サンダーボルト ブレイク ストーム;7
地下鉄道のトンネルに、エンジンの唸り声が響いていた。
暗闇の中、ヘッドライトに浮かび上がる鉄路。天井には、まばらに配置された非常灯。か細い光が放たれ、それが流れ星のように視界に飛び込んできては、遥か後方へと消え去っていく。
枕木を踏みしめながらトップスピードで走り続ける、黒い大型バイク。ライダーは細かく震えるハンドルを抑え込みながら、ヘルメットに内蔵されたインカムに呼びかける。
「まだ着かないのかよ! どうなってるんだ!」
「『おかしいなあ、アキとリンが送ってきたデータによると、そろそろ出口が見えてくるはずなんだけど……』」
「目の前は、ずっと真っ暗なままだぜ!」
ライダーは怒鳴りながら、前照灯の射角を僅かに上向ける。直線的に続くトンネルの先はヘッドライトの光を吸い込んでも尚黒々とした闇が広がり、いまだに出口の光は見えなかった。
「『いや、変だぞ。そろそろ地上への出口が……あっ!』」
インカムの向こうで、オペレーターが叫んだ。
「どうした?」
「『こっちでレコーダーの画像を調べてみたんだ。そしたら……その先にある出口が塞がれてる!』」
「なんだって?」
トンネルの出口には隔離隔壁もかくやという重厚な防火シャッターが下ろされ、ロックもかけられて完全に封鎖されている。オペレーターによって解析され、暗視処理を施された画像が、ライダーが被っているヘルメットのバイザーに映し出された。
「クソ!」
「『このままだと、ぶつかっちゃうよ!』」
「わかってる! 衝突するまで、あとどれぐらいかかる?」
スピードを落とさず、前方を睨みながらライダーが叫ぶ。
「『このままだと……あと20秒! 19、18、17……』」
「レンジ君!」
カウントを始めるオペレーター。バイクの後部座席から叫ぶ声。
ライダーは動じずに、ハンドルから片手を離した。鈍く光る銀色のベルトを取り出して腰に巻き付けると、バックルにつけられたレバーを叩きつけるように引き下げる。
「ぶち抜くぞ! ……変身!」
「『OK! Let's get charging!』」
ベルトから威勢のいい電子音声が飛び出した。そしてトンネルの中に響き渡る、エレキギターの音色とベースの響き。
腹の底を揺さぶりながら轟くロックンロールに合わせて、人工音声がカウントを叫ぶ。
「『ONE! ……TWO! ……THREE! ……Maximum!』」
バイクは走り続ける。音楽とカウントが同時に終わった時には、既に暗灰色のシャッターが目の前に迫っていた。ライダーは構わず、アクセルを握りこむ。
「行くぜ!」
ベルトから電光が迸り、ライダーとバイクをまばゆく包む。そして光の中から、鈍い銀色の装甲スーツを纏った人影が飛び出してきた。黒い大型バイクも、鈍い銀色の装甲に包まれている。スーツの全身に走るラインが、金色から鮮やかな青へとグラデーションをかけて輝いた。
「『“Striker Rai-Den”, charged up!』」
人工音声が、変身の完了を高らかに宣言する。
「ウオオオ! オラアアアアッ!」
装甲バイクに乗った“ストライカー雷電”は、全身の装甲から電光を放ちながらシャッターに飛び込んだ。
「行くぜ、“サンダーストライク”!」
「『Thunder Strike』」
“必殺技”の音声コマンドを叫ぶと、装甲に走るラインが青白く光る。バイクのフロントタイヤが激しく火花を散らしながらシャッターに激突し、分厚い壁を粉々にして弾き飛ばした。まばゆい光が視界一杯に広がる。
「やった! すごい、すごい!」
後部座席ではしゃぐ声。雷電は静かにバイクのハンドルを握り直した。
「アマネ、このままアキとリンを探すぞ」
「おっと、ここではしゃいでる場合じゃないよね。了解!」
