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サンダーボルト ブレイク ストーム;10

「モシモシ! こちら海に浮かぶ駆逐艦の上だ。ドローン機雷攻撃を受けたそうで、船がずいぶん揺れているよ。ただでさえ大荒れの天気予報なのに、嵐が来る前に船の上がメチャクチャだ! 全く、仕事じゃなかったらやってられないな、こんな事は!」


 ハハハ……と軽薄な笑い声が、通話回線の向こうから飛んでくる。エージェントの男はしばらくヘラヘラと笑った後、「……フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「攻撃してきたドローン、そちらが仕掛けていたヤツだろう。随分なご挨拶をしてくれたものだな! それで、攻撃を仕掛けてきて何の用だね。まさか、ここまでやっておいて、今さら命乞いでもしようってつもりじゃないだろうな!」


「ぐっ! ……ううむ……」


 挑発を続けるエージェントの男。工場長は自らの拳を血がにじむほど握りこみながら、煮えたぎる怒りがわき出そうとするのを抑え込んでいた。


「恥を忍んで、どうかお願いする。我々の町は、あなた方の指示通りに動いただけだ! だから、どうか……!」


「ハハハ! おいおい、契約書は見ていなかったのか?」


 苦々しい口調ながらも必死に懇願する工場長の声を聞きながら、エージェントは愉快そうに笑った。


「どの企業も、似たり寄ったりの契約を交わしているはずだぞ? 我々企業側は、そちらの工場の業務内容に対して口出しするつもりもなければ、一切の責任も負わない。重視されるべきは発注した品物の品質のみ。そして……我々の契約は、一方的に破棄されることもあり得ると、そう書かれていたはずだが?」


「そ、それは……」


「そうとも、君が威勢よく言い張ったことだ! “我々は真人間どもの言いなりになるつもりはない”とね! だから我々も、その心意気を汲んであげようと、そう思って、これまでやってきたわけだ」


 とくとくと語るエージェントに、工場長は歯ぎしりをして唸る。


「う、うう……! そんな相手を、虫けらのように殺していいはずがない……!」


「おっと! 君たちの事を“虫けら”だなんて思っちゃいないさ! その証拠にミサイル艇4隻、駆逐艦2隻、そこに揚陸艇と装甲車のおまけをつけて、徹底的に叩きつぶそうと思っているのだから。何せ、一匹でも逃がすと後が厄介だからね! ……おっと、これは虫けら扱いと言われても仕方がないかな? ハハハ、ハハハ……!」


「頼む、頼むからやめてくれ!」


 残虐性を隠そうともせずに笑うエージェント。工場長に、これ以上の猶予はなかった。


「お願いだ、助けてくれ! あんた方が注文してきた薬品や機械部品のデータが、そんなに大変な物だってんなら、あんたのところだけにくれてやるから! 全部! この数十年間のデータ、全部をだ! それで、なんとかならないか? なあ……」


