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サンダーボルト ブレイク ストーム;3

 コンテナに積まれていた荷物は、どれも空のボール箱ばかりだった。子どもたちはコンテナの内壁に沿って箱を積み上げると、階段代わりにして上へ、上へとのぼっていく。そしてとうとう、犬耳の少年が吹き抜けになっていた天井からひょっこり頭を出した。


「わあっ! なんだこれ?」


 外を見回すと少年は目を輝かせ、思わず叫んだ。


「なになに? 何があるの? ねえ!」


「気をつけて! 人に見つかるかもしれない……」


 コンテナの中から声が上がり、鱗肌の少女とぬいぐるみ型ドローンが少年を挟んで顔を出す。


「わっ! これ、海?」


 遠景に、深い青色の海が広がっていた。足元には、雑然とした灰色の街並み。コンテナの上であることを差し引いても視線が高い。

 長い地下のトンネルを走っていた電車は地上に顔を出すといつの間にか、ずいぶん高台を走っていたようだった。機関車のバイオマス・エンジンをすっかり停止させ、列車は白いプラットフォームに停まっていた。

 ぬいぐるみドローンはぐるりと身体を動かして、搭載したカメラで周囲を見回した。


「これは、“駅”ってやつなのかな……?」


 天井はゆるやかなアーチを描いた板状の屋根に覆われていた。海に面する側には壁はなく、細い柱が屋根を支えている。あちらこちらを這い回る金属製のパイプは、海から吹き寄せる潮風を浴びてひどく錆びついていた。反対側は重厚な壁に覆われ、外の景色をうかがい知ることもできなかった。

 鱗肌の娘も目を丸くして、ぬいぐるみと一緒に駅の中を見回している。


「海があるってことは、ここはグレート・ビワ・ベイなの?」


「いや、それはないはずだよ、リン。ビワ・ベイは汽車が走ってきた方向とは真逆にあるはずだ。それにオオツ・ポート・サイドに駅があるなんて、聞いたことがないよ」


「それじゃあ、ここはどこなの……?」


「それは、オレにもわからない……」


 ドローンのオペレーターと鱗肌の娘が言い合っているうちに、犬耳の少年はひょいとコンテナの壁を乗り越えていた。


「行ってみようよ!」


「アキちゃん、危ないよ!」


「平気だって! えいっ」


 少女が声をかけるが、少年はさっさと壁の向こうへと飛び降りてしまう。


「おっ、とっ、と……じゃん!」


 身軽にコンテナ外壁面の突起を伝っていき、白いプラットフォームの上に着地すると、犬耳の少年は得意そうに両手を広げてポーズを取って見せた。


「着地成功! へへ、どうだ、マダラ兄ちゃ……ぶへっ!」


 調子に乗っていたアキの顔に、ぬいぐるみが落ちてくる。


「アキ、見つからないように、静かにするんだ」


「でもさマダラ兄ちゃん、全然人が来ないよ」


 顔に貼りついて苦言を呈してくるぬいぐるみドローンを引きはがすと、少年は口を尖らせた。

 実際に、だだっ広い構内は全く静まり返っている。足下に広がる灰色の街並みにも道行く人の気配はなく、妙に重苦しい空気が垂れ込めているようだった。

 コンテナの上から垂らしたロープを握りしめて、鱗肌の少女が降りてくる。


「アキちゃん、だからってわざと目立つような事をしちゃダメだよ。デンシャを動かしてた人たちは近くにいるはずなんだし……」


「うっ、それは……」


 少女に注意され、少年は言葉を詰まらせる。ぬいぐるみドローンは、少年の気が逸れた隙に手の中から逃れた。


「リンの言う通りだよ、アキ。気をつけるに越したことはない」


 ぬいぐるみドローンは可愛らしい人工音声で犬耳のアキに注意すると、ところどころにヒビが入ったプラットフォームの床に落ちた。丸いぬいぐるみはボヨン、ボヨンと風船のように弾みながら、周囲を見回す。


