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ヒートウェイブ オン ダイアモンド;2

 吹き抜けになった天井から覗く西陽が、円形闘技場に長い影を落とす。


 相手チームの選手が帰り、自軍の選手も一人、また一人と帰っていき……幾何学模様を描く白線に区切られた舞台に残った、人影が二つ。二人ともユニフォームとボディスーツを脱ぎ、私服に着替えていた。


 練習試合が終わって、どれ位経っただろうか。赤いボディスーツを着ていた少女……“シグナルレッド”こと赤池ソラは釘付けになったように突っ立って、無言でスコアボードを見上げていた。指先の色が変わるほど握りしめた拳が、細かく震えている。


「ソラちゃん……」


 ソラの隣で様子を見守っていた大柄な少女、“シグナルイエロー”こと黄島ヤエは、親友兼同僚に声をかけようとして呼びかけ、続きの言葉が絞り出せないまま黙りこむ……ことを繰り返していた。


 けれども、このままではダメだ。ソラちゃん、このままじゃずっと、落ち込んだままだ!


 彼女を、このまま放ったらかしにして帰るわけにはいかない。なんとか、励ます言葉がかけられないかなぁ。


 これじゃあ、晩御飯も何時になるのか……などと考えていると、ヤエの腹の虫が声を上げて呻く。静まり返った闘技場の中で、間の抜けた音をたてた。


「あ、あはは、えへへ。ええと、その……」


 顔を真っ赤にして、ばつが悪そうに笑うヤエ。ソラはぽかんとしてヤエを見た後、頬を膨らませた。


「ちょっと! もう……!」


「ごめんって! その、お腹空いちゃって……」


「ほんとに、いつもそうなんだから!」


 怒っていたはずのソラはすっかり馬鹿馬鹿しくなって、クスクスと笑っていた。ヤエも緊張がほぐれ、へらへらと笑っている。


「えへへ……」


「でも、ありがとう」


 ぼそりと言うと、ソラは再びスコアボードを見上げた。


「落ち込んでる場合じゃないって思えたし、それに……」


「それに?」


 ソラはヤエに向き直る。夕陽を浴びた両目が、琥珀色の煌めきを放っていた。


「“ヤキュー”が思っていたよりも楽しいって、わかったんだ。次は勝ちたい、もう負けたくないって、思ってる」


「ソラちゃん……!」


「室長に“ヤキューやれ”って言われた時には、面倒なことを押し付けられたなぁ……って思ってたけどね!」


「それは、私もだよお」


 照れたように、楽しそうに笑うソラ。ヤエも頷き、一緒になって笑った。


「そうと決まれば、作戦会議しよう! 近くに、大盛りのパスタを出す喫茶店があって~」


「あっ! ヤエったら、早くご飯食べたいだけなんじゃないの?」


「えっ! いやだなあ、そんなことないよ? えへへへ……」


 下心を見透かされて目を泳がせるヤエを、あきれ顔のソラが肘でつついていると、パタパタと走る足音が近づいてきた。


「ソラ、ヤエ!」


 眼鏡をかけた細身の少女……“シグナルブルー”こと緑川キヨノが、2人の名前を叫びながら駆け寄ってくる。


「キヨノ! ごめん、待たせちゃったでしょ?」


「キヨノちゃん、晩御飯のお店、決まったよ~!」


 闘技場の中央、ソラとヤエのそばまで走ってくると、キヨノはすっかり息を切らせながら返す。


「ソラ、そのことは大丈夫。……ヤエは、そうじゃない」


 白い目を向けられるが、ヤエは相変わらずへらへらと笑っている。


「えへへ、まあ、そうじゃないかと思ってた……」


「それで、何かあったの、キヨノ?」


「うん、室長から連絡が来てた。新しい選手を入れる、って!」


 数日後。ナゴヤ・セントラル・サイトの勢力圏内にあり、同地域の北方を守る城塞都市、カガミハラ・フォート・サイト。


 軍警察庁の、第4会議室。大した調度もなく、真っ白な壁ばかりが目立つ室内で、向かい合って座る二人の男。


「すみません、急に押し掛けたのを、ご親切に対応していただいて」


 額に浮かぶ汗を拭きながら頭を下げるのは、ナゴヤ・セントラル保安局、中央管制室のコスギ室長だった。


