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サンダーボルト ブレイク ストーム;5

 2人の子ども……犬耳のアキと鱗肌のリンは、毬のように弾むぬいぐるみ型のドローンに先導されながら、工場街の外れへと歩いていった。

 どれだけ歩いただろうか。作業機械が動く重い音が、今はずいぶん遠くから聞こえてくる。元からまばらだった人影はますます少なくなり、子どもたちはすっかり、道の真ん中を堂々と歩くようになっていた。


「ねえ、マダラ兄ちゃん、そろそろ休憩したいよう」


 犬耳の少年が立ち止まり、ぬいぐるみ型ドローンのオペレーターに愚痴る。ぬいぐるみはぼよん、ぼよんと弾みながら、後ろを振り返った。


「そうだね、結構歩いたからなあ。でも、まだ安全とは言いきれないから、もう少し頑張ってほしいんだけど……」


「もうクタクタだよう! これ以上歩けない!」


 犬耳のアキは、両脚を放り出してアスファルトに座り込んだ。先ほどまで黙って歩いていた鱗肌のリンも、少年の隣にへたり込む。


「マダラ兄ちゃん、私も、もう無理……」


「二人とも……」


 仕方ない、少し休むくらいなら……とオペレーターも思い始めた時、ドローンの動体センサが人物の気配を捉える。


「ダメだ、誰か来る! 2人とも隠れて!」


 ぬいぐるみドローンが発した声に反応して、先に立ち上がったのはリンだった。一方のアキは腰が抜けてしまったようで、両脚をバタバタと動かしている。


「えっ、ちょっと待って!」


「アキちゃん、早く……!」


「あれ? 誰か、いるのか……?」


 相手も、子どもたちの声に気が付いたようだった。アスファルトを削るような、硬質の足音が近づいてくる。


「マズい! なんとか、子どもたちだけは……!」


 激しく跳ねるぬいぐるみ型ドローン。人の気配にリンは身体を強ばらせ、思わず目を閉じた。一方のアキは近づいてきた相手の姿を見ると……跳ね上がるように立ち上がった。


「あっ! 雷電だ! おおーい!」


 やって来た人物は確かに、鈍い銀色の装束……“ストライカー雷電”の装甲スーツを身につけている。 アキは“ストライカー雷電”めがけて走り出した。少年の声を聞いて、少女も恐る恐る目を開ける。


「えっ? ……本当だ、雷電だ! それなら……レンジお兄さん!」


「いや、レンジは、まだそっちには着いてないハズだよ! ……おい、2人とも、待って!」


 ぬいぐるみドローンが制止する声も聞かず、子どもたちはずんずんと“ストライカー雷電”に向かって突っ込んでいく。


「雷電ーっ!」


「レンジお兄さーん!」


「うおっ……と、とっ、とっ!」


 勢いのまま突進してきた子どもたちがぶつかると、“ストライカー雷電”はバランスを崩し、尻餅をついてアスファルトに座り込んだ。


「いてて……何なんだい、君たち……?」


 被っていたヘルメットの留め具が外れ、ころりと落ちる。真っ赤な目を白黒させている青年を見て、子どもたちも目を見開いた。


「きゃっ!」


「レンジ兄ちゃん、じゃ、ない……?」


「レンジニイチャン? 何のことだい……?」


「アキ! リン! 気を付けなきゃダメだって……わあっ!」


 ぬいぐるみドローンは子どもたちに追いつくと、“ストライカー雷電”の装甲スーツを着たミュータントの青年に気が付いた。装甲スーツをとっくりと観察しながらぴょん、ぴょんと飛び跳ねている。


「これは……凄いな! “ストライカー雷電”をこんなに再現してるなんて! 見た感じ、ほとんどハンドメイド……? いや、フルスクラッチかこれ! 放電機能とかパワーアシストとか、特別なギミックが組み込まれているわけじゃなさそうだけど……それでも、充分に凄いよ! よくここまで作りこんだものだ!」


 子どもたちもすぐに落ち着くと、すっかり“ストライカー雷電”の中身に興味関心が移っている様子だった。


「お兄さんは誰なの?」


「ねえ、どうしてストライカー雷電をやってるの? ねえねえ」


「あ、あの、ええと……ははは……」


 赤い目の男は身動きがとれないまま、子どもたちとしゃべるぬいぐるみにまとわりつかれて、困った様子の笑い顔を浮かべていた。




「ふざけるな!」


 怒りに震えながら、工場長が吼える。


「俺たちのことを、何だと思ってるんだ! 散々利用してきたくせに!」


「『人聞きの悪いことを言ってもらっては困るな。我々はあくまで、対等な立場のビジネスパートナーだったはずだ』」


 薄っぺらい笑いを含んだ声で、企業エージェントは返した。


「『協力し合い、共に利益を得る、まさにWin-Winな関係……』」


「なら、どうして!」


「『Win-Winではなくなったからだよ。考えてもみたまえ、今回の一件でどれだけの損害が出ると思う?』」


 冷徹に言い放った後で、工場長に問いかけるエージェント。その言葉は慇懃なオブラートに包まれながらも、隠しきれない横暴さを帯びた響きがあった。


「『今取り引きしている案件だけじゃない。オーサカやナゴヤの保安部に一度目を付けられてしまっては、これまでと同じような取り引きはできない。改めて偽装工作をするために、どれほどの労力とカネが必要になるか、君にはわかるまい』」


「だからって、我々を殺していいはずはない!」


 怒りに突き動かされ、噛みつく工場長。しかし相手が動じることはなかった。


「『だが、やむを得ないのだよ。君たちにも消えてもらわなければならない。ミュータントの難民のたわごとなんて、真に受けるようなメディアは少ないだろうが……それでも、厄介事の種は潰しておいたほうがいいからな。……せいぜい、楽に逝ってくれ』」


 そう言い、あっさりと切断される通話回線。工場長は相手の声が聞こえなくなった後も、無音になった受話器を握りしめていた。

 部屋の隅に押し込められていた“イセワン重工”の社員たちが、ニヤニヤしながら工場長を見ている。


「どうです、言った通りになったでしょう?」


「何がおかしい!」


 工場長は五つの目を見開いて、忌々しそうに声を荒げた。“イセワン重工”の社員は、「まあ、まあ!」とわざとらしい調子でなだめる。


「何もおかしなことはありませんとも! お互い、大変な状況なんだ……それよりどうでしょう、“ブラフマー”に見捨てられた者同士、仲良くできませんかねえ?」


「ふざけるな! ……おい、こいつらを、倉庫に放り込んでおけ!」


「そんな……どうか、お願いしますよ! 何とか、ここから逃げるためのアシを……」


 必死にすり寄ろうとネコ撫で声をあげる“イセワン重工”の社員。しかしそれは、工場長の怒りを一層かき立てるだけだった。


「黙れ! 自分たちだけが助かろうだなんて、ムシのいいことを考えやがって!」


 職員たちが来訪者を連れて管制室を出ていく。ただ一人残った工場長は「ふうむ……」と深くため息をついた後、デスクの上の通話端末機を手に取った。


(続)

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