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ヒートウェーブ オン ダイアモンド;1

 連続殺人事件が市街を騒がせ、サイト内有数の電子機器企業“イセワン重工”の不祥事が暴露され、更には企業連合によって内密に使われ続けていた旧文明の地下鉄道が発見されて……立て続けに事件に見舞われ、嵐のような夏が過ぎゆく地下積層都市ナゴヤ・セントラル・サイト。

 未だに陽射しは強い。けれども地下回廊に吹き下ろしていく風が孕む熱気は、ひところよりも和らいでいる。季節は少しずつ、秋に向かっていた。


 地表部近くに存在する、ツルマイ遺跡公園。旧文明の遺物が発見されて大騒ぎになったこの公園も、今やすっかり事件は過ぎ去り、静けさを取り戻していた。天井は吹き抜けになっており、地表から射す陽射しが、盛りの過ぎた青葉に降り注いでいる。

 そよ風が樹々を揺らす微かに囁く中、けたたましいサイレンが声を張り上げた。小鳥たちが一斉に枝から飛び立ち、円形闘技場の上を雲霞のように飛び惑っている。


「『間もなく、ナゴヤ・セキュリティズと、ハーヴェスト・インダストリーズの試合を開始いたします。両チーム関係者の皆さまは、それぞれのブース内に向かってください……』」


 闘技場の各所に仕込まれているスピーカーから、響き渡るアナウンス。それは、文明崩壊前から行われていた儀礼的戦闘的儀式“ヤキュー”の開戦を告げるものだった。


 聞きなれない言葉の響きに、戸惑う者も多いかもしれない。

 “ヤキュー”とは、10人前後で構成される二つのチームが白球を打って得点を得る、あるいは相手の打った球を掴み取って得点を防ぐ……という攻防を交互に繰り返し、得点の多寡を争う競技である。

 文明崩壊以前には各都市間が協定を結び、互いの勢力圏を奪い合うための“代理戦争”として、あるいは宗教的熱狂を慰撫するために行われる、ある種の祝祭として“ヤキュー”が用いられていたという。

 けれどもこの祝祭は、世界各地に吹き荒れた戦禍……文明を滅ぼし、人類の生存圏を焼き尽くした“最終戦争”によって中断された後、長い間忘れ去られていた。

 そして、幾年月。人類の生存圏が少しずつ安定し、各都市国家が各地のセントラル・サイトを中心とする緩やかな共同体を形成しはじめた状況を鑑みて、オーサカ・セントラル・サイト政庁の呼びかけにより、この野蛮かつ神聖な儀式が、現代に蘇ったのである。


 砂地が剥きだしになった場内の舞台には、それぞれ揃いの衣装を着た集団が2つ、それぞれに円陣を組んでいる。

 そのうちの一つ、白い衣装を着た集団から、威勢のいい声が飛び出した。


「皆、今日の試合も、気合い入れていくよ!」


 赤いボディスーツの上から白い衣装を着た娘が、皆に呼びかける。


「今回の相手は、これまでよりも強いらしいけど……私とブルーとイエローが、頑張って点を稼ぐから!」


 赤いボディスーツの小柄な選手が呼びかけると、黄色いボディスーツの大柄な選手が胸を張る。


「任せて~! 勝って、連勝記録を更新しよう!」


「今回の相手は、競技用にチューニングしたサイバネ義肢を身に着けている選手が多くいるチームだと聞きます。どんな動きをするのか、油断はできませんよ、レッド、イエロー」


 赤色と黄色が勇ましい声を上げる中、緑色のボディスーツを着た細身の選手は冷静な口調で言った。


「確かに、サイバネの選手とやり合うのは初めてだけど……私たちには、このパワーアシスト・スーツがあるんだから、そう簡単には負けないよ! セキュリティズ、ファイト!」


「オー!」


 赤いスーツの選手が呼びかけると、メンバーたちは声を合わせて応えた。




 結果から言えば、ナゴヤ・セキュリティズとハーヴェスト・インダストリーズとの練習試合は、ナゴヤの惨敗で終わった。


 パワーアシスト・スーツをまとった三人の打者は、強化された身体能力を充分に発揮してボールを打ち、走り、確実に得点をもぎ取っていった。しかし、後が続かない。

 サイバネ義肢によって加速された返球は、パワーアシストの恩恵を得ない選手を次々と討ち取っていく。それは、攻守が逆転した後も……

 機械化された肩が唸りを上げ、レッドの放つ速球にバットを食らいつかせる。序盤はまだ、そこまで打球が飛ぶことはなかった。けれども、これまで誰もバットに当てることができなかった投球を打ち返され続けることで、レッド投手の無邪気なプライドは虫に食われた立木のようにじわじわと蝕まれていった。そして、とうとう7回のウラ。


「……あっ!」


 指からボールが離れた途端、シグナルレッドは小さな悲鳴をあげた。焦り、迷い、疲れ……投げる瞬間に生まれた、集中の乱れ。制球が甘かったことが、すぐにわかったのだった。

 白球は妙にゆっくりと、捕手めがけて飛んでいく。レッドは、バットを振りかぶる相手打者に視線を向けた。……相手も見ている。見えている、私の投げた球が。


 当然だ。気の抜けた球だと、自分でも思うもの。馬鹿正直にストライクゾーンど真ん中で、球速だって全然伸びていかない。こんな球なら、当然……


 バットが振り抜かれ、乾いた音が響く。


「ああ……」


 レッドは立ち尽くしていた。守備に就いている選手たちも動かない。打ち返されたボールはぐんぐんと伸びて、円形闘技場の客席まで届いたからだ。妨害しようのない、必殺の一打……“葬走”である。

 サイバネ義腕の選手は力強く両腕を掲げながら、ゆっくりと闘技場内を一周していった。相手投手を葬り去った者のみが許される、堂々たる勝利の凱旋であった。


 いかに“葬走”とは言え、得点は1点に過ぎない。けれどもそれは、ナゴヤの選手たちの士気を挫くには充分な威力を持っていた。

 一度打ち崩されると、ナゴヤ・セキュリティズはあっという間に追い詰められていった。必死に出塁するブルーとイエロー、しかし後が続かず、得点できないまま攻勢が終わる。一方の守勢では、レッドの投げる球は既に見切られ、悉く打ちぬかれていた。


 残り2イニングの間に、ナゴヤは前半で稼いだ得点の3倍近くを奪われ、完膚なきまでに打ち倒されたのだった。


(続)






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