サンダーボルト ブレイク ストーム;19(エピローグ)
オレンジ色に輝く照明灯の下、貨物列車が走っていく。
屋根のないコンテナの一つは大量の毛布が敷き詰められ、ナゴヤ・セントラル・サイトに送られる子どもたちを収容する、急ごしらえの寝台車となっていた。
毛布に潜り込み、もみくちゃになりながらぐっすり眠っている子どもたち。車輪が線路を転がっていく。刻まれる単調なリズム。揺れながら走る車体は、疲れ切った子どもたちを優しく寝かしつけるゆりかごのようだった。
コンテナの内壁にもたれかかって、子どもたちを見守る人影が一つ。両目から放たれる金と銀の光が、暗がりの中で揺れている。
「眠れませんか」
頭上から降ってきた男の声に、アマネは慌てて手元を探った。カラー・コンタクトレンズのケースを取り上げて、手早くレンズをセットする。
ミュータントの証である、変異した両目を隠すと巡回判事は顔を上げた。機械の頭が、コンテナの壁の上からこちらを覗いている。緑色のセンサーライトが、チカチカと光っているのが見えた。
「メカヘッド巡査曹長!」
「しぃっ」
思わず声を上げると、機械頭は(恐らく)口がある部分に人さし指を当てて見せる。
「大きな声を出すと、子どもたちが起きます。……よっこい、しょ……ぅおおおお!」
コンテナの壁を跨ぎ、するりとコンテナの中に着地しようとして……機械頭の不良刑事は足を滑らせ、内側に落ちてきた。そのまま、部屋の隅に積まれていた毛布の山に突っ込む。
「ああ、驚いた!」
小声で叫びながら、メカヘッドが頭を上げる。ケガどころか痛がる素振りもみせないのは、毛布がクッション代わりになっていたからだろう。
「何やってるんですか、コンテナを飛び移ってくるだなんて」
「貨車同士をつなぐ梯子があったので、せっかくだから使ってみようと思いましてね。ハハハ」
巡回判事から白い目を向けられるのも構わず、不良刑事は愉快そうに笑う。
「だいたい、巡査曹長さんは今回のヤマで、ほとんど何も動いてなかったんじゃないですか? 何やってたんですかいったい?」
「おっと、これは手厳しい! でも、考えてみてくださいよ。ナゴヤ・セントラル保安局が関わるヤマに、防衛軍の人間がおちおち首を突っ込むわけにはいかないじゃないですか」
「それは、そうかもしれませんけど……」
何か言いたそうに口を尖らせるアマネ。メカヘッドはわざとらしく肩をすくめた。
「そんなことより、ムギチャでもいかがです? デンシャが出る前に、向こうの町でもらっておいたんですよ」
そう言って、持っていた魔法瓶を差し出す。アマネは「むう……」と不服そうな声を漏らしていたが、くやしそうに魔法瓶を受け取った。
「……いただきます」
魔法瓶から注がれた液体はオレンジ色の光を浴びた一瞬、琥珀色に輝き、黒々としたコップの中へと落ちていく。
コップを傾ける。模造麦茶を味わうというよりも、ひんやりとした心地よさが喉の奥を走っていく感触が楽しかった。一口飲んだ後、アマネは「ふう」と息を整えた。
「ありがとうございます。お陰で、ひと心地つきました」
アマネが礼を言うと、メカヘッドは得意そうに胸を張る。
「いえいえ、どういたしまして。ところで……」
不良刑事は機械頭のセンサーライトをチカリと光らせ、声のトーンを一段落として言った。
「まさか、反政府組織にミュータントの子ども達を預けようと考えるとは思いませんでしたよ。……何を企んでいるんです?」
間。表情の読み取れない機械頭をまじまじと見つめた後、アマネは全身にこめていた緊張をゆるめて「はあ」と息を吐き出した。
「私はただ、ミュータントの人たちが避難できる場所を探していただけです。それに、“明けの明星”がどんな組織か、ナゴヤ・セントラルのミュータントの扱いに問題がないか……巡査曹長さんは色々と、思うところがあるのでは?」
「これは手厳しい。まあ、その辺りは巡回判事殿のおっしゃることもよくわかりますとも。だから、“明けの明星”と交渉するための作戦を提案したわけで」
「ええ、おかげさまでうまく話が進みました」
アマネは話しながら、子どもたちが眠るコンテナの中を見回す。
「本当は、大人たちも一緒に“明けの明星”に保護してもらえればよかったんですけど」
工場長をはじめとする大人たちは、“ブラフマー”に関係する組織犯罪への関与の疑いをかけられ、ナゴヤ保安局が身元を預かることになったのだった。
メカヘッドは首をすくめる。
「それはいくらなんでも、保安局が黙っていないでしょう。むしろ、これでよかったんですよ。保安局にとって、大勢のミュータントをナゴヤで引き取る理由にもなりますからね」
「理由?」
「だって、介入しなければ、“明けの明星”の構成員が一気に増えることになります。考えてみてください。もし、あの町のミュータントすべてを“明けの明星”が吸収したら……ナゴヤの町の人口バランスはどうなると思います?」