 必死に頼み込む工場長の言葉に、エージェントは冷笑を引っ込めた。


「わが社に、他の会社を出し抜いて、君たちの為に動いてほしいって?」


「そうだ! じゃなけりゃ、あんたの個人回線にデンワしたりなんか……」


「ふむ、確かに、君とは長い付き合いだからな。……けど、こんなに船がひしめき合って、今にも攻撃が始まりそうだって時に、そんな“お願い”を聞けるとでも?」


 通話口の向こうから、乾いた破裂音が断続して響く。続いて爆発音。洋上に設置していた自動防衛装置が、“ブラフマー”の武装船団に攻撃を開始したのだった。


「ぐ、ぐ、ぐ……だが、もう他に方法がないんだ……!」


 歯噛みして唸る工場長の声を聞きながら、エージェントは再び笑い出す。


「フフ……! ハハハ……! あの横柄な君が、ここまでなりふり構わず情けない声をあげるのは、聞いていて気分がいい。……いいだろう、助けてあげよう」


「ほ、本当か……!」


「ただし、君だけだ」


「なっ……!」


 残酷な返答に、言葉を失う工場長。エージェントは底意地の悪い猫なで声で工場長を挑発する。


「私一人の力で、住人すべてを助けられるわけじゃないのは、君だって理解できるだろう? それとも君は、助けようのない連中と道連れになってイヌ死にするつもりか?」


「う……だが、だからって、私一人が……」


「そうだなあ。君が決断したことで、君以外の全員が死んでしまうわけだ! でも、それでは、自分の身を犠牲にして他人を助けるかい? 私としては、それでもいいんだがね。貴重なデータをくれるっていうんだ、できる限りのことはしてあげよう。もちろん、私にできる限りのことだがね……」


 黙り込む工場長。その沈黙を味わうように、エージェントの男はクツクツと意地悪く笑った。


「大事な選択だ、しっかり悩みたまえよ。なあに、攻撃がはじまるまで、まだほんの少し時間があるんだ。後悔のないようにな。ハハハ、ハッハッハ……!」


 高笑い。そして重く響く爆発の音とともに通話回線が閉じられる。

 工場長は、沈黙した通話端末を手に立ち尽くしていた。


 “侵入者の武装船舶、海上警戒網第2層を突破しました!”

 “海上警戒網第2層、接敵まで約1800秒!”

 “拠点が侵略され、破壊される危険性が極めて高い事態です”

 “非武装市民を速やかに避難させてください”

 “拠点待機部隊は直ちに迎撃態勢を取り、防衛線に備えてください”


 身の毛のよだつような警告音とともに、卓上端末に次々とメッセージが表示されていった。




 湿気を帯びた重い空気の中に、物々しいサイレンが響き渡っている。バイクを物陰に隠した雷電とアマネは赤い目の青年に先導されて、工場建屋の裏に潜り込んだ。そうして人ひとりが通るのもやっと、というほどに狭くて暗い、迷路のような路地を歩き続けていた。

 青年が振り返る。


「真っ暗な道が続いていますがお二人とも、足元は大丈夫ですか?」


「ありがとう。俺は大丈夫だよ。スーツに暗視ゴーグルがついてるからな」


「すごい技術ですねえ、ウチのとは大違いだ!」


 アカメ青年は感心したように声を上げると、更に後ろを歩くヘルメットの女性を見やった。


「えっと、アマネさんは大丈夫ですか?」


「大丈夫、大丈夫! よく見えてるよ!」


「へえ、そのヘルメットも暗視ゴーグルなんですね!」


 青年が再び感心して言う。


「えへへ、まあ、ね……」


 ミュータントの滝アマネは夜行生物顔負けの特殊な瞳を持ち、光量が極端に少ない環境下でも暗視ゴーグル以上の視覚を発揮することができる。のだが……

 公的にはミュータントであることを隠している彼女は、アカメの言葉に曖昧な笑いで応えた。


「やっぱり、都会だと、色々と便利な物があるんですねえ……あっ、もうそろそろ、外に出ますよ」


 工場建屋の隙間を抜け出す。視界が白く染まった後、目の前に現れたのは工場の谷間で、土が露出した空き地が広がっていた。周囲の建屋は窓ガラスが割れたり、壁に大きなヒビが入っていたりと、既に使われている気配のないものばかりだった。


「ここは古い工場区画です。警備員の皆も、こんなところまで探しに来ることはないでしょう」


 アカメが周囲を見回しながら言う。先程から延々と鳴り響き続けているサイレンの音も、ここでは随分と遠くから聞こえてくるようだった。


「ありがとう、人心地着いたよ」


 周囲の気配を窺っていた雷電も、人の気配がないことを確かめていた。急に飛び込んできた光に軽いめまいを起こしていたアマネも、ふらつきながら廃墟の町を見回す。


「ああ、びっくりした! それで、子どもたちはどこに……?」


「ええ、あれです」


 青年が指さした先には、窓や壁が補修された小綺麗な建屋が、廃墟の町並みの中にぽつんと一軒だけ立っていたのだった。


(続)

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