サンダーボルト ブレイク ストーム;17
工場長の目の前に置かれた机の上には、起動している小型端末機と紙資料の束、そして大量のメモリチップが乱雑に散らばっているのが見える。作業の途中で手をとめて、休んでいたのだろうか。
「工場長」
「聞こえている」
苛立っているような、疲れ果てているようなため息交じりの声。工場長が目を開いた。穴倉の中から外を見上げるような目つきで、五つの眼球がアカメ青年をじろりと見やる。
「遅かったじゃないか。そのくせこんな時だというのに相変わらず、ふざけた格好をしおって……」
「勤務時間外の事に、文句を言われる筋合いはありません」
「ふん、生意気な……」
手作りの装甲スーツを身にまとったアカメ青年は、工場長の文句と愚痴をばっさりと切り捨てた。もごもごと口の中で不満を漏らす父親。
「それで、要件は何ですか?」
「今の貴様に渡すのは、全く業腹なんだがな……」
ぶつくさと言いながら卓上端末機を操作し、挿入していたメモリチップを抜き出した。掌にのせたチップを、息子に向かって突き出す。
「ほら」
「何です? これ」
「わが社で扱ってきた商品と、取引をしてきた会社のデータだ。創業した頃から今までの、全てのデータが入っている……」
工場長の五つの眼は血走り、ぎらついた光を放っていた。
「何で今、これを僕に……?」
「取引した。これと引き換えに、一人だけ亡命を認めてくれる、と。さあ、お前だけでも……」
アカメ青年にメモリチップを渡そうとする工場長。息子は父親の手を払いのける。チップは宙を舞い、薄暗い床に転がっていった。
「あっ! 何をする!」
「何をする、じゃないよ、父さん!」
青年は真っ赤な目を見開いて、五つ目の男を真っすぐ見据えた。
「取引したのか、“ブラフマー”と! この町を潰そうとしてる相手だぞ?」
「だったら何だというんだ!」
アカメ青年は、装甲スーツのヘルメット・バイザーを下ろした。バイザーに仕込まれていたライトが光を放つ。鈍い銀色の装甲が、薄暗い室内で輝く。
父親が、ずっと怖かった。勝てっこないと思っていた。どれだけ嫌だと思っていても、父親が示す生き方……この町で、会社を引き継ぐ生き方しか、自分にはできないと、そう思ってきた……
装甲スーツの拳を握りこむ。
勇気を出せ。恐ろしい相手に立ち向かう勇気を。俺はもう、臆病な子どもじゃない……!
「うわあああ!」
“ストライカー雷電”はわめくような叫び声をあげながら、五つ目の男に掴みかかった。
「うわっ! ……何をする!」
工場長は驚いて声をあげるが、襟元を掴んできた雷電の両手をすぐに掴み返し、放り捨てるように距離を取った。
相手は日頃から害獣駆除で野山を駆け、自ら先頭に立って工場運営を続けてきた男だ。パワーアシストもついていない、ただの着ぐるみ同然の装甲スーツでは、抑え込めるはずもなかった。……それでも!
