ヒートウェイブ オン ダイアモンド;3
ナゴヤ・セントラル保安局のヤキュー・チーム“セキュリティズ”が、スポーツ用サイバネ義肢を装着した選手たちによって構成される実業団チームに惨敗を喫してから、3週間。
我武者羅な練習試合のスケジュールを組んだセキュリティズは、数日おきに出撃してその度に敗戦を重ねる……という、出口の見えない泥沼のスランプに陥っていた。
「『打ったぁ!』」
昼下がりのツルマイ遺跡公園。目に見えて観客が減り、閑散とした円形闘技場の中に乾いた打球音が響いた。追いかけるように、場内放送のアナウンサーが叫ぶ。
「『本試合一発目の打球は、遥か東から街道を越えてやって来たアウェイ・チーム、“サイレント・フォークス”から! 4番打者が見事に役目を果たしました!』」
ピッチャーマウンドに立つシグナルレッドは振り返り、空を仰いだ。白い球がぐんぐんと頭上を飛んでいく。
「『フォークスは昨日、ナゴヤ入りしたばかりです。調整時間も充分ではなかったでしょうけれども、見事な打撃ですね! いかがですか、解説のドチアイさん?』」
「『あの4番は技術もさることながら、目がいいですね。ピッチャーのコントロールが鈍った球を、見事に撃ち抜きました』」
実況するアナウンサーと解説者のやり取りが、ピッチャーの頭上を通り過ぎていく。
わかってる! わかってる、あれは制球が甘かった。焦って投げた、まだ不慣れな変化球……打ってくれと言わんばかりの球だった。打たれて当然だ、あんな球……
アーチを描いて飛んでいった白球は観客席の手前に落ちた。野手たちが慌ててボールを追いかけ、第三ベースに投げ返した時には、走者は既に第二ベースを踏んで立ち止まっていた。
「『ああいった打者の怖いところは、“流れ”を作ることです。後に続く打者が打ちやすくなる、ベースに出やすくなるような……』」
解説者の言葉が、不吉な予言のようにシグナルレッドの耳に響く。頭に、肩に、重くのしかかってくる雑念を追い払うように首を振ると、ピッチャーは再び顔を上げた。
果たして、予言は事実となった。得意としていたカーブ・ボールも、速球のストレートも次々と後続の打者に打ち取られ、シグナルズは大量得点を許してしまったのだった。
パワーアシスト・スーツを装備した三人を中心に打者たちは奮起するものの、勢いの乗った相手打線を押し返すには至らなかった。9回を終えて、両チームの得点は5対9。ナゴヤ・セキュリティズは、連敗記録を7に更新した。
翌日。仕事上の上司であり、名目上の“セキュリティズ”の監督、保安局広域管制室のコスギ室長に呼び出された“セキュリティズ”の選手たちは、すっかり因縁の地と化したツルマイ遺跡公園の円形闘技場に集まっていた。
「何の用事かな? 今から特訓するとか?」
「やめてよぉ! 昨日、試合だったばっかじゃん!」
「でも、最近は全然勝ててないしさぁ、そろそろ何か、やらなきゃいけないんじゃ……」
ブースに集まった選手たちが、口々に言い合っている。にぎやかな黄色い声が響く中、ブースの奥に座り込んでいたシグナルレッド……赤池ソラは俯いて黙り込んでいた。皆がしゃべる声は耳から入ってくると、内容を理解することもなく意識の外に抜けていく。
勝てない理由は、色々ある……けど、何より大きいのはピッチャーだ。ヤキューをはじめたばかりの私には、打者を打ち取るための球を投げる技術なんてない。
だからせめて、パワーアシスト・スーツの力を使って速い球を投げれば、何とかなると思ってきたけど……いくら強化したって限界がある。“打てないほど速い球”なんて、投げられるわけがない。
私に、もっと巧い球を投げる技術があれば、もっと速い球を投げるパワーがあれば、“流れ”を相手に持っていかれることなんてなかったはず。でも、そんな技術なんて簡単に身につけられるわけじゃないし、パワーだって……パワー……
ソラの脳裡に、敵対する反政府組織のリーダー……にして、カレッジ時代の学友の顔が思い浮かんだ。細腕可憐な令嬢に見せかけて、パワーアシスト・スーツで武装した“トライシグナル”3人とをねじ伏せるほどの筋力を持った彼女なら、あるいは……
いや、何を考えているんだ私は! 相手はミュータントで、私たちの敵だぞ!