「はあ。まあ、私は大丈夫なんですがね。今は抱えている案件もないですし……」


 相対するのは、機械部品を頭に被り、表情の見えない男。カガミハラ軍警察の巡査曹長、通称“メカヘッド”。


「でも、いいんですか? こんな粗末なところで、私が話を聞いていて……せめて部長クラスの人間が応対しなければいけないんじゃ……?」


 メカヘッドは慇懃な物腰で尋ねる。彼は数々の悪だくみによって難事件を解決し、「信頼はできる、まったく信用できないが」との評価を受けながら万年巡査の地位に甘んじている不良刑事であったが、それでも最低限の世間体と社会性は持ち合わせていた。


「それが、その……」


 コスギ室長は言いづらそうにもごもごしながら、テーブルに置かれていたオシボリ・タオルで額をぬぐう。そして上目遣いで、目の前の機械頭を見やった。


「ちょっと、正規ルートには出せない話といいますか、メカヘッド巡査曹長に個人的に口利きを頼みたくてですね……」


「あっ、なんだ! そういうことですか!」


 メカヘッドは心得たとばかりに両手を打つと、「へへへ……」と露悪的な笑い声を漏らした。


「もう! 室長殿も人が悪いですねぇ。なんですか? どんな悪だくみを? 相手は保安局ですか? もしかしてナゴヤ政庁の案件? それともアレですか? “ブラフマー”がまた何かやらかしたとか……?」


「いやいやいやいやいや!」


 とんでもない事を次々と口に出すメカヘッドに、コスギ室長は慌てて首を横に振った。


「勘弁してくださいよ! そんなんじゃないですし! 誤解されたらどうするんですか!」


「ハハハ! この部屋は防音加工してますし、こんなことで誤解なんて、今さら、今さら! 誰も気にしてませんよ!」


「私の方は、気にするんですよ! ……失礼しました。それで、お願いというのはですね……」


 説明を受けたメカヘッドは、腕を組んで唸る。


「ふうむ、今年の大会に向けて、女子チーム“ヤキュー”の試合の助っ人を探している、と」


「そうなんです。それで……できれば“魔法少女マジカルハート”に入ってもらえるように、口利きをしてもらいたくて……」


 揉み手しながら、低姿勢で頼み込む室長。


「そう言われてもなあ。マジカルハートは善意の一般人であって、私の都合で簡単に動いてくれる相手ではないんですよねえ……」


「どうか、どうかお願いします! うちの選手たちも、これまでになくやる気になっているところなんです。是非、オーサカ・セントラルの本選に連れて行ってやりたくて……!」


 必死に頭を下げる室長。メカヘッドは「ううむ、むう……」と言いながら相手を見やった。


 この夏、数件の事件で関わり合いになったが、このコスギ室長は決して人柄が良いとはいえない。悪徳外道と言うほどの人物でもないけれども……


 部下を思いやるよりも自身のメンツとか、出世や保身……そういった諸々の物事を重んじる人物だというのが、メカヘッドの評だった。なので、今回の件もきっと、“ナゴヤ代表を本選に送り込み、あわよくば優勝させた立役者”としての栄誉が目当てなのだろう。


 それでももちろん、室長の態度は非難を受けるべきほどのものではない。だが……


 彼の願い通りに動く、というのも、ちょっと癪だな。


「……そうだ!」


 大きな声を上げたメカヘッドに、コスギ室長は驚いて毛を白黒させている。


「何ですか? 何か、いいアイデアが……?」


「ええ、ええ! 思いつきましたよ。味方になってくれるかもしれない、とても心強い人物が……」


 メカヘッドは愉しそうにクツクツと笑いを含みながら返す。


「誰ですか、それは? “マジカルハート”なんですよね……?」


「お楽しみにしておいてください。それと、先方に話を通さないといけないんでね、選手の紹介は、もう少し待っていてくださいね。ふふふ、ははは……!」


 とうとう声をあげて笑うメカヘッド。コスギ室長は相手の意地の悪さを思い出し、ぶるりと体を震わせるのだった。


(続)

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