サンダーボルト ブレイク ストーム;18
翌朝。雨が止んだ後も港に打ち寄せる波はいまだ高かった。千切れた海藻や真っ二つになった魚の死骸、粉々に砕かれた船の破片……様々なゴミを纏って濁った海水が岸壁を叩く。
操舵の効かなくなった艦艇が二隻、その海流に乗ってようやく岸へとたどり着いた。そのうちの一隻、駆逐艦の船室に繋がる扉が激しく音を立てて揺れる。
「いい加減開け、この……!」
内側から重い物が繰り返しぶつかる音が響き、とうとう扉が吹き飛ぶように開いた。
「やれやれ、やっと開いた!」
「ほんと、どうなるかと思ったぜ……」
「『そこの、所属不明の武装集団、とまりなさい!』」
閉じ込められていた兵士たちが口々に言いながら顔を出す。安堵の表情で船から出た瞬間、脱出した兵士たちは黒いスーツを着た集団に取り囲まれていた。拡声器を通した、ノイズまじりの声が飛んでくる。
「『現在この町は、ナゴヤ・セントラル・サイト保安局が安全を確保しています』」
拡声器を使って兵士たちに話しかけているのは、赤いボディスーツをまとい、ヘルメットを被った若い娘。黒服を着た集団の中にあって明らかに浮いた存在であるが、それでも集団のリーダー格であるらしかった。
「『皆さんは完全に包囲されています。ただちに武装を解除して、投降してください。従うならば、都市間協定に沿った、適切な処遇を与えることを約束します。速やかに……』」
「騙されるな! ここはナゴヤの市域外だぞ!」
船内から飛んでくる、船長の叫び声。背中を押されるように、一人の兵士が手にしていた銃を構えた。
「おおおお!」
叫び声をあげながら、目の前に立つ、ふざけたボディスーツの女に銃口を向ける。しかし指が引鉄に掛かる前に、兵士の視界と意識は黒く塗りつぶされていた。
ボディスーツの女が船体を揺らす如き勢いで踏み込んで間合いを詰めるや、一息とつく前に兵士を殴り飛ばしていたのだ。
パワーアシストによって強化された渾身の一撃。軽々と宙を舞う兵士を目撃し、周囲の兵士に動揺が走る。すかさず、赤い女戦士が叫んだ。
「ブルー! イエロー!」
「了解!」
「任せて!」
黒服集団の背後から飛び出す、緑と黄色の人影。三色の女戦士たちは“ブラフマー”の兵士たちを次々と打ち倒していく。兵士が崩れ落ちると黒服の男たち……ナゴヤ・セントラル保安局の捜査官たちが飛び掛かり、一人ずつ捕縛していった。
「シグナルレッド隊長。艦内の制圧、完了しました」
駆逐艦の艦長を捕縛した捜査官が、赤いボディスーツの戦士に告げる。
「お疲れ様です! ……あのう、できればちゃんと本名で呼んでいただきたいのですが……」
遥かに年上の部下に、恐縮気味に返すシグナルレッド。着実に実戦経験を積み始めているが、未だにカレッジの女生徒のような気分が抜けきらないのだった。
あごひげを生やした強面の捜査官は「ははは!」と豪快に笑う。
「失礼しました! お疲れ様でした、シグナルレッド隊長。では、もう一隻の船を見て参ります」
そう言うと縛り上げた艦長を置いて、さっさと歩き去ってしまう。
「あっ、ちょっと! もう……!」
「レッド隊長、お疲れ様~」
「ちょっと、ヤエちゃんまで!」
黄色いボディスーツを着た長身の少女が、ニヤニヤしながらやって来る。
「だって、今日の戦いもすごかったし、リーダーとして頑張ってたからさ~、ソンケイのイをこめて、ね~」
「絶対からかってるよね、それ!」
「そんなことないよう! してるって、ソンケイ~」
「もう、調子のいいことばっかり言って!」
シグナルレッドが頬を膨らませるのを見て、シグナルイエローは楽しそうにケラケラと笑う。……それを見たレッドが、再び不満そうに口を尖らせた。