首を振り、自ら両頬を張る。模造麦茶のコップを持ってきた緑川キヨノが立ち止まり、ソラをじっと見つめていた。
「大丈夫……?」
「ああ、ごめんごめん! ちょっと、考え事をしていただけ……ありがとう」
模造麦茶のコップを受け取ると、ソラはぐいとあおってひと息に飲み干した。
「それなら、いいのだけれど」
「うん、平気平気!」
隣に腰かけ、心配そうな視線を向けるキヨノ。ソラは不安を跳ね返すように、両手で握りこぶしを作って見せる。
「そう……?」
「そう、そう! ……ところでヤエは?」
「ほら」
キヨノが指さした先には、周囲の騒がしさなどどこ吹く風で、ニコニコしながら大きなランチボックスを取り出している黄島ヤエの姿があった。
ソラは呆れたように、けれどもホッとしたように小さく笑う。
「タフだよね、あの子」
「考えすぎないことも、時には必要なことかもしれないわね」
ソラとキヨノが言い合っていると、闘技場内のスピーカーがアナウンスを鳴らす。いそいそとランチボックスを開き、取り出したハムレタスのサンドイッチにいよいよ食らいつこうとしていたヤエは、不意打ちに驚いてサンドイッチを取り落とした。
ぞろぞろと闘技場に向かう選手たち。ブースに取り残されたヤエは、足元に落ちるサンドイッチを、泣きそうな顔で見つめている。
「あらら」
「片付けるのを手伝いましょう。私たちも、早く室長のところに行かないと」
キヨノがそう言って立ち上がる。小さく笑って、ソラも続いた。
「終わったら、今日も喫茶店に付き合ってあげなきゃいけないかな」
「あの子の食べる量に合わせてたら、こっちの身がもたないわ。……ヤエ! 手伝ってあげるから、早く行きましょう!」
「キヨノちゃん、ソラちゃん!」
キヨノに声をかけられると、顔を上げたヤエは“ハ”の字に寄せていた眉をぱあっと広げて笑顔を見せた。
待機ブースの後片付けを終えたソラ、キリノ、ヤエは闘技場の中央にできた人だかりに向かった。
「すみません、遅くなりました!」
集まった選手たちの顔は妙に暗く、よそよそしい雰囲気が広がっている。異様な雰囲気に三人はちょっと怯んだが、ソラは真っ先に気を取り直し、室長めざして突っ込んでいく。ヤエとキリノも、その後に続いた。
「室長、ごめんなさい、遅くなりました!」
「ああ、トライシグナルの諸君。君たちで最後だな。それじゃあ、改めて紹介しよう……」
輪の中央に、コスギ室長が立っている。その後ろには、2つの人影が控えていた。コスギは「えへん」と咳払いすると胸を張り、真新しいユニフォームに身を包んだ2人を手で示す。
「今日から、我らが“セキュリティズ”に新たな選手が合流する。一人目は……」
「はい!」
女学生のように元気よく手を上げたのは、黒髪を後ろで束ねた女性だった。
「今日から参加します、滝アマネです! ヤキューをするのは初めてだけど精一杯頑張るから、みんな、よろしくね!」
楽しそうに言う女性。コスギ室長は「ごほん、ごほん!」と更にわざとらしく咳払いした。
「こちらの滝アマネ殿は、保安局執行部直属の巡回判事殿である。皆、同じチームの仲間ではあるが、決して粗相のないように!」
「あっ、ちょっと、コスギさん! そんな事言っちゃうと、みんな萎縮しちゃうでしょ!」
「いや、でも、アマネ殿、そのですね……」
歯切れ悪くモゴモゴと言うコスギ室長を押しのけるように、アマネが皆の前に立った。
「コスギ室長はああ言ったけど、階級のことは気にし過ぎないようにね! 私もまだまだ未熟者ですから、同じチームの仲間同士、一緒に頑張っていきましょう! ……改めて、これからよろしくね!」
(続)