「それにしても、これだけ人がいないのはどういうことなんだろう? 監視カメラはあるみたいだけど……」


「とにかく、今のうちがチャンス、ってことでしょ?」


 アキは「ふふん!」と鼻を鳴らし、得意そうな顔で言い放った。ドローンのオペレーターは「ううーん……」と唸る。


「まあ、そうなんだけどね。……それじゃあ二人とも、人に見つからないうちに、目立たないところに隠れるんだ。監視カメラとか、センサーとかはこっちでもチェックしてるけど、くれぐれも気をつけて……」


「了解! 行くぞー!」


「あっ、こら、ちょっと……!」


 やる気満々、という風で犬耳の少年は大股で歩き出す。ぬいぐるみドローンは慌てて数回跳ねた後、少年を追いかける鱗肌の少女の腕の中に収まった。


「リン、アキのことをくれぐれも頼んだよ」


「了解。もう、ほんとにアキちゃんったら……!」


 二つの小さな影はプラットフォームの端を歩いていき……高架下の町へと続いている非常用梯子を見つけると、するすると降りていった。

 その様子を、天井に備えられた防犯カメラのレンズが捉えていた……




 同時刻。壁際にいくつものモニターが備えられた、地下鉄道終着駅の管制室。狭い室内に、職員と来訪者がひしめき合っていた。

 モニターの一つにプラットフォームの上を歩く子どもたちが小さく映し出されていたが、居合わせた者たちは気に留めることもなかった。……それどころではなかったのだ。


「……すると、何ですか? あなた方はそちらの都合で、一方的に、取り引きを中止したいと?」


 日課の変異獣狩りを終えて戻って来た工場長は上座に陣取ると、5つの目玉をグリグリと動かしながらスーツ姿の来訪者を睨みつける。


「ウチとしてはブラフマーさんの縁もありますし、他にも付き合いのある企業さんはいくらでもいるんで困らないんですがねえ。まだ契約期間はずいぶん残っているのに、ぶしつけにそんなことを言われるのはどうにも……」


「工場長、事態はそれどころではなくなっておるんですよ」


 来訪者の一人、恐らく最も格上だと思われる痩せぎすの男が、神経質そうな顔を緊張感で突っ張らせながら言い返す。


「これまで我が社の窓口だったシドウ常務が殺されました。この地下鉄道を使ったおたくとの取引も、ナゴヤ保安局に睨まれています。このままでは遅かれ早かれ、保安局の立ち入り検査が……」


「何がナゴヤか!」


 工場長は5つのまなじりが裂けんばかりに目玉をむき出し、気炎を吐き出した。


「この町は、ナゴヤのものでも、オーサカのものでもない! 口を出される謂われはない!」


「ですが、工場長!」


「五月蠅い! 勿論、貴様らに指図される積もりだってないんだ、俺は! 大体、アポもなくやって来て俺をわざわざ呼びつけて、何様のつもりだ貴様ら! 町の外に放り出して、モンスター共の餌にしてやってもいいんだぞ!」


 鋭い犬歯をむき出して怒り狂う工場長。しかし摘発を逃れた“イセワン重工”の社員は引き下がらなかった。


「それでも、それでもナゴヤから捜査員は来ます!」


「何の権利があるってんだ! そんな連中、追い返してやればいい!」


「そうしたら、次はオーサカから来るかも知れません!」


「同じことだ! ここは、俺のシマだ!」


 噛みつかんばかりに吼える工場長。2歩、3歩と来訪者に迫るが、相手も全身を強ばらせて踏ん張っていた。


「そうなったら、“ブラフマー”が黙っていないでしょう!」


「ああ、そうだ! 俺たちには“ブラフマー”がついてるんだ!」


 怒りの形相は変わらなかったが、“ブラフマー”の名前をきいた途端、工場長は勇ましく胸を張る。


「何せ、ウチは“ブラフマー”と直接契約して、ここまでやって来たんだからな。こっちだって少なくないカネを収めてるんだ、五月蠅い連中を黙らせるくらいのことは……」


「違います、このままだと潰されるのは……ここです」


 青い顔をして告げる来訪者の言葉を、工場長は理解できなかった。


「……何だって?」


(続)

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