「けれども、作戦行動中には必要かもしれませんよ、レッド隊長」
レッドとイエローの背後から投げられる冷静な声。立っていたのは、緑色のスーツを着た細身の少女だった。
「敵対する可能性が高い相手に本名を知られるのは、なるべく避けた方がいい……」
「ブルー! それはそうかもしれないけど……」
ちょっと納得がいかない様子のレッド。イエローはうれしそうに両手を合わせた。
「ほらほら、キヨノちゃんだって、そう言ってるじゃない!」
「ん? ……ちょっとイエロー! なんでそれで、ブルーのことは名前で呼んでるのよ! おかしくない?」
レッドが目を剥く。イエローはぺろりと舌を出した。
「あっ、やっちゃった」
「やっぱり、私の事をからかって言ってるだけでしょ、あなた!」
黄色い声をあげながら言い争う、三色の娘たち。
縛り上げられたまま甲板の上に取り残された艦長は、先ほどまでオニ・ダイモーンのように暴れ回っていたはずの者たちが楽しそうに談笑しているのを、呆気に取られて見つめていた。
「あんた方は一体、何なんだ……?」
「あ、ちょっと……!」
慌てて声をあげようとしたレッドは一時停止ボタンを押した映像のように固まりついたと思うと、大振りのアクションを決めながら名乗りを上げる。イエロー、ブルーの2人も後に続いた。
「“赤い閃光、シグナルレッド”!」
「“黄色い電光、シグナルイエロー”!」
「“緑の電光、シグナルブルー”!」
三人はそれぞれ名乗りをあげた後、三人そろってポーズを決めて声を上げる。
「私たちはナゴヤを守る、三つの光! “警ら戦隊、トライシグナル”!」
「は、はあ……?」
困惑した声を漏らす艦長。
パワーアシストスーツに搭載された“自動大見得機能”によって勝手に名乗りを上げさせられたシグナルレッドは身体の自由が戻ると、がくりと肩を落とした。
「名前を訊かれたら勝手に身体が動いちゃうの、勘弁してほしいよ……おっと」
艦長が見ているのに気付くと、レッドは「えへん!」と咳払いする。
「私たちはナゴヤ・セントラル保安局所属、広域特務部隊“トライシグナル”チームです。この町へは、先に潜入していた捜査官からの通報を受けて参りました」
「ということは、この町に関する諸々も、我々がフネに乗ってきた理由も把握済みということか、やれやれ……」
トライシグナルの三人は、ナゴヤ保安局の局員IDカードを掲げてみせる。相手の素性を知った艦長はすっかり降参した様子で、深くため息をついてうなだれた。
「もちろん、詳しいお話は保安局で聞かせていただきますけれども。……それよりも、もう一隻の船も何とかしなくちゃいけないんだった! ブルー、向こうの船はどうなってるかな?」
「そう、その話をしに来たのだった。すっかり忘れたわ。ごめんなさい隊長」
シグナルブルーはIDカードを仕舞うと、レッドに向き直る。
「捜査官が船に入った時には、乗員の武装解除は完了していたそうです。皆、抵抗する意志はなく、そのまま投降してきたとのことです」
「どうして、そんな……?」
レッドと、一緒に話を聞いていたイエローが困惑している一方、艦長は青くなっていた。
「あの悪魔の仕業だ、嵐の中で襲ってきた……!」
「悪魔って、何?」
「我々は元々、6隻でこの町に向かっていた。それをあの黄色い悪魔は、あっと言う間に……」
呟き、艦長はぶるりと震えた。
「これ以上、考えたくもない。あんな奴がいたなんて……!」
黙り込む艦長。シグナルレッドは沖に目を向ける。
「悪魔、ねえ……?」
厚く重い灰色の雲の隙間から陽光が射し、暗くくすんだ海面に光の粒を散らしている。
昨夜の嵐も、幾つもの船を沈めたという悪魔のことも、何も知らぬように海はまどろんでいた。
(続)