サンダーボルト ブレイク ストーム;15
大きくうねる波の上、上下に揺れる船の残骸を足場にして立つ装甲スーツの男。装甲の各部から放たれる赤い光が雨に煙り、鬼火のように怪しく明滅した。
男は、しゃがみ込むように姿勢を下げる。それが跳躍の予備動作だと気付いた艦長は、慌てて叫び声をあげた。
「“ノース”、“サウス”はミサイル艇を守れ! ミサイル艇は艦隊空ミサイル用意!」
艦長が指示を飛ばす。船員たちが右往左往する中、観測手はレーダーのサインを追いかけていた。コンソールの画面から、侵入者を示す赤い光点が消える。観測手は慌てて顔を上げ、艦内モニターを見やった。
誰も操作せず、定点カメラと化していた船外カメラには、既に装スーツの姿はなかった。
「侵入者……消えましたッ!」
「馬鹿野郎、跳んだんだ!」
艦長は観測手に怒鳴り、浮足立つクルーたちに指示を飛ばす。
「ぼんやりしている暇はない、また仕掛けてくるぞ! 機関銃、とにかく撃ちまくれ! 奴は……」
再び激しい爆発音が、嵐の中で轟いた。
波間に浮かぶ、オレンジ色のブイ。その上を飛び石のように伝って、“アトミック雷電”が走る。
「ないちんげーる、今夜ノ俺タチハ、ひーろージャナイ。ダカラ……徹底的ニヤルゾ。援助ヲ頼ム」
「『了解しました』」
目の前のミサイル艇に光るマズルフラッシュ。そして連続して響く、乾いた炸裂音。数発の弾丸が雷電の装甲を掠めた。
「『敵艦、機銃を発砲しましたが、雷電の装甲には影響ありません』」
「ヨシ、コノママ突ッ込ム!」
ミサイル艇が白煙をあげる。雷電のバイザーに”DANGER!”の文字が、いくつも重なって表示された。
「『対飛行変異獣用の、艦対空小型ミサイルです。周囲のミサイル艦全てから、同時に発射されています。避けてください』」
「簡単ニ言ッテクレルナア!」
雷電は文句を言いながらも、躊躇いなく真っ黒な海の中に飛び込む。
一斉に襲い掛かって来たミサイルは目標を見失って、互いにぶつかり合い、あるいは遥か彼方まで飛んでいった。そしてまた一部は海中に消えた標的を追いかけて、とぷりと水中に落ちていった。
弾着、爆発。耳をつんざく爆音とともに、白い煙がもうもうと立ち上がる。
その煙を切り裂くように、海中から現れた青い影。海に潜ってミサイルをやり過ごした雷電が、水中に仕込んでいた装甲バイクに乗って飛び出してきたのだ。
「オラアアアア!」
水面を突破する大加速の後、空中でジェット・エンジンを起動させると、装甲バイクは滑るように海上を走り出す。
一方の敵艦は再び雷電めがけて、小型ミサイルの嵐を撃ち出した。ホバーバイクをロックオンした何発ものロケット弾は、群れなす猟犬のように標的を追いかけはじめる。
「当タッテタマルカヨ!」
雷電はバイクを加速させ、水上を蛇行しながら走っていった。後を追うミサイルとつかず離れずの距離を保ちながら、海上を駆ける。
「オ返シシテヤルヨ!」
大きく旋回すると、残り3隻となったミサイル艇の一つ目掛けて雷電はバイクを走らせた。後方へのジェット火力を更に増し、急加速して敵船に突っ込む。
船体に衝突する寸前、装甲バイクは海上に浮かぶスクラップを踏み台にして、一気に空中に舞い上がった。
車体の下を潜り抜けていったロケット弾が敵船に突き刺さる。爆発。ミサイル艇に搭載されていた拠点攻撃用艦対地大型ミサイルに誘爆し、一層勢いを増した爆炎が船体を包み、粉みじんに吹き飛ばした。
「マダダアアアッ!」
爆風に乗って、落ち葉のように舞い上がる装甲バイク。車体が放物線の頂点に達した時、雷電はバイクから飛び降りた。
狙いを定めたのは後方のミサイル艇と、それに隣接する駆逐艦。雷電は空中で矢のように脚を伸ばし、ミサイル艇に突っ込んだ。
「ウオオオオオ! “サンダーストライク”!」
「『Thunder Strike』」
