サンダーボルト ブレイク ストーム;6
「ひとまず、安全な場所に行こう」
……そう言って“ストライカー雷電”のスーツに身を包んだ青年が迷子たちを案内したのは、今は稼働していない工場建屋だった。
「ここでは、日中居場所のない子どもたちを預かっていてね……どうぞ」
建屋外観のさびれた雰囲気から一転して、内装は清潔感と温かみがあるものだった。数人の、ミュータントの子ども達が手作りと思われる玩具で遊んだり、追いかけっこをしているのが見える。
「おおい、ただいまー」
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
アカメ青年が呼びかけると、子どもたちはわらわらと入口近くにやってきた。青年に元気よくあいさつを返した後、初めて見る犬耳の少年と鱗肌の少女をいっせいに取り囲む。
「見ない子だ……」
「こんにちは! なんてお名前ですか?」
「アカメ兄ちゃん、この子たち誰?」
「迷子みたいなんだ。ずいぶん歩いて疲れてるみたいだから、ちょっと待ってあげて。後でまた、紹介してあげるから」
子ども達は青年になだめられると、アキとリンのことを気にしながらも再び部屋の中に散らばっていった。 アカメ青年が「ふう」とひと息つくと、アキとリンのお腹は「グウ」と鳴った。青年はくすりと笑う。
「ちょっと遅いけど、お昼ご飯にしようか」
“食堂”と書かれた部屋に通された子どもたちは、アカメ青年が持ってきたミール・ジェネレータ製のハンバーグランチを猛然と平らげた。食後に出された模造麦茶を飲んで、アキとリンはようやくひと心地ついたようだった。ぐびぐびと麦茶を流し込む少年を見て、青年は目を細める。
「お茶のおかわりはあるからね。欲しかったら、遠慮せず言いなよ」
「ぷは! ありがとう、おかわり!」
豪快な飲みっぷりに、アカメは小さく「ふふっ」と笑った。
「はいはい」
犬耳の少年から受け取ったコップに魔法瓶を傾け、澄んだ薄茶色の液体を注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとう……アカメお兄さん!」
「どういたしまして」
先ほど教えてもらったばかりの名前を始めて口に出すと、アキ少年は少し恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。
「その……アカメお兄さんは、この町の子たちのために“ストライカー雷電”をやってるんだねぇ!」
「手作りのヒーローショーみたいなものだけどね。本当にわるものと闘ってるわけじゃないから……」
食堂の壁には、文明崩壊前に放送されていた特撮番組“ストライカー雷電”のポスターが貼られていた。この場所を使っている子どもたちにとっても、“ストライカー雷電”は憧れのヒーローなのだろう。
目を輝かせながら話を聞いている犬耳の少年に、アカメ青年は「ハハハ……」とばつが悪そうに笑う。鱗肌の少女はもうすっかり緊張がほぐれた様子で、青年がまとうスーツをペタペタと触っていた。
「でもすごいよ! このスーツ、本物みたいだもん!」
「ありがとう。そう言ってもらえると、頑張って作った甲斐があるってものだ。……ところで君たちは、どうしてこの町に?」
「それは、その……」
子どもたちは互いに顔を見合わせ、そして近くを転がっていたぬいぐるみを見やった。
「マダラ兄ちゃん、僕たち自分で説明してみたい」
「そうだなあ、ここまで話を聞いてる限り、信用できる人だろうから、ある程度自由に話して見ても……と、いうよりも現状は彼に頼らないと、どうにもならないしなぁ。いいとも。やってみな」
かわいい声色とは裏腹な、年長者のような鷹揚とした物言い。子どもたちはうなずいて、青年に向き直る。
「あのね、わるいひとたちがデンシャに乗って逃げようとしてたんだ!」
「それで私たちも、追いかけようとして一緒にデンシャに乗ってね……」
話を聞いていた青年は「うーん……」と首をひねった。
「申し訳ないんだけど、何が何だか……話を聞いている限り、君たちはきっと“地下鉄道”に乗ってやって来たんだろう。けど、その“わるいひと”というのは一体……?」
