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サンダーボルト ブレイク ストーム;12

 嵐のようなお祭り騒ぎが過ぎ去り、子どもたちが出て行った後。食堂にはそこかしこにゴミやら、脱ぎ捨てられた衣服やらが転がっていた。

 まばらに降り始めた雨が天井を叩く音を背中に浴びて、装甲スーツを脱いだレンジが一人、散らかった室内の掃除を続けていた。


「それでね、デンシャから降りて、町の中でアカメ兄ちゃんに遭った時にね、“ストライカー雷電”の格好しててね……」


 ソファに腰掛けた犬耳のアキがほとんど目を閉じ、頭をゆらゆらと揺らしながらもたもたと話している。隣では鱗肌のリンが背もたれに体を預け、静かに寝息を立てていた。

 黙々とゴミを拾い集めては袋に詰め込んでいたレンジが顔を上げる。


「アキ、そろそろ寝た方がいいんじゃないか? 同じ話を、もう5、6回は聞いてるんだが。リンだって、ちゃんと横になって寝た方が……」


「寝てない!」


 がばりと起き上がり、叫ぶように言い返すリン。レンジが驚いて目を丸くしていると、


「寝てない、もん……!」


 鱗肌の少女は駄々をこねるように言いながら、再びソファに沈んでいく。レンジは頭をかきながら、少女の寝顔を見下ろした。


「ああ、もう、どうしてそんなに頑固なんだよ……」


「どうしても、起きてなくちゃいけないんだ」


 犬耳の少年が、焦点の会わない目でレンジを見上げながら言った。


「どうしても、アカメ兄ちゃんに言わなきゃいけないことが、あって……」


 そう言いながら、意識が遠のいていくアキ。


「おい、それならしっかりしろ! ……おいったら!」


 2人を起こそうとレンジが頑張っていると、大部屋に繋がる扉が開いた。疲れた顔の滝アマネとアカメ青年が食堂に入ってくる。扉を閉めると、アマネが両腕を上げて大きく伸びをした。


「ああ、やっとみんな、寝付いてくれた!」


「ありがとうございます、アマネさん。子守りに慣れている方に手伝ってもらって、とても助かりました! 本当は、今日は僕一人で子どもたちを見る日だったんですが……」


 申し訳なさそうに頭を下げる青年に、アマネはからからと笑う。


「大丈夫ですよ! こんなことが起きた日に、子どもたちも落ち着かないでしょうから。それに、お手伝いの人も身動きが取れなくなってるんでしょう」


「二人とも、お疲れ様」


 レンジが声をかけるとアマネは手を振り、アカメはペコリと頭を下げる。


「レンジ君もお疲れ様」


「すみません、片付けをやってもらって……」


「かまいませんよ。申し訳ないことに、まだ終わってないんだが」


「そんな、充分ですよ!」


 慌てて両手を振り、レンジの言葉を打ち消すアカメ。


「ゴミは全部片づけてもらいましたし、残りは明日の朝にやっても……」


 明日の朝。


 思わず口に出したアカメは、自らの発言にぎくりとして黙り込んだ。青年から漂う緊張感と剣呑な気配に影響されて、アマネも固まっている。


「ええと、アカメ君……?」


「その……」


「ちょっと待ってくれ」


 口を開きかけたアカメ青年を制止するレンジ。


「その前に、あんたを待っていた奴がいるんだ。……ほら、言いたいことがあるんだろ?」


「アカメ兄ちゃん」


 レンジに促され、アキがおそるおそる顔を出した。


「アキ君……」


 アキはアカメと目が合うと両目をぱっちりと開いて、アカメ青年をまっすぐ見上げる。


「アカメ兄ちゃんは、“ストライカー雷電”にならないの?」


「えっ」


 少年から投げられた言葉に、アカメは呆気にとられて固まった。


「いや、いや、何を言ってるんだ? 僕のはただのコスプレの、偽物だよ?」


「でも、言ってたもん、みんな!」


 犬耳のアキは、必死になってアカメ青年に反論する。


「レンジ兄ちゃんの雷電もかっこいいけど、“僕たちには、アカメ兄ちゃんの雷電がいるんだぞ! アカメ兄ちゃんの雷電はすごくかっこいいんだ! 怖い敵が来ても、アカメ兄ちゃんが守ってくれるんだぞ!”って! だから……アカメ兄ちゃんも頑張ってよ! “ストライカー雷電”なんだろ!」


「僕は……」


 言い淀むアカメ。一方で泣きながら言葉を吐き出したアキは一通り言いたいことを言って満足したのか、強烈な眠気に襲われた様子でよろめいた。後ろに立っていたレンジが、崩れ落ちそうになる小さな体を抱きとめる。


「おっと……」


 抱き上げると、すっかり眠りに落ちていたアキはすうすうと寝息をたてていた。


「やれやれ、この子はそれが言いたくて、ずっとあんたを待っていたわけだ。……あの子も」


 レンジが顎でさした先には、鱗肌のリンがソファの上ですやすやと眠っている。口元をきつく結んだままの青年に、レンジは続けて言葉を投げた。


「それで、あんたの事情っていうのは何なんだ? 俺たちがお尋ね者になってることにも、この町が封鎖されてることにも、心当たりがあるみたいだが……」


「はい。それはどれも、僕の父が元々の原因で……」


 事情の説明を聞いたレンジとアマネは、2人そろって深くため息をつく。


「ブラフマーか……」


「なるほどね……」


「お二人とも、ご存知なんですか?」


 犬耳の少年を鱗肌の少女の隣にそっと横たえたレンジが、青年の言葉に肩をすくめた。


「ご存知も何も、俺たちも散々な目に遭わされてきたのさ」


「でも、これまでの相手はどいつもこいつもぶっ飛ばして、捕まえてきたけどね! だから今回も、心配しなくても大丈夫だから!」


「おい、おい……」


 胸を張るアマネに、レンジが苦笑いした。


「まあ、話を聞いている限り、まだ到着してない武装船団については、対処のしようはあるだろう」


 レンジの言葉に、アカメ青年は目を輝かせる。


「ほ、本当ですか!」


「ああ。だけど、それだけで済む問題でもない……」


 言葉を区切り、黙り込むレンジ。


「どういう事? いくら“ブラフマー”でも、一回痛い目を見たらちょっとは懲りるんじゃない?」


「でも、この町は“ブラフマー”との取引で成り立ってきた町だし、どこのセントラル・サイトの勢力圏にも入っていない。……“ブラフマー”と縁を切って、やっていけると思うか?」


「それは……」


 口を尖らせてレンジに言い返していたアマネは黙って、ちらりとアカメ青年を見やる。


「父はきっと、今のやり方以外の方法は知りません。……それは、僕も同じですが」


「俺たちは“この町のヒーロー”じゃない。この町にいつまでもいるわけじゃないし……この町のことは、この町の人間がなんとかしなきゃいけない」


「ええ。わかります。でも……」


 食堂の中に、通話端末の着信音が響き渡った。アカメがハッとして、ツナギのポケットに入れていた端末機を取り出す。……画面には“工場長”と大きく表示されていた。


「あっ、着信があります!」


「回線が回復したのか……?」


 レンジがテーブルの上に放置されていたぬいぐるみドローンを再起動させると、ぶるり、とオレンジ色のぬいぐるみが震えるように大きく動いた。センサーアイがチカチカと点灯する。途端にぬいぐるみは跳ねるように動き、人工音声でしゃべりはじめた。


「よし、周波数合わせ完了! ……モシモシ? モシモシ! 大丈夫かアキ、リン!」


「モシモシ、マダラか」


「レンジ! よかった、合流できたんだな! 状況はどうなってるんだい?」


 レンジはぬいぐるみドローン越しにオペレーターと話しながら、アカメ青年を見やる。青年の手の中に握られた端末機は、今だに呼び出し音を鳴らし続けていた。


「マダラ、すまん、説明は後だ。ちょっと黙っていてくれないか」


 それだけ告げると、ぬいぐるみは心得たとばかりに黙り込む。レンジは青年に目くばせした。


「出るんだ」


「わかりました。……モシモシ!」


 震える指で端末機を操作し、通話回線を開くアカメ。通話端末を耳元に持っていくと、怒気を含んだガラガラ声が飛んできた。


「『遅い! いつまで待たせるつもりだ!』」


「父さん、用件は何です?」


「『工場長と呼べと言っているはずだが!』」


「今は勤務時間外です」


 全身を硬直させながら、しかし気丈に、努めて冷静に言い返すアカメ。きっぱりとした青年の声に、父親は苦々しそうに「むう……」と呻いた。


「『いいから、とっとと工場長室に来い! お前ひとりでな! いいか、わかったな!』」


 それだけ言い放って、通話回線はプツリと閉じられた。


(続)

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