた。真っ直ぐ、キャッチャーを見やる。


 ヤエがミットを構えて頷いたのを確かめると、アオはボールを構えた。そして


「えいっ」


 まるで丸めたチリ紙をゴミ箱に投げ込むように、腕をひょいと振り抜いた。


「何、あの投球フォーム! ……は?」


 思わず吹き出したソラ。しかし、あざ笑いながら漏らした声は、すぐに驚愕のため息に変わった。キヨノも、驚いて目を見開いている。ベンチのそこかしこから、戸惑いの声が漏れ出していた。

 中腰の姿勢のまま、後ずさりながらボールを受け止めたヤエも、自分自身を襲ったモノが何だったのかよくわからない様子だった。


「え、ええと……もう一球、もう一球、お願い!」


 ソラが声をあげると、アオは頷く。キャッチャーが投げ返したボールはゆるくカーブを描いて飛び、ピッチャーの左手に収まった。

 ピッチャーは再び、右手の指先でボールをつまむ。ヤエは勿論、ソラも、キヨノも、控えブースに詰めていた選手たち皆の視線が、アオに向けられていた。


 青肌のピッチャーが、再び腕を振り抜いた。白球が指先から放たれた……かと思うと、凄まじい破裂音を轟かせながらキャッチャーミットに収まっていた。


 強烈な加速がついたボールは大気の壁をぶち抜き、常人の目には捉えきれぬ速度で飛んでいったのだった。


 キャッチャーミットから、一筋の白い煙が立ちのぼった。ヤエがキャッチャーマスクを脱いで声を上げる。


「ちょっと、ちょっと休憩! 手がしびれちゃって、もう無理~!」


 ざわめく声を聞きながら、アマネは楽しそうに笑っている。


 いつもよくわからない悪だくみをして、ほくそ笑んでいるメカヘッド巡査曹長の気持ちも、今ならちょっとわかる気がする!


 口をパクパクさせていたソラが、ハッとしてアマネに食いついた。


「あああ、あの! アマネさん、今のは一体……?」


「すごいでしょ。あれが、アオの持ち球。彼女は確かにスポーツの経験もないし、運動神経がいいわけでもないけど……あの球が投げられるだけで充分、役に立ってくれると思わない?」


(続)

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