空には灰色の雲が重く垂れこめている。目の前には深い森と灰色の町を区切るように伸びる大きな壁と、その上に続く高架線。雷電とアマネを乗せた装甲バイクは、エンジンを轟かせて再び走り出した。
自作の装甲スーツからツナギに着替えたアカメ青年は工場長室に通され、父親と一対一で向かい合っていた。
「避難させる……ですか? 町の皆を、体育館に?」
「そうだ。十数隻の武装船団がこの町に攻めてくるからな。我々を根絶やしにするつもりらしい。じきにアナウンスを流す」
そう言うと口を堅く結び、五つの目を剥いて息子を睨む工場長。
「でも、それは……」
困惑し、固まっているアカメ青年を見ると、工場長は再び口を開いた。
「何をボサッとしている。貴様も避難誘導に行け」
そう言ってアカメに背を向ける工場長。青年はツナギの上から、自らの太腿をきつく握っていた。不機嫌そうに黙り込む背中に言葉を投げる。
「待ってください工場長! 何で、皆を逃がさないんですか? 森に行くのは無理だとしても、地下鉄道のトンネルだって……」
「地下鉄道は封鎖した! ナゴヤに逃げることはできん。取引相手がヘマをしたせいでな!」
工場長は、もごもごと言い返す青年の言葉に声を荒げた。
「そんな……!」
「お前が言う通り、森に逃げるのも無理だ。モンスターの餌になるのが関の山だろうさ。……お前の母親のようにな」
畳みかけるように、そして吐き捨てるように言う工場長。青年は思わず、父親につかみかかっていた。
「散々母さんを苦しめてきて、どの口が……っ!」
「勝手に出て行っただけだ!」
工場長は怯むことなく言い返し、青年の腕を振り払う。
「どいつもこいつも、ここで生きていけるのは誰のお陰だと思ってやがるんだ、クソが……」
苦々しそうにブツブツとこぼした後、息子を睨みつける。
「これでわかっただろう! さっさと避難誘導に行け!」
「わかりません!」
アカメ青年も負けじと、工場長の5つの目を睨み返して言った。
「何だと」
「だって、体育館に避難って言ったって……本当に、父さんが言う通りの相手から攻撃されたら、そんなんじゃ助からないじゃないですか!」
5つの目を吊り上げたまま、黙り込む工場長。
「そんなことをするより、何かほかに、皆が生き残れるように、できることを……!」
言い返そうとする青年の言葉は、父親の張り手によって遮られた。倒れ込む青年を見下ろしながら、工場長は唸るような声を漏らす。
「生意気なことを言う! それでは何ができるっていうんだ、お前は! この状況で、何が……!」
「それは……!」
青年は歯を食いしばりながら、それでも工場長を睨み返す。互いに言葉にならない呻き、唸りをあげながら睨みあっていると、工場長室のデスクトップ端末がけたたましいアラーム音を鳴らした。
工場長が端末の通話回線を開き、モニターを起動する。画面の向こうには、地下鉄道の管制室が映っていた。
「『工場長!』」
画面の向こうでは、紫色の頭をした男がモニター用のカメラを覗きこんでいる。ひどく慌てている様子で、スピーカからは喋り声や雑音もとめどなく漏れ出していた。
「『大変です!』」
「なんだ不躾に、大変だと! この状況以上に、大変なことがあるとでも思っているのか?」
不機嫌そうに返す工場長。しかし、管制官の男は上司の態度も気にせず、必死の表情で説明を続けていた。
「『完全に封鎖したはずの、地下鉄道の隔壁が破られました! 侵入者が、こちらに向かってきています!』」
「何だと? ナゴヤ保安部の連中か!」
「『いえ、違います、これは……』」
スピーカから、大きな物がぶつかる音が飛んでくる。そして管制室の中を映しているモニターカメラが激しく揺れた。管制室の扉が吹き飛ぶ。
「『わあっ! バイクです! 2人乗りのバイクがっ……!』」
鈍い銀色の装甲を纏ったバイクが、デスクやら棚やらを弾き飛ばしながら室内に転がり込んできたのだった。
(続)