「それは……」
メカヘッドは教師のように、質問を交えながら話し続ける。アマネが返答に困っていると、機械頭は説明を続けた。
「そうなったら政庁や保安局だけじゃなく、一般市民からの警戒心や反感まで買いやすくなるでしょうね。避難民たちには酷な話ですが、これが妥当な落としどころなんじゃないかと思いますよ」
コップに残っていた模造麦茶を飲み干すと、アマネは「はあ」とため息をついた。
「私はただ、とにかくミュータントの子たちを安全に暮らせるようにしなきゃと思っていただけだったのになぁ。そこまで考えていたんですか?」
「もちろんですとも」
(“ブレーン”の方にも、よろしくお伝えくださいね。“ナゴヤ保安局に貸しをつくるいい機会になる”だなんて、あなたの考えだとは思えませんもの。……これで、ナゴヤ保安局がどう動くのかしら。楽しみですね。ふふふ……)
メカヘッドの話を聞きながら、アマネは“明けの明星”の女首領と話し合った時の会話を思い出していた。
そうか、あの時笑っていたのは、メカヘッドの意図や保安局がどう動くかを、よくわかっていたからなんだ……
「でも、反政府組織のトップとつうかあなんて、巡回判事殿もなかなかやりますねえ。……裏切らないでくださいよ? くれぐれも、機密を漏らすなんてことがないように頼みますからね?」
「あはは! もう、そんな事、あるわけないじゃないですか!」
(私たちにとってもメリットがあることではあるのだけれども、それはそれとして、あなたのお願いを聞いた、というのは事実ですね? ふふふ……)
メカヘッドの言葉を笑い飛ばすアマネの頭の中で、“明けの明星”の女首領が意味深に笑う声が響いていた。とんでもない相手に、借りを作ってしまったのかもしれない……
「まあ、色々なことが丸く収まったようで、何よりですな。ハハハ……!」
青くなっているアマネの横で、メカヘッドは楽しそうに笑っていた。
オレンジ色の照明灯が、頭のすぐ次々と現れては消えていく。
レンジは機関車の屋根の上に座り、流れゆく照明灯を浴びていた。掌の上で白磁色の鳥がぴりり、ぴりりとさえずっている。
「マスター」
機械仕掛けの鳥が、首をかしげながら呼びかける。
「何だい?」
「マスターは、ナゴヤやオーサカではずっと、自ら先頭に立って戦ってきました。なぜこの町では、あえて表に出ないように動いていらしたのですか?」
「うん、そうだなあ……」
レンジは天井を見上げ、言葉を探しながら返す。
「なんでもかんでも、自分でなんとかしようとすることは、必ずしも必要じゃないのかもしれない、って思ってきたんだ。この前、ナゴヤで会った“マスカレード”……彼女を殺させないように、守ることはできたかもしれない。けど……」
「検視官の報告では、“マスカレード”の精神も、肉体も限界を迎えていた、ということですが」
「うん、そうなんだ。そうなんだが……どう生きるのが幸せなのか、自分の命を、どう使うべきか……」
ほとんど独り言つような言葉。ナイチンゲールはレンジを見上げながら、ぴりり、と囀る。
「申し訳ありません。私には、適切な答えを出すことができません」
「いいんだ。これはきっと、簡単に答えを出すことができないことだからさ」
レンジは小さく笑い、手の上の小鳥に視線を戻した。
「ああ、それで、話を戻そうか……この町には、この町の“ストライカー雷電”がいたから、町のことは、彼がやるべきだと思ったんだ。だから、俺が出しゃばることじゃないさ」
ぴりり、ぴりり。
白磁色の小鳥は囀りながら、レンジの手の上で小さく跳ねた。
「町は無くなってしまいましたが、あの町に暮らしてきた人たちは、これからどうなっていくのでしょうか」
「それはわからない。あの町に暮らしてきた人たち自身にも、まだわからない事だと思う」
レンジは答えながら、地下鉄道の進行方向を見やる。遥か前方に、針の先で突いたほどに小さい光の粒が見えた。
「でも、自分でやり直して、やっていくんだ、って気持ちがあれば、大人が頑張っている姿を、子どもたちが信じられるなら、うまくいくさ。きっとな」
地下鉄道に乗り込む前、保安局の捜査官に連行されていくアカメ青年の姿を思い出す。背筋を伸ばして、堂々と歩いていった彼も、きっと……
電気機関車は走り続け、前方の光はぐんぐん大きくなっていった。そしてとうとう、視界全てが光に包まれた。
爽やかな風が吹き抜けていく。終着駅だった地下遺跡は、既に解体が始まっていたのだった。
頭上を覆っていた天井はすっかり撤去され、雲一つない、昼下がりの青空が広がっていた。
「着いたぞ!」
「ここはどこ?」
後方から、目を覚ました子どもたちの元気な声が聞こえてきた。
(エピソード16;サンダーボルト ブレイク ストーム 了)