「ええっと、その……」
子どもたちは答えに困って、再びぬいぐるみを見やった。
「マダラ兄ちゃーん!」
「どうしたらいいか、わかんないよう!」
「やれやれ、仕方ないか。まあでも、2人とも頑張ったよ」
ぬいぐるみドローンはそう言うとぼよん、ぼよんと跳ねて、アカメ青年の前に飛び出した。目を丸くしている青年を見上げながら、ぬいぐるみは「こほん!」と咳払いする。
「ええと、私はナゴヤ・セントラル保安部の協力者です。こんな格好では信用できないとは思いますが。彼らが話した“わるもの”というのは、私たちが捜査していた事件の関係者でして……」
「は、はあ……?」
ぬいぐるみ型ドローンによる突拍子のない説明に、青年は赤い目玉を大きく見開きながら聞き入った。
「……なるほど、地下鉄道を使った裏取引と、それを隠蔽しようとして起きた暗殺事件……」
「そして、裏で糸を引いていた連中が“地下鉄道”を使って、ナゴヤからこの町に逃げてきた、というわけです。……どうですかね、そういう連中に心当たりとかは……?」
「いや、特に何も……ここは他所から人が尋ねてくることもほとんどない、工場の町です。僕たちは毎日色々な素材を精製したり、機械部品を組み立てている。でも、それがどんなところに売られていくか、どんな人が買っているかなんて気にしたことは……いや」
アカメは話しながら、心当たりがありそうな人物を思い浮かべていた。
「一人だけ……何が起きているのか、知っていそうな人の心当たりがあります」
「本当に!」
ぬいぐるみは青年の言葉に、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「なら、その人に会えないかな? オレたちもできる限り、情報が欲しいんだ」
「それは……」
アカメは、2人の子どもを連れたしゃべるぬいぐるみに引き合わされた自らの父親を想像した。きっと顔を突き合わせるなり怒鳴り出し、まともな会談など望むべくもないだろう。
「ふっ」
呆れたような笑いを思わず漏らしたことに、ぬいぐるみドローンのオペレーターが気づいた。
「……どうしました?」
「ああ、いや、なんでもないんです。ただ、その人は笑っちゃうくらい気難しいので、皆さんを引き合わせるのは難しいかなぁと思って……」
その時、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
「『アカメ指導員、速やかに役員室に来なさい。以上』」
威圧的な男性の声が短くアナウンスすると、さっさと放送を切り上げてしまう。“食堂”の外から忙しない足音と、ざわついた子どもたちの声が聞こえてきた。扉が勢いよく開く。
「アカメお兄ちゃん!」
「大丈夫? 何か怒られることがあったの?」
「私たちのことで、こーじょーちょうに怒られちゃうの……?」
「大丈夫、皆のせいなんかじゃないよ」
心配そうに、口々と声を上げる子どもたち。アカメは一人ひとりの頭を撫でながら言った。
「何で、急に呼び出されたのか、僕にも理由はわからない。けど、すぐ戻るから。……だからいつもみたいに、皆で待っていてね。セビレくんとユビナガさんは、小さい子たちの面倒を頼むよ」
「はい!」
年長と思われる子どもたちが、アカメの言葉を聞いて頷く。青年は子ども達を再び見回した後、建屋の外に出るや早足で歩いていった。
「それで、その……」
アカメが出かけて行った後、“セビレ”と呼ばれた、背中に大きなウチワのような背びれを生やした少年がおずおずとアキとリンに声をかける。
「君たちは、いったい誰なんだい? どこから来たの?」
子どもたちの視線が、一斉に迷子の2人に注がれた。向けられた目の中には好奇心と不安感、若干の不審感や緊張感が混ざったような感情が滲んでいる。
リンはちょっと怖気づいて、アキの手をぎゅっと握った。アキはリンの手を握り返すと、胸を張って子どもたちの視線を受け止めた。そして壁に貼られた“ストライカー雷電”のポスターも、ちらっと見る。
深呼吸すると、少年は口を開いた。
「はじめまして! 僕たち、この町からずっと、ずっと遠くの町から来たんだ!」
(続)