音声コマンドを叫ぶと、ナイチンゲールが応える。装甲スーツから赤黒い電光が迸り、閃光が足先に集中していく。高圧電流とパワーアシストがのった必殺の一撃が、ミサイル艇の船体に突き刺さった。
勢いのまま、海中に潜っていく雷電。海上ではミサイル艇がテンノウジ級駆逐艦“ノース”を巻き込み、猛烈な爆発を起こして轟沈した。
テンノウジ級駆逐艦“サウス”のブリッジでは、無線回線越しに聞こえてくる阿鼻叫喚に騒然となっていた。
「“ノース”! “ノース”! どうなっている!」
艦長は必死に、もう一隻の駆逐艦に呼びかけるが応答はなかった。
「応答しろ、“ノース”!」
「テンノウジ級“ノース”、並びにミサイル艇1番艇、2番艇、4番艇、反応消失しました!」
「ありえない! この数分で壊滅しただと?」
艦長は通信士に怒鳴るが、すぐに首を振った。
「……いや、すまない、取り乱した。状況は分かった。本艦並びにミサイル艇3番艇は撤退。そして至急、本部に増援を要請しろ。この敵を放置するのは危険すぎる!」
「了解、本部への通信回線を開きます」
通信士がコンソールを操作して回線を開こうとした時、船内の端末機が一斉にブラックアウトを起こした。
「今度は何だ!」
「分かりません!」
艦長は手元の通信端末を取り上げる。
「3番艇、応答しろ、3番艇! ……クソ、回線が全滅した……だと!」
血の気を失った艦長の顔を見て、固まりつくクルーたち。武器メーカーから派遣されてきたエージェントは状況を理解すると、頭を抱えてへたり込んだ。
「もうダメだあ、何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだあ……! やだよう、死にたくない!」
「うるさい、メソメソするな! 操舵手、艦の運行は?」
「それが……」
操舵手は舵輪から手を離すと、“お手上げ”と言わんばかりに両手を広げる。
「舵が効きません。スクリューも回らず……システムが乗っ取られたのかと……」
「こうなったら、船を捨てるしかないか……」
艦長が悔しそうに漏らした時、甲板の防衛に当たっていた船員がブリッジに走り込んできた。
「報告します! “サウス”に搭載されていた脱出用ボートが、全て破壊されています!」
「何だと! 何者の仕業だ、そんな……!」
怒りに震えた艦長が拳をコンソールに叩きつけた時、ブリッジ内のモニターがノイズを吐きながら再起動した。
ぼやけた画面が復旧すると、クローム・イエローのヘルメットを被った男が大写しになっていた。
「『コノ船ハ掌握サセテモラッタ。しすてむノくらっきんぐニ時間ガカカリ、他ノ船タチハ破壊セザルヲ得ナカッタ事ハ、マズオ詫ビシヨウ』」
ボイスチェンジャーによって歪んだ声。艦隊を壊滅させた男は重く垂れる嵐雲を背景に、バイザーを赤く輝かせながら生存者に話しかけてきた。
「貴様! 悪趣味な真似を!」
「『悪趣味ダト! 貴様ラ“ぶらふまー”ノヤリカタヲオ返シシタダケナンダガナア。貴様ラノ船ヲ問答無用デ沈メナカッタダケ、温情ダト思ッテモライタイガネ』」
怒りを含んだ剣呑さと、決然とした意志を含んだ声で、ヘルメットの男が告げる。船員たちは、画面の向こうから放たれる気迫に青ざめていた。
艦長は声を震わせながら、立ちはだかる巨大な敵を睨んだ。
「何のつもりだ、こんな……!」
「『コノ期ニ及ンデ被害者ブルツモリカヨ! ……マアイイ。コチラノ目的ハ単純ダ。町ハ壊サセナイ。貴様ラハ逃ガサナイ。応援モ呼バセナイ。タダ、ソレダケダ』」
「それでは、我々をこのまま見殺しにする気か……!」
「『運ガ良ケレバ、助カルダロウサ。ソノ後ノコトハ知ランガネ。……ソレデハ、幸運ヲイノルヨ』」
通話回線が切れ、ブリッジの画面は再び真っ黒に染まる。
艦長をはじめとしたクルーたちはしばらく呆然として、応答しなくなった画面を見つめていた。
(続)