「工場長、あなたを倒す! ……うおおお!」
叫びながら殴りかかる雷電。工場長は飛んできた拳を左手でいなし、右の拳で殴り返した。
「わっ!」
「こいつ……ふざけたことを!」
工場長は、尻餅をついた雷電を掴み上げる。吊り上げると、バイザー越しに睨みつけた。
「お前が俺を倒すとか、そんな事、俺は知ったこっちゃないんだ。早く逃げろと言っているのが、わからないのか!」
「わかってる!」
雷電は工場長の腕を振り払い、距離を取って身構える。
「でも、そのやり方は間違ってる! 俺はあなたの言うことは聞かない!」
「わかったような口をききやがって!」
互いに駆けだして、がっちりと組み合う息子と父親。
「逃げなきゃ死ぬんだぞ!」
「俺達を殺しに来る相手に、頭を下げるなんてごめんだ!」
雷電は相手の手を払うと、殴りかかろうと拳を振り上げる。
「うおおお!」
「ふんっ!」
けれども、先に拳を振り抜いたのは工場長だった。装甲スーツのヘルメット越しに襲ってくる衝撃に、雷電がよろめく。
「ううう……」
「ガキが、生意気言いやがって……」
吐き捨てるように工場長が言う。もう2,3発叩きこんで大人しくしてやろう、とばかりに雷電ににじり寄った時、装甲スーツの男が顔を上げた。
「俺は、ストライカー雷電だ……」
「はあ?」
「だから、子どもたちを置いて、俺一人だけ逃げるわけにはいかないんだ! わああああ!」
わめき声をあげながら、全身で突っ込むように体当たりする雷電。
吹っ飛ばされた工場長はよろめいたが、すぐに踏ん張って持ち直した。
「ぐっ! ふざけるな! ……この野郎!」
追撃しようと殴りかかる雷電の拳をするりとよけると、思い切り蹴りつける。
「ぎゃっ!」
「お前の為に言ってるってのに……」
工場長は肩で息をしながら、尻餅をついた息子を見下ろす。
「何故言うことを聞かないんだ……!」
「うるさい!」
雷電は叫ぶと、床から勢いよく体を跳ね上げた。
「俺は、あなたみたいなやり方はしない。“ブラフマー”の言いなりになんかならない! あなたにも、俺の言う事を聞いてもらう! ……わあああああ!」
殴りかかる雷電。工場長は拳をするりとかわした。
「俺たちだけで、あいつらに勝てるとでも思ってるのか!」
叫びながら、殴り返す工場長。雷電は拳を受け止めて言い返す。
「仲間が手伝ってくれてるんだ。“ブラフマー”の軍隊を追い返せるくらい、強い人が!」
「しかし“ブラフマー”を追い出して、その後どうするつもりだ。その”仲間”はどれだけ助けてくれる? 俺たちが生きていくには、連中と付き合うことも必要なんだぞ!」
続けざまに放たれる拳。ますます勢いを増す打撃を受け、雷電は後ずさる。
「どうするんだ! どうするつもりだアカメ! 現実を見ろ! お前が思ってるほど、世の中は甘くないんだ!」
「それでも……」
アカメは両脚を踏ん張り、両腕の間から相手を見据えながら言い返した。
「それでも、俺は、俺たちを脅して、殺しに来るような奴らの言うことは聞かない! どうなるかわからなくても……父さんとは、違う生き方をするんだ!」
「この……!」
拳の勢いが鈍る、一瞬。
その瞬間を捉えて、腰を落とした雷電は相手に飛び掛かった。
「わあああああああっ!」
工場長の両腕をすり抜けて懐に飛び込むと、勢いのままに突き飛ばす。
雷電の拳が、体勢を崩した工場長のみぞおちにめり込んだ。
「がっ……はあっ!」
床に崩れ落ちる工場長。雷電はバイザーを光らせながら、戦意を喪失した父親を見下ろしていた。
「僕の、勝ちだ……」
「ああ、お前の、勝ちだ。……強くなったな、くそったれ」
工場長はズキズキと痛むみぞおちをさすりながら、床の上で両脚をのばして寝そべっていた。アカメはヘルメットを脱ぐ。
「その、教えてほしいんだけど……」
「何だよ」
視線を合わせず、ぶっきらぼうに返す父親。
「どうして俺を逃がそうとしたんだ? ……自分が逃げるんじゃなくて」
工場長は口を「へ」の字に結んだまま、しばらく黙っていたが、やがて口を開く。
「お前が生きていてくれたらよう……また、いつか、町を作り直してくれると思ったんだ。俺の代わりにな……!」
「僕はあなたの代わりなんかじゃないよ、父さん」
静かに返すアカメ。
遠くから、サイレンの音が聞こえてくる。
「……さて、ナゴヤ保安局の人たちが来たみたいだ。これで終わりだよ。“ブラフマー”の軍隊も。……この町も」
工場長は動かない。床に寝そべったままそっぽを向き、静かに涙を流していたのだった。
(続)