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サンダーボルト ブレイク ストーム;4

 灰色の雲が重く立ち込める空。薄汚れた灰色の建物が立ち並ぶ街の中を、子どもたちは息をひそめて進んでいった。

 足音を消して、工場建屋の壁に貼りつくように歩いていく。集音センサで人の気配を捉えたぬいぐるみドローンが「隠れて」と言うや、子どもたちは建屋の床下に潜り込んだ。


「……移動だけで休憩時間が半分くらい持ってかれるの、勘弁してほしいよな」


「まあなあ。次にシフトが変わるときには、できれば全部近場の工場がいいよな。ところでさっきの現場で上長がさぁ……」


 声が近づいてくる。二人連れはおしゃべりしながら目の前を通り過ぎて、そのまま遠ざかっていった。子どもたちは顔を出して、外の様子を窺う。


 ツナギ姿の背中が、小さくなっていくのが見える。その頭は一方が左右に長く扁平し、もう一方は縦長に扁平していた。どちらにせよ、ミュータントであること変わらないのだが。

 ツナギ姿の男たちが建物の消えていくと、ぬいぐるみドローンがもぞり、と動いた。


「よし、大丈夫。今のうちだよ」


「ふう、ドキドキしたあ!」


 床下から這いだしてきた犬耳の少年が、「ほうっ」と大きく息の塊を吐き出した。ぬいぐるみドローンを抱いた鱗肌の少女も、少年の後ろを追いかけて顔を出す。


「アキちゃん、気をつけて」


「まあまあ、リンちゃん。今は周りに人もいないし、大丈夫だよ」


 ぬいぐるみドローンが少女の腕の中からとび出すと、ボールのようにアスファルトの上を跳ねながら言う。


「この町の人はみんな、ずっと工場で働いているみたいだね。道を歩いている人がほとんどいなかったのは、そのためかな」


 ぬいぐるみドローンはぽよん、ぽよんと跳ねながら、静まり返った灰色の町を見回した。


「それにしても町全体が工場になってるなんて、いったい何を作ってるんだろうか。それに、さっきから見かける人は、みんな作業服を着たミュータントだった。もしかして、従業員はミュータントしかいないのか……?」


 ぶつぶつと独り言つ、ドローンのオペレーター。犬耳のアキは跳ね続けるぬいぐるみドローンをむんずと捕まえた。


「うわっ! 何するんだ、アキ!」


 視線が急に塞がれたオペレーターが、驚いて思わず声を上げる。犬耳の少年はニカッと笑った。


「それならさあ、町の人に訊いてみようよ!」


「うん。同じミュータントだし、オゴトの時みたいに仲良くなれるかもしれない……!」


「ダメだ、2人とも!」


 鱗肌のリンも、アキの言葉にうなずいて言う。ぬいぐるみドローンは勢いよく跳ねてアキの手を振り払うと、再びアスファルトの床に転がり降りた。


「ミュータントだからって、みんないい人だってわけじゃない」


「それは、そうかもしれないけど……」


 たじろぐアキの顔めがけて、ぬいぐるみドローンがぴょんぴょんと跳ねる。


「勝手にナゴヤまでついてきた挙句、勝手に地下鉄道に乗ってここまで来て! レンジもアマネもいない状況で、君たちをこれ以上、危険な目に遭わせるわけにはいかないよ!」


「そうだよアキちゃん。これ以上、危ないことは……」


 ドローンのオペレーターから強い調子で指摘されたアキは、リンの不安そうな表情を見て「ううう……」とうなった。


「……わかった。危ないことはしないよ」


「アキちゃん……!」


 ほっと表情が和らぐ少女。


「よかった。それならまず、人目につかない潜伏場所を探さなくちゃね! いわゆる“秘密基地”ってやつだ」


 ぬいぐるみドローンは再び周囲を警戒するようにぼよん、ぼよんと跳ねた。


「幸い、今のところ気付かれてないみたいだ。どこかに空き家とか、使っていない工場とかがあればいいんだけど……」


「わかった、探してみるよ。行こう、リンちゃん!」


「うん!」


 子どもたちは力強くうなずき合う。


「……あっ、人が来た! 隠れて、2人とも!」


 ドローンが叫ぶと、子どもたちは慌てて工場の床下に潜り込んだ。




 地下鉄道終着駅の管理室では、工場長が広域通信端末の受話器を握りしめながら、虚空に向かってペコペコと頭を下げていた。


「もしもし、いつもお世話になっております。トバ・ポート・プラントの工場長でございます。突然のオデンワで申し訳ない……ええ、ええ……」


 これまで取引してきた“ブラフマー”傘下の企業に通話を試みて、これでもう9社目になる。

 背中を丸め、五つの目玉をグリグリと動かしながら必死に助けを求める工場長。管制室に詰めていた部下たちは不安そうな視線を、ミュータントたちに拘束された“イセワン重工”の社員たちは呆れと侮蔑、そして若干の憐れみが混ざり合ったような視線を、先ほどまでオニ・デーモンの如き怒気を放っていた男に向けていた。

 工場長は周囲を気にせず、すがるような声で話しつづける。何せ、これまで通話回線を開いた相手はこちらの話を最後まで聞かず、無言で回線を切ってしまうのだ。

 全く、どいつもこいつも何様のつもりなんだ! と、工場長は内心怒りを燃やし続けていた。


「大変申し訳ないんですが、ちょっと今困ったことになっておりまして、助力をお願いしたくて……ええと、その……取引先の一つがちょっとヘマをやらかしたらしくて、その……」


「『ああ、とんでもないことになってしまったようだな』」


 初めて“まとも”に言葉が返ってきて、工場長は五つの目玉を大きく見開いた。


「ご存じなんですか!」


「『知ってるも何も! キミ、手あたり次第にデンワかけまくってるだろ。我々の世界では、内密なおしゃべりなんてものは存在しないんだよ。多くの企業に関わり得る話題については特にな』」


 通話回線の向こうの相手は淡々と話を続ける。しかし、その言葉の端にはどこか、冷笑が見えるような響きがあった。


「『それで、ナゴヤ・セントラルの保安部にガサ入れに来るんだそうだな』」


「はい、はい、そうなんです。それでちょっと、追い出すのに協力を」


「『できない』」


 通話相手……オーサカ・セントラルに拠点を置く、兵器製造メーカーのエージェントはばっさりと切り捨てた。


「そんな、ご無体な! ……なぜです?」


「『セントラル保安部に表立って逆らうわけにはいかないのだよ。それが管轄外の町であってもな。お前の町は、どこの管轄でもない。だから逆に、どこの保安部がくるのも拒めない。そして、どうせ回り回って、オーサカにも捜査協力の要請が来るに決まっている。我々はお行儀の良い仕事はしてない自覚はあるがね、お上と真正面からやり合うなどと、アホなマネはしない』」


「そんな、じゃあ、どうすれば……」


 通話口の向こうから、「はあ……」と深い息を吐き出す音。エージェントは出来の悪い子どもに繰り返し勉強を教えるような、穏やかさを装った声で話を続けた。


「『教えてあげよう。保安部に目を付けられないようにする、それが我々の仕事にとって、長生きをする一番の秘訣さ。だがキミは、手あたり次第にデンワしまくった……』」


「しかし、他にやりようが! ……いや、それが、何か問題でも……?」


「『あるに決まってるだろう! アホじゃないのか!』」


 突発的に声を荒げるエージェント。すぐに深呼吸すると、再び声の調子を落とす。


「『……失礼した、説明しよう。君の短絡的でバカな行動のせいで、君の工場と付き合いがある企業が次々と明らかになった。互いに手の内を知られるのは、我々にとっては大変に厄介なことなのだよ。例えば、ウチが君のところから買わせてもらっていたのは特殊精製油脂……ということになっているが、その正体は試作中の新型兵器に使う燃焼材だ。コレの存在はいわばトップシークレットでね』」


 深くため息をつくと、エージェントはねっとりと、嫌味のこもった調子で続ける。


「『君がトチ狂ったお陰で、恐らく数社はこの燃焼材の存在に気付いただろう。何せ、我々はいつも、互いに何をやっているのか、知りたくてたまらないんだからね! 相手を出し抜くためには、大抵のことはするさ。お陰でウチの商品は、実用化される前にライバルに研究されて、骨抜きにされる可能性があるというワケだ。……これがどれだけの損害になり得るか、君にだって想像がつかないワケはあるまい?』」


「そ、それは……」


 言葉に詰まる工場長。


「『機密性の高い資材をいくつもの企業に納品している企業組織というのは、運営が難しいのは理解しよう。我々としてはなるべく安値で、できる限り安全に、そして内密な取り引きをつづけていきたい、そう思っていたのだがね……ナゴヤの保安部が動くとなれば、内密な取り引きを続けることは難しいだろう。つまり、君のところと今後も付き合いを続けるメリットは、既に我々にはないのだよ』」


 エージェントは冷徹に言い放った。


「そんな! これまで、ウチがあんたがたにどれだけ便宜を図ってきたと……!」


「『いいかね? 我々“ブラフマー”は仲良しサークルなんかじゃない。さっきも言った通り君のデンワのお陰で、君と付き合いがあった企業同士、あいつは何を注文していたんだ、何をやるつもりだと大急ぎでスパイを飛ばし合って、今や大変な混乱ぶりだよ。安穏と整然と、“なるべく”殺し合い潰し合いを回避して、互いに利益を得られるように協力し合う……我々“ブラフマー”の理念を揺るがす事態になりかねない……』」


 唸り声すら出せず、黙りこくる工場長。エージェントは深くため息をついた。


「『そこで……“手打ち”を行うことにしたのだよ。互いの悪だくみは、互いに叩き潰すことで水に流そうってわけさ。今後面倒ごとの種になりそうな拠点を協力して潰せば、それぞれの企業にとっても面倒な証拠を処分することができるし、願ったりかなったりだ。そうだろう? なあに、生産の拠点なんてまた作ればいいだけの話だからな』」


「はあ?」


 呆れて、間の抜けた声が工場長の口から漏れる。まるで、馬鹿馬鹿しい冗談を聞いているようだった。


「何言ってんだ、あんた? いや、それって……!」


「『そうとも。悪いが……君たちには消えてもらおう』」


 悪気を全く感じないどころか、おためごかしの同情すらもみせずにエージェントは言い放った。


(続)

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