サンダーボルト ブレイク ストーム;11
建屋の扉を開けると、元々は守衛室だったのだろう、ちょっとした休憩スペースがつくられていた。
「すみません、急いで出てきたので、散らかっていて……」
壁際のハンガーラックには黒いインナースーツがぶら下げられている。足元に転がっているカゴには鈍い銀色の部品が乱雑に詰め込まれていて、天井からぶら下がっている照明を浴びてキラキラと光っていた。
「あれは……ストライカー雷電のスーツか?」
「えっ? ……ああっ!」
レンジがカゴを指さすと、青年はとびあがった。
「いやその、これは……!」
青年がしどろもどろになっているうちに、アマネが銀色のヘルメットをカゴの中から取り出していた。
「へえ、これ、雷電の頭! いい出来じゃない」
「わっ! ひゃああ!」
素っ頓狂な声をあげて、ヘルメットをひったくるアカメ青年。
「これはその、お見せするのもお恥ずかしいというか……」
「えーっ、何で? いい出来じゃない」
「ご本人相手に、とてもじゃないですけど、そんな……」
手作りの雷電スーツをかばうように抱きしめながら、青年が必死でもごもごと言う。しつこく迫るアマネの肩を、レンジがつかんだ。
「そのくらいにしておけよ。……それで、子どもたちは?」
アマネを抑えたまま、青年に尋ねる。すっかり当初の目的を思い出したアマネは、バツが悪そうに引き下がった。
「ええ、そうでした。子どもたちの部屋は、この奥です」
青年はカゴを部屋の隅に押しやると、気を取り直して立ち上がる。そして「えへん」と軽く咳払いすると、奥の部屋に続く扉を開いた。
「ただいま! ……あれ?」
青年が呼びかけるが、返事はなかった。無人の大部屋の中には積み木や人形といった玩具がそこかしこに散らり、つけっぱなしの照明灯に照らされている。
「おおい、みんな! どこに行ったんだ?」
慌てて呼びかけるが、返事はなかった。
「どうしよう、なにかあったんじゃ……?」
アカメ青年はすっかり狼狽えて立ち尽くしている。
「いや、違う。どこかから声が……」
装甲スーツをまとったままのレンジが部屋の中を見回す。スーツに搭載された集音センサが反応していた。
バイザーに表示された“Sound Seeker”を起動して物音の発生源を探ると……壁際の扉の向こうに、微小な光点がいくつも現れた。物音の発生源がマーキングされ、バイザーの上に表示されているのだった。
「あの扉の向こうだ!」
「あっちは、食堂になっているはずですが……」
「行ってみましょう。アキ君? リンちゃーん!」
言うが早いかアマネはさっさとドアに駆け寄り、勢いよく開け放った。途端、部屋の中から飛び出してくる爆音! 思わずアマネが驚いて引っ込む。
「きゃっ!」
「どうした? 何があった!」
慌てて駆け込んだ雷電のバイザーに映ったのは……“ストライカー雷電”のアクション・シーンだった。 ツイン・エンジンを轟かせて、夜の街を走る装甲バイク。
「『雷電! 必殺技は残り一回、撃てるかどうかだ!』」
「『一回限りで充分だ! 電光石火で、カタをつけるぜ! ……とうっ!』」
オペレーターとのやり取り。そしてバイクから飛び出した銀色のヒーローが、電光を帯びたキックを放つ。
「『“サンダーストライク”ッ! ウラアアアアッ!』」
「『“Thunder Strike”』」
「『グエー!』」
キックが黒いオートマトンに直撃! 恐るべき自律機械兵は装甲を貫かれ、遂に爆発四散!
「やったー!」
「雷電、すっげえー!」
天井から垂らされたシーツをスクリーンにして、大写しになった映像に沸き立つ子どもたち。
雷電とアマネ、そしてアカメ青年は食堂の入り口に突っ立ったまま、大いに盛り上がっている室内を見つめていた。
「何なんだ……?」
「どうなってるの、これ……?」
入口近くにいた子どもたちが、ドアが開いた音に気付いて振り返る。
「あッ! 雷電だ!」
「わーっ! 雷電!」
「来てくれたんだ!」
あっと言う間にレンジを取り囲む子どもたち。
「あはは、えーと、これは……?」
対応に困ってアカメ青年を見やる。子どもたちも雷電の視線を追って、アカメに気が付いた様子だった。
「アカメ兄ちゃん!」
「兄ちゃん、おかえり!」
「あれっ、兄ちゃんが雷電じゃないの?」
わらわらと寄って来た子どもたちの声は、次第にどよめきに変わっていく。
「えっ、それじゃあ、もしかして……」
「この雷電って、ほんもの……?」
子どもたちの質問に、アカメは小さく微笑んだ。
「そうだよ。この人が、本物の“ストライカー雷電”だ」
「おい、あんた、俺は……」
「レンジ兄ちゃん! アマ姉ちゃん!」
レンジが言い返す前に、少年の叫び声が飛んでくる。犬耳のアキと鱗肌のリンが、ぬいぐるみドローンを持ってレンジとアマネの前に走ってきたのだった。
「アキ! リン! 無事だったのか!」
「二人とも! 心配したんだから、勝手なことをして!」
アマネに叱られると、アキとリンはちょっとしょんぼりして下を向く。
「ごめんなさい……」
「まったくもう! 無事だったからいいけど……」
「まあ、まあ……」
レンジはぶつくさと言うアマネをなだめると、子どもたちに向き直る。
「それで、何してたんだ? ドット……マダラとの通信は?」
「うん! 今ね、レンジ兄ちゃんの雷電の上映会をしてたんだ! ドットが映写機になるって、マダラ兄ちゃんが教えてくれたんだよ!」
「みんな、とっても気に入ってくれたの! こんな雷電、見たことない、って!」
胸を張る子どもたち。手にしたぬいぐるみドローンはピクリとも動かないまま、アイ・カメラ部分から白い光を放っていた。
「まさか……」
雷電はぬいぐるみドローンを受け取ると、口の中に手を突っ込んだ。内部に仕込まれている再起動スイッチを押すと、ぬいぐるみが痙攣するように激しく動く。
数回震えた後、ぬいぐるみドローンはぴたりと動きを止めた。そっと床の上に置くと、ぬいぐるみドローンは口を開き、早口でしゃべり始めた。
「『緊急避難命令です。先ほど工場敷地内に、2人組の不審人物が侵入しました。不審人物らは武装しており、大変危険です。一般従業員並びにその家族の皆さんは速やかに体育館に避難してください……』」
緊急無線の内容を繰り返している。どうやら、オペレーターとの無線通話回線も使えなくなっているようだった。
「やっぱり、連絡はとれなくなってるか……」
同じ内容を繰り返し続けているドローンに、アキとリンは目を丸くしている。
「レンジ兄ちゃん、マダラ兄ちゃんはどうなったの?」
「マダラ兄ちゃん、おかしくなっちゃった?」
「マダラが変になってるんじゃなくて、使ってる通話回線が乗っ取られてるんだ」
レンジの答えに、首をかしげる子どもたち。
「乗っ取られたの?」
「何に?」
「それは、ぼくの父が……」
返答に困るレンジとアマネ。アカメ青年が、アキとリンの前にかがんで説明をしようとした時、ぬいぐるみドローンはゴム毬が弾むように跳びあがった。
「『速報です。海上に大規模な武装船団が出現。現在、町に侵入している不審人物たちは武装船団の一員であり、この町を標的とした侵略行為を計画し、そのための威力偵察を行っているものと思われます』」
新たな緊急無線の事実無根な内容に、アマネが思わず顔をしかめる。
「何の事? 私たちが威力偵察?」
「しっ! 最後まで話を聞こう……」
「『緊急事態を受け、工場長はナゴヤ・セントラル保安部に支援を要請しました』」
レンジもヘルメットの中で眉をひそめた。これも嘘だ。そもそも、ナゴヤ・セントラルはこの町を認識すらしていないからな……。しかし、今はひとまずアナウンスの内容を最後まで聞くしかない。
ぬいぐるみドローンは緊急信号を受信して、一方的にしゃべり続けていた。
「『従業員の皆さん、ご家族の皆さんは保安部隊が到着するまで、引き続き体育館に避難していてください。警備部の皆さんも不審人物の追跡を中止し、速やかに避難してください。繰り返します。海上に大規模な武装船団が出現……』」
子どもたちは静まり返っている。“武装”、“侵略”、“避難”……緊急無線の内容を全く聞き取ったわけではないにせよ、飛び出してくる物々しい言葉と……それを聴く大人たちの態度から、何かよからぬ、とんでもない事が起きているのは充分にわかっていた。
「これは一体、どういうことだ?」
レンジはヘルメットに手を当て、雷電スーツのバイザーを開いた。顔を露出させると、隣で固まっているアカメ青年を見やる。
「あんた、何か知ってるようだが……」
「ええ、ええ……」
アカメは俯いて、両手で顔を覆っていた。数回深呼吸をした後、立ち上がってレンジの顔をまっすぐに見る。そして、深々と頭を下げた。
「どうか、お願いします。この町を……子どもたちを……! 僕たちを助けてください、ストライカー雷